松尾寺駅

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松尾寺駅
駅舎を使用した観光施設(2009年7月)
駅舎を使用した観光施設(2009年7月)
まつのおでら
Matsunoodera
*東舞鶴 (6.1km)
(4.7km) 青郷
所在地 京都府舞鶴市字吉坂113-4
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 小浜線
キロ程 78.2km(敦賀起点)
電報略号 マテ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度-
47人/日(降車客含まず)
-2017年-
開業年月日 1922年大正11年)12月20日
備考 無人駅
* この間に福知山支社金沢支社境界あり(当駅から青郷寄りは金沢支社管内)
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松尾寺駅(まつのおでらえき)は、京都府舞鶴市字吉坂にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)小浜線である。かつて、日本板硝子舞鶴工場専用線が分岐していた。

概要[編集]

金沢支社の管轄する駅としては最西端に位置する駅である。また、金沢支社では唯一京都府内にある駅である。

西隣の東舞鶴駅は6.1 km離れており、小浜線内では駅間距離が最も長く[注釈 1]、隣の駅までの運賃が大人片道200円以上という事例も、小浜線内ではこの区間しかない。

北陸おでかけパスの自由周遊区間は隣の青郷駅までであり、当駅は含まれない。

西国三十三所第29番札所の松尾寺にちなんだ駅名であるが、寺は山の中腹にあって徒歩で約50分ほどかかる[要出典]

歴史[編集]

  • 1922年大正11年)12月20日 - 国鉄小浜線若狭高浜駅 - 東舞鶴駅間開通と同時に開業。一般駅。
  • 1943年昭和18年)12月21日 - 松尾寺 - 火薬廠間の朝来側線(あせくそくせん)が竣工、第三海軍火薬廠鉄道側線として使われる[1]
  • 1959年(昭和34年)4月 - 朝来側線が日本板硝子舞鶴工場専用線となる。
  • 1986年(昭和61年)11月 - 無人駅となる。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR西日本と日本貨物鉄道(JR貨物)が継承する。
  • 1991年平成3年)4月1日 - 小浜鉄道部舞鶴鉄道部の発足により、当駅は福知山支社から金沢支社小浜鉄道部の管轄となる。
  • 1997年(平成9年)3月22日 - 貨物列車の設定が廃止される。
  • 1999年(平成11年)4月1日 - JR貨物の駅が廃止され、貨物の取り扱いが終了する。
  • 2007年(平成19年)11月頃 - JR西日本は地元に対し、老朽化を理由とした駅舎取り壊しの意向を示すものの舞鶴市が難色を示す。
  • 2008年(平成20年)
    • 3月31日 - JR西日本が、駅舎を舞鶴市に無償譲渡する。
    • 11月 - 舞鶴市が駅舎の改修に着工する[2]
    • 12月10日 - 松尾寺駅の旧駅舎を保存利用することを目的としたNPO法人「駅舎と共にいつまでも」が志楽ダイヤモンド会館で設立総会を行う[3]
    • 12月25日 - 舞鶴市松尾寺駅前観光交流施設条例が公布される[4]
  • 2009年(平成21年)
    • 4月12日 - 駅舎が観光交流施設として竣工する。NPO法人「駅舎と共にいつまでも」が指定管理者となる[2]
    • 7月18日 - NPO法人「駅舎と共にいつまでも」による初の[5] イベント「夕涼みコンサートin松尾寺駅」が駅前広場で開催される[6]
  • 2010年(平成22年)6月1日:小浜鉄道部が廃止、新設された敦賀地域鉄道部の管轄となる[7]
  • 2018年(平成30年)3月9日:文化審議会文化財分科会が当駅旧本屋を登録有形文化財(建造物)に登録するよう文部科学大臣に答申[8]、官報告示を経て登録有形文化財となる。

駅構造[編集]

敦賀方面に向かって右側に単式ホーム1面1線を持つ地上駅停留所)。敦賀地域鉄道部が管理する無人駅であり、自動券売機などの営業機器は設置されていない。駅舎からホームへは階段を十数段上がる。かつて日本板硝子舞鶴工場への専用側線があった頃は3〜6番線までの貨物線を有していた。急行わかさ」が走っていた頃は上下列車の交換が行われていたが、1999年(平成11年)10月2日のダイヤ改正で駅での上下列車の交換が無くなり閉塞区間分割の機能のみになった。その後、小浜線電化工事の際に信号機分岐器を撤去し棒線駅になった。同時にホームの嵩上げが行われた。トイレは駅舎の会議室使用時以外は使用不可となっている。

