大西隆

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大西 隆
おおにし たかし
Takashi Onishi cropped 1 Takashi Onishi 201410.jpg
日本学術会議により
公表された肖像写真
生誕 (1948-07-16) 1948年7月16日(72歳)
日本の旗 愛媛県松山市
国籍日本の旗 日本
教育東京大学工学部卒業
東京大学大学院工学系研究科
修士課程修了
東京大学大学院工学系研究科
博士課程修了
業績
専門分野 土木工学
建築学
勤務先 長岡技術科学大学
アジア工科大学院
東京大学
慶應義塾大学
豊橋技術科学大学
成果 国土計画地域計画
作成と評価論の研究
受賞歴 テレコム社会科学賞1993年
日本計画行政学会論文賞
1995年
MIPIM Awards
未来プロジェクト部門
最優秀賞(2011年

大西 隆(おおにし たかし、1948年7月16日 - )は、日本工学者土木工学建築学)。学位工学博士東京大学1980年)。東京大学名誉教授

長岡技術科学大学工学部助教授アジア工科大学院助教授、東京大学工学部助教授、東京大学大学院工学系研究科教授、東京大学先端科学技術研究センター教授、日本学術会議会長慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授、豊橋技術科学大学学長一般社団法人国立大学協会副会長などを歴任した。

概要[編集]

国土計画地域開発都市開発などを手掛ける愛媛県出身の都市工学者である。土木工学建築学を専攻し、都市計画地域計画、社会システム工学、安全システムなどを研究してきた。これまでに、東京大学大学院工学系研究科教授、東京大学先端科学技術研究センター教授、東日本大震災復興構想会議委員、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授などを歴任し、豊橋技術科学大学学長に就任した[1]。また、日本学術会議会長[2](第27代)や、総合科学技術・イノベーション会議議員なども務めた[3]。また、東京大学名誉教授の称号を持つ。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

1948年7月16日[2]愛媛県松山市生まれ。東京大学工学部卒業、大学院修士課程後、大学院博士課程修了(いずれも都市工学専攻)。

工学者として[編集]

長岡技術科学大学助手、助教授、アジア工科大学院助教授、東京大学工学部助教授、教授を経て、1996年から国連大学高等研究所教授を兼任。2011年10月日本学術会議会長に就任。2014年4月に榊佳之の後任として豊橋技術科学大学学長に就任。

研究業績として、海外公表の英文プロフィールに学術的著述1,000以上と公表している[4][5]

大学の新規事業への参画を積極的に推進している。2015年度には、大学の軍事研究を積極的に推進。豊橋技術科学大学では、大西の積極的な取り組みにより、防衛省が研究費を支給する「安全保障技術研究推進制度」による研究費資金を獲得。有毒ガスを吸着するシートの開発に取り組んでいる[6][7]。また、2016年4月の日本学術会議総会では「大学などの研究者が、自衛の目的にかなう基礎的な研究開発することは許容されるべきだ」とする考えを示した[8]

学会[編集]

日本都市計画学会(元会長)[9]日本テレワーク学会(元会長)。

略歴[編集]

2014年2月25日、日本学術会議庁舎にてカナダ王立協会科学アカデミー会長キース・ヒッペル(前列右から2人目)、会長夫人シェイラ・ヒッペル(前列左から2人目)、日本学術会議事務局局長田口和也(後列左から2人目)、次長飯島信也(後列右から2人目)、参事官(国際業務担当)佐藤正一(後列左端)、東京工業大学大学院社会理工学研究科教授猪原健弘(前列右端)、秘書勢川聡美(後列右端)と

賞歴[編集]

著作[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
文化
先代:
鳴海邦碩
日本都市計画学会会長
第30代:2008年 - 2009年
次代:
武内和彦
先代:
原科幸彦
日本計画行政学会会長
第10代:2011年 - 2014年
次代:
細野助博