尾翼

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セスナ172の尾翼

尾翼(びよく)とは航空機モーメントの釣り合いと安定性を与えるために使用される翼。通常は主翼の後方(重心から離れた位置)に垂直尾翼水平尾翼が取付けられる。

水平尾翼[編集]

水平に設置された尾翼である。

水平尾翼の働きは、主翼との釣り合いによって機体にピッチング軸周り(垂直方向)の安定性を与えること、および昇降舵によって機体の機首上げ・下げの運動を制御することである。通常の航空機の設計では、揚力の中心が重心より若干後方に位置するように主翼を配置し、水平尾翼にはマイナスの揚力を発生させて水平飛行のための釣り合いを取ることで、機体垂直方向の自然安定性を確保する。初期の航空機には、主翼の配置を、揚力の中心が重心より若干前方に位置するようにして、水平尾翼にプラスの揚力を発生させる揚力尾翼方式の機体も存在した。しかしこれでは逆に垂直方向に対して不安定になるために、安定操縦に問題を生じる。このため通常はこの方式は採用されなかった。

1970年代以降、CCV技術の確立により、戦闘機においては自然安定性を犠牲にして運動性能を追求するようになった。このため主翼の揚力中心を重心に近づけて配置し、あるいは重心より前方に配置する事によって、垂直方向の安定性を低減もしくは意図的に不安定にするようになった。その場合の水平尾翼は揚力を発生しないか、もしくはプラスの揚力を発生する事になる。また、旅客機では、尾翼のマイナスの揚力を減らし、ひいては尾翼面積を減らす事で空気抵抗を低減し、ひいては燃費を向上させる目的で、揚力の中心を重心に近付ける思想で設計された機体もある(MD-11)。これらはいずれにしてもコンピュータにより操縦が補助される。

尾翼とは言うが、水平尾翼の場合は必ずしも主翼後方に装備されるわけではなく、主翼より前方に水平尾翼が装備されるエンテ型飛行機も存在する。その場合の主翼より前方に存在する尾翼を先尾翼(カナード Canard)という。エンテ型飛行機の場合も主翼の揚力中心は重心より後方に位置するのは同じであり、そのため先尾翼はプラスの揚力を発生する(揚力カナード)。ただし主翼自体でバランスを取り、あるいは上述のCCV技術を採用した機体では主翼配置を重心に近づけ、先尾翼では揚力を発生しないものもある(制御カナード)。

固定した尾翼に昇降舵を備えた水平尾翼のほか、水平尾翼全体が可動するオールフライング・テールがあり、戦闘機や前述の制御カナードでよく見られる。

垂直尾翼[編集]

垂直に設置された尾翼である。

垂直尾翼の働きは機体ヨーイング軸周り(左右方向)の安定性を与える事、および方向舵によって機体ヨーイング軸周りの運動を制御する事である。

垂直尾翼の場合は主翼の後方に配置する。もちろんこれは、機体の重心より後方に配置する事で、自然安定性を得るためである。

水平尾翼の場合と異なり主翼より前方に配置する例は少ない。またX-15 (航空機)の様なオールフライング方式を採用する例も少ない。CCV実験機において、主翼前方、かつオールフライング方式の垂直尾翼を採用した例があるが、通常の主翼後方の垂直尾翼との併用であり、実用機としての例は皆無である。 但し一部の翼竜鳥類の頭部が、主翼前方かつオールフライング方式の垂直尾翼として機能した可能性はある。

エンテ型飛行機の場合を除いて、水平尾翼とほぼ同じ位置に取り付けられる場合が多い。ただしF/A-18 のように主翼と水平尾翼の間に垂直尾翼を配置する例もある。これはエリアルールを考慮したためである。

水平・垂直尾翼の構成[編集]

左上: ボーイング727。T字尾翼。
中上: F-117。V字尾翼。
右上: MiG-17。十字尾翼。
左下: B-25。双尾翼(H字尾翼)。
中下: F-15。双尾翼。
右下: P-38。双胴形式で、それぞれの胴体に尾翼がついたもの。

水平尾翼と垂直尾翼をほぼ同じ位置に配置する場合は、その基部が同一であるものが一般的であるが、他にも配置がある。

T字尾翼[編集]