駅舎は、1922年大正11年)の開業当初からのもので[9]、2008年(平成20年)3月31日にJR西日本から舞鶴市に無償譲渡された。同年11月、舞鶴市は約1,400万円をかけて駅舎を改修し、2009年(平成21年)4月12日に「舞鶴市松尾寺駅前観光交流施設」として竣工した[10]。駅舎は地元や舞鶴工業高等専門学校(舞鶴高専)の関係者でつくるNPO法人「駅舎と共にいつまでも」が指定管理者となった[2]。2018年(平成30年)3月9日、文化審議会文化財分科会が当駅旧本屋を登録有形文化財にするよう文部科学大臣に答申、官報告示を経て登録有形文化財となった[8]

貨物側線[編集]

日本板硝子舞鶴工場専用線の吉野トンネル(舞鶴工場側)。現在の歩道側に線路があった。

第二次世界大戦中の1943年昭和18年)12月21日、第三海軍火薬廠鉄道側線(6.8 km)が火薬廠と松尾寺駅との間に敷設された[1]。この側線は戦後連合軍に接収され、その後、舞鶴市に譲渡された[11]1959年昭和34年)4月以降は火薬廠跡の臨海部に誘致された日本板硝子舞鶴工場専用線となり[11]、同工場の製品はこの側線を利用して松尾寺駅から送り出されていた[12]。ピーク時の1968年(昭和43年)の松尾寺駅の貨物取扱量は板ガラスだけでも20万3,000トンに達し、福知山鉄道管理局管内で最大の貨物取扱駅であった[13]。のちに専用線は廃止され、廃線跡は道路または自転車歩行者専用道に転用されている[11]。専用線にあった吉野トンネル (327.2 m) は1996年(平成8年)に改修工事が行われ、1997年(平成9年)に竣工した[11]

利用状況[編集]

1日の平均乗車人員は以下の通りである[14]

  • 1999年度 : 33人
  • 2000年度 : 27人
  • 2001年度 : 41人
  • 2002年度 : 47人
  • 2003年度 : 49人
  • 2004年度 : 38人
  • 2005年度 : 30人
  • 2006年度 : 33人
  • 2007年度 : 30人
  • 2008年度 : 41人
  • 2009年度 : 44人
  • 2010年度 : 41人
  • 2011年度 : 44人
  • 2012年度 : 47人
  • 2013年度 : 47人
  • 2014年度 : 47人
  • 2015年度 : 52人
  • 2016年度 : 47人
  • 2017年度 : 47人

駅周辺[編集]

前述のとおり、駅舎は「舞鶴市松尾寺駅前観光交流施設」として利用されている。

路線バス[編集]

京都交通(高浜線)の松尾寺駅前停留所が、駅から250mの国道27号線上に設置されている。

  • 東舞鶴駅前/高浜駅前行き (1日5往復・始発便は土休運休)

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道(JR西日本)
小浜線
東舞鶴駅 - 松尾寺駅 - 青郷駅

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 逆に小浜線内で駅間距離がもっとも短い区間は藤井駅十村駅間で、距離は2.0 kmである。

出典[編集]

  1. ^ a b 関本長三郎編 『住民の目線で記録した旧日本海軍第三火薬廠』 出版センターまひつる、2005年平成17年)。
  2. ^ a b c 観光交流施設がオープン - 広報まいづる(舞鶴市、2009年5月1日号)[リンク切れ]
  3. ^ 松尾寺駅の保存利用活動に舞鶴高専が参画しました。 - 舞鶴工業高等専門学校
  4. ^ 舞鶴市松尾寺駅前観光交流施設条例 - 舞鶴市
  5. ^ 夕涼みコンサートin松尾寺駅の開催について - 志楽ダイヤモンド協議会
  6. ^ 夕涼みコンサート in 松尾寺駅 - 志楽ダイヤモンド協議会
  7. ^ 福知山支社管内の鉄道部全廃 小浜鉄道部も廃止 JR西日本 - 京都北部経済新聞、2010年6月6日付
  8. ^ a b 登録有形文化財(建造物)の登録について - 文化庁
  9. ^ 舞鶴市教育委員会社会教育課編 『舞鶴の近代化遺産 改訂版』 舞鶴市、舞鶴市教育委員会、2008年(平成20年)。
  10. ^ 松尾寺駅前観光交流施設の竣工式に参加しました”. 舞鶴工業高等専門学校. 2012年8月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年8月3日閲覧。
  11. ^ a b c d トンネル長寿命化修繕計画 (PDF)”. 舞鶴市建設部土木課 (2016年9月). 2019年2月7日閲覧。
  12. ^ 舞鶴市史編纂委員会編 『舞鶴市史』各説編、舞鶴市役所、1975年(昭和50年)、207頁。
  13. ^ 福知山鉄道管理局 『福知山鉄道管理局史』 福知山鉄道管理局、1973年(昭和48年)。
  14. ^ 京都府統計書による。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]