朝護孫子寺

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朝護孫子寺
190104 Chogosonshiji Heguri Nara pref Japan01s3.jpg
所在地 奈良県生駒郡平群町信貴山2280-1
位置 北緯34度36分34秒
東経135度40分16.6秒
座標: 北緯34度36分34秒 東経135度40分16.6秒
山号 信貴山
宗派 信貴山真言宗
寺格 総本山
本尊 毘沙門天
開基 伝・聖徳太子
別称 信貴山の毘沙門さん
札所等 大和七福八宝めぐり毘沙門天
真言宗十八本山第14番
聖徳太子霊跡第20番
役行者霊蹟札所
大和十三仏霊場第11番(玉蔵院)
神仏霊場巡拝の道 第30番
大和北部八十八ヶ所霊場 第45-46番
文化財 紙本著色信貴山縁起絵巻(国宝)
金銅鉢・武具類(重要文化財)
公式HP 信貴山 朝護孫子寺 公式ホームページ
地図
朝護孫子寺の位置(奈良県内)
朝護孫子寺
法人番号 2150005003444
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朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)は、奈良県生駒郡平群町(へぐりちょう)の信貴山にある信貴山真言宗総本山の寺院。本尊は毘沙門天。「信貴山寺」とも称し、一般には「信貴山の毘沙門さん」として知られる。

初詣や「寅まつり」(2月下旬)は多くの参拝客でにぎわう。神仏習合の名残から、境内には鳥居も並んでいる[1]

歴史[編集]

世界一福寅と本堂(左奥)

朝護孫子寺は、大和国(現在の奈良県)と河内国(現在の大阪府南東部)の境にそびえる生駒山地の南端に近い、奈良県側の信貴山の山腹に位置する。創建の時期や経緯については判然としない。

寺に伝わる国宝信貴山縁起絵巻』は、平安時代後期、12世紀の成立とされ、日本の絵巻物の代表作とされている。この絵巻は通常の社寺縁起絵とは異なって、朝護孫子寺の創建の経緯等については何も述べておらず、信貴山で修行していた命蓮(みょうれん)という聖(ひじり)の奇跡譚が中心主題となっている。絵巻の中巻では延喜の帝(醍醐天皇)の病を命蓮が法力で治したという話が語られている。『信貴山縁起絵巻』の詞書とほぼ同様の説話が『宇治拾遺物語』にあり、『今昔物語』にも信貴山寺の草創に関する説話が収録されている。(聖の名は『宇治拾遺物語』には「もうれん」、『今昔物語』には「明練」とある。)

平安時代末期に成立した歴史書『扶桑略記』の延長8年(930年)8月19日条には、「河内国志貴山寺住」の「沙弥命蓮」が醍醐天皇の病気平癒のため祈祷を行ったことが見える。なお、当時醍醐天皇の病気は相当進んでいたようで、1か月後の9月29日に死去しており、この点は説話と異なっている。なお、信貴山は大和国(奈良県)と河内国(大阪府)の境に位置し、朝護孫子寺の住所は奈良県であるが、『宇治拾遺物語』『扶桑略記』には「河内の信貴(志貴)」と表現されている。

以上のことから、醍醐天皇の時代、平安時代中期の10世紀頃には信貴山に毘沙門天を祀るがあり、修行僧が住んでいたことは首肯される。当寺の創建について、聖徳太子を開基とする伝承もあるが、これは太子が物部守屋討伐の戦勝祈願をした際に、自ら四天王の像を刻んだという伝承に因んだ後世の付託と思われる。伝承では、の年、寅の月、寅の日、寅の刻に四天王の一である毘沙門天が聖徳太子の前に現れ、その加護によって物部氏に勝利したことから、594年推古2年)に毘沙門天を祀る寺院を創建し、「ずべきぶべき信貴山)」と名付けたとする。また寺の至る所にの張り子が置かれているのは、その逸話に由来している。その後、902年延喜2年)に醍醐天皇が、「朝廟安穏・守護国土・子孫長久」の祈願寺としたことから、「朝護孫子寺」の勅号を賜った。

戦国時代には木沢長政が信貴山頂に信貴山城を築いた。1577年天正5年)に同城の城主・松永久秀織田信長の間で信貴山攻防戦が行われて久秀は滅亡し、寺も焼失するが、豊臣秀頼によって再建された。現在、山頂には同寺の「空鉢堂」があり、本堂付近から参道で連絡している。

境内[編集]

  • 本堂 - 江戸時代延享3年(1746年)再建。1592年の豊臣秀吉または1602年の豊臣秀頼による再建説が伝わる。本尊は秘仏で、普段公開されている毘沙門天像は「お前立ち」(前立て本尊)である。本堂真下は、暗闇の中を進んで心願成就を祈る「戒壇巡り」の場となっている[2]

山内塔頭[編集]

境内には3院の塔頭寺院があり、いずれも宿坊を営んでいる。

文化財[編集]

国宝[編集]

  • 紙本著色信貴山縁起絵巻
平安中期に信貴山で修行した命蓮上人に関する説話を描く。山崎長者の巻、延喜加持の巻、尼公の巻の3巻からなる絵巻。作者は不明ながら、人物の表情や躍動感を軽妙な筆致で描いた絵巻の一大傑作である。(原本は奈良国立博物館に寄託、霊宝館では複製を展示している。国宝は年に一度、一巻を公開)。詳しい解説は信貴山縁起の項を参照。
信貴山縁起絵巻「山崎長者の巻」より、鉢に乗って空を飛んでいく倉、驚いて後を追う人々

重要文化財[編集]

  • 金銅鉢 延長7年銘
  • 武器類 兜、袖、喉輪

奈良県指定文化財[編集]

  • 銅造毘沙門天立像 - 平安時代後期、西域に起源を持ついわゆる兜跋昆沙門天の特徴を備える。
  • 舞楽面 二面(石川・退宿徳)
  • 銅作 信貴形(志貴形)水瓶

その他[編集]

戦勝祈願の故事、毘沙門天を本尊とし、虎を守り神とすることから、阪神タイガースの選手が必勝祈願に訪れる。

関連書籍[編集]

『信貴山の昔話ー千手院代々記ー』 田中真啓解説 信貴山千手院
江戸時代から現代までの信貴山の歴史を詳説する。
『一目でわかる 毘沙門信仰の手引き』信貴山千手院国書刊行会発売
信貴山の毘沙門信仰や行事などをわかりやすく説明する入門書。

アクセス[編集]

公共交通機関の場合[編集]

自家用車の場合[編集]

脚注・出典[編集]

  1. ^ 【おもてなし魅せどころ】信貴山朝護孫子寺(奈良県平群町)幽玄の宿坊 アクセス良く『日経MJ』2019年2月11日(観光・インバウンド面)。
  2. ^ 本堂信貴山真言宗 総本山 朝護孫子寺 公式サイト(2019年2月12日閲覧)。

外部リンク[編集]