山本弥之助

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山本 弥之助(やまもと やのすけ、1907年明治40年)6月27日[1] - 1986年昭和61年)4月11日[2])は、日本の警察朝鮮総督府官僚政治家弁護士衆議院議員盛岡市長

経歴[編集]

本籍・岩手県[2]。山本幸太郎の長男として大阪市に生まれる[3][4]第三高等学校を卒業。1931年10月、文官高等試験行政科試験に合格。1932年京都帝国大学法学部を卒業。朝鮮総督府に入府し内務局属となる[5]

以後、朝鮮総督府理事官平安北道学務課長、忠清南道地方課長、京畿道学務課長、総督府殖産局事務官黄海道警察部長、咸鏡北道警察部長、総督府書記官警務局経済警察課長などを歴任[2]

1944年7月、岩手県部長・警察部長へ転任[6]1945年10月に休職となり[7]、翌年に退官した[5]武徳会岩手県支部理事長のため、公職追放となる[8]

その後、盛岡魚市場社長、岩手県水産物商業協同組合理事長、盛岡冷蔵社長、盛岡市議会議員などを務めた[9]

1954年2月、盛岡市長に当選。下水道、道路、教育施設の整備などに尽力。また、全国市長会副会長も務めた。市長三期目の在任中、1965年1月に辞職し、第31回衆議院議員総選挙岩手県第1区日本社会党から出馬し当選。その後、第33回総選挙まで連続3回当選したが、第34回総選挙で落選した[2][9]

脚注[編集]

  1. ^ 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』1328頁。
  2. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』695-696頁。
  3. ^ 『人事興信録』第14版 下、ヤ158頁。
  4. ^ 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』662頁。
  5. ^ a b 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』295頁。
  6. ^ 『官報』第5240号、昭和19年7月4日。
  7. ^ 『官報』第5635号、昭和20年10月23日。
  8. ^ 総理庁官房監査課編 『公職追放に関する覚書該当者名簿』 日比谷政経会、1949年、741頁。NDLJP:1276156 
  9. ^ a b 『日本の歴代市長』第1巻、232頁。

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
  • 歴代知事編纂会編『日本の歴代市長』第1巻、歴代知事編纂会、1983年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第14版 下、1943年。
  • 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年。