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天足彦国押人命

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
天足彦国押人命
(あまたらしひこくにおしひとのみこと)
続柄 孝昭天皇の第1皇子

出生 不明(紀元前427年以前)
死去 不明
不明
埋葬 不明
不明
子女 彦姥津命
母親 世襲足媛
役職 皇子
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天足彦国押人命(あめたらしひこくにおしひとのみこと、生没年不詳)は、記紀等に伝わる古代日本皇族

日本書紀』では「天足彦国押人命」、『古事記』では「天押帯日子命(あめおしたらしひこのみこと[1])」、他文献では「天足彦国忍人命」とも表記される。『日本書紀』『古事記』とも、事績に関する記載はない。

第5代孝昭天皇皇子で、第6代孝安天皇の同母兄、第7代孝霊天皇の外祖父である[1]和珥氏(和邇氏/丸邇氏)・春日氏小野氏ら諸氏族の祖とされる。

系譜

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『日本書紀』に基づく関係系図

5孝昭天皇
 
 
世襲足媛
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
天足彦国押人命
 
 
 
 
 
 
押媛
 
 
 
6孝安天皇
 
 
 
 
 
 
7孝霊天皇

(名称は『日本書紀』を第一とし、括弧内に『古事記』ほかを記載)

日本書紀』『古事記』によれば、第5代孝昭天皇と、世襲足媛(よそたらしひめ、余曽多本毘売命)との間に生まれた第一皇子である。同母弟には日本足彦国押人天皇(大倭帯日子国押人命、第6代孝安天皇)がいる。

子に関して、『日本書紀』では娘の押媛孝安天皇皇后となり、孝霊天皇(第7代)を産んだとする。

後裔氏族

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日本書紀』では天足彦国押人命について、和珥臣和珥氏)の祖とする[1]

また『古事記』では、春日臣大宅臣粟田臣小野臣柿本臣壱比韋臣・大坂臣・阿那臣(吉備穴国造)・多紀臣羽栗臣知多臣牟邪臣武社国造)・都怒山臣・伊勢飯高君飯高県造)・壱師君壱師県造)・近淡海国造ら諸氏族の祖としている[1]

そのほか『新撰姓氏録』では、次の氏族が後裔として記載されている。

釈日本紀』に引かれた『筑前国風土記』逸文では伊都県主の祖を「高麗国の意呂山に天より降り来たりし日桙」と記しているが、一般にはアメノヒボコと解される。

信仰

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愛知県一宮市島村南裏にある尾張国式内社若栗神社で主祭神として祀られている。伝承では、当地は天足彦国押人命の生母である世襲足媛の生誕地とされる[2]

高知県南国市岡豊町小蓮にある土佐国式内社小野神社で主祭神として祀られている。伝承では、当地に来住した小野氏一族がその祖先神天足彦国押人命を祀ったことに始まる[3]

島根県浜田市下府町にある石見国式内社伊甘神社で主祭神として祀られている。社伝によると貞観3年に石見地方を開拓した伊甘族小野氏の遠祖)が祖先神である天足彦国押人命を祀ったことに始まるとされる[4]

滋賀県大津市真野にある近江国式内社神田神社で祀られている。社伝によると真野の祖である彦国葺命和爾氏の祖である天足彦国押人命を祀ったことに始まるとされる[5]

脚注

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  1. 1 2 3 4 天押帯日子命(古代氏族) & 2010年.
  2. 岩田儀蔵 (1917年). 岩田誉: 葉栗村志稿”. dl.ndl.go.jp. 国立国会図書館. 2025年5月30日閲覧。
  3. 式内社研究会. 式内社調査報告 第二十三巻 | 皇學館大学出版部”. shuppan.kogakkan-u.ac.jp. 皇學館大学. 2024年8月28日閲覧。
  4. 伊甘神社 - 神社詳細 | 島根県神社庁”. www.shimane-jinjacho.or.jp. 2026年2月17日閲覧。
  5. 神田神社由緒 (日本語). 神田神社. 神田神社. 2026年2月17日閲覧。

参考文献

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  • 「天押帯日子命」『日本古代氏族人名辞典 普及版』吉川弘文館、2010年。ISBN 9784642014588 
  •  岩田儀蔵 等編『葉栗村志稿』,岩田誉,大正6. 国立国会図書館デジタルコレクション 。https://dl.ndl.go.jp/pid/945190 (参照 2025-05-30)

関連項目

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