垂直尾翼(垂直安定板)の先端付近に水平尾翼があるものは「T尾翼」や「T字尾翼」と呼ばれる。

水平尾翼による端板効果により、垂直尾翼の効果が強まるので、垂直尾翼面積を小さくでき、後退垂直尾翼と併せれば重心・空力中心から遠くなり、水平尾翼面積も小さくできる。主翼装着エンジンの異物吸入を減らし、主翼装着プロペラ径を増したいがための高翼機が、主翼後流との干渉を避けるためや、また機体尾部の空間を確保できるために、リアエンジン配置機や、機体尾部に大きな出入り口を備える大型輸送機で採用される。リアにジェットエンジンを置く場合、排気流を避けた配置になるということも利点であり、ビジネスジェットリージョナルジェットでもT字尾翼の採用は多い。

欠点としては、迎え角を大きく取ると主翼の後流が水平尾翼の効果を無くし、急激な機体の頭上げ(ピッチアップ)を生じる。特に運動性を重視する戦闘機の場合は迎え角を大きく取れないのは致命的な欠陥となり、T字尾翼を含めて主翼より上方に水平尾翼を配置する設計はなされなくなった。

十字尾翼[編集]

十字尾翼と呼ばれる尾翼構成は2種類ある。

水平尾翼を垂直尾翼の半ばに取り付けた十字尾翼は、T字尾翼と特徴が共通する。

機体下方にも垂直尾翼を備えた十字尾翼は、飛行船で採用される。離着陸時に接地する危険があるため固定翼機での採用例は少ないが、Do335X-15の例がある。

双尾翼[編集]

2枚の垂直尾翼がある尾翼構成は、「双尾翼」と呼ばれる。目的としては以下の例がある。

  • 機首エンジンに比べ、エンジンを機尾に配する等で重心が後ろ寄りになった機体で、垂直尾翼取り付け部を後ろに延長するか、一枚の大面積垂直尾翼とするかとの代策(軍用機)。
  • 枚数を増やす分だけ高さを低くする(艦載機など)。
  • 高さを増やさないで直進安定性を高める(超音速戦闘機)。
  • 片方を破損もしくは喪失しても最低限の制御を確保する。とくに最寄に代替の着陸先を確保できない艦載機で重視される。(軍用機艦載機
  • 垂直尾翼に角度を持たせるため。1枚の垂直尾翼では当然ながら左右非対称になるので、2枚構成にして対称にする(ステルス機)。
  • 大迎え角時に機体の影となって効きが低下する機体中心軸上の垂直尾翼の代わりに、比較的機体の影響の少ない左右に外して配置する(軍用機)。

H字尾翼[編集]

前述の双尾翼のバリエーションでもある。水平尾翼の先端にそれぞれ垂直尾翼を配置したものである。プロペラ機でプロペラの後流を避けるために採用される。欠点としては、取り付け部の空気抵抗が増大する事が挙げられる。

V字尾翼[編集]

V字尾翼、V字翼、Vテールは、垂直尾翼と水平尾翼の動作を兼ねた斜めの尾翼である。同時に方向舵(ラダー)と昇降舵(エレベーター)を兼ねる事となり、この舵をラダーベーターと言う。

尾翼の枚数が減る分だけ空気抵抗が小さくなる事、ステルス機においては電波反射面積が小さくなるのが長所である。

機体上面後部に設けた場合は、旋回時に方向舵兼昇降舵が、旋回方向とは逆方向に機体をバンク(横転)させる働きをしてしまい、補助翼の働きを阻害してしまうため、運動性に劣る事が欠点となる。そのため、運動性はある程度目をつぶっても、揚抗比を高める事が最優先されるグライダーにおいて採用例が多い。

機体下面後部にへの字、ハの字に設けた場合は、旋回する方向にローリングさせる為、空力特性、ステルス性の両面で有利であるが、離着陸時に尾翼を損傷する恐れが高いため、多用されるのは無人機に限られる。

先尾翼形式[編集]

胴体後下部小翼[編集]

高機動飛行時の垂直尾翼機能低下を補うため、胴体後下部に、地上滑走引き起こし時に滑走路と干渉しない規模・形状の小翼が設けられることがある。

尾翼のない翼構成[編集]

空気抵抗やレーダー断面積を減らすために水平尾翼を廃したもの。さらに進めて垂直尾翼を廃した例もみられる。
機体そのものを主翼のみで構成したもの。胴体はもちろん、尾翼も存在しない。
主翼を2枚、機体の前後両方に備えた形態で、水平尾翼を廃する事が多い。
現実には尾翼を備える場合が多いが、原理的に省略可能であり、備えない機体もある。