堕落論

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堕落論
Discourse on Decadence
著者 坂口安吾
イラスト 装幀:原弘、坂口安吾
発行日 1947年6月25日
発行元 銀座出版社
ジャンル 随筆評論
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 上製本
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堕落論』(だらくろん)は坂口安吾随筆評論。坂口の代表的作品である。第二次世界大戦後の混乱する日本社会において、逆説的な表現でそれまでの倫理観を冷徹に解剖し、敗戦直後の人々に明日へ踏み出すための指標を示した書。敗戦となり、特攻隊の勇士も闇屋に堕ち、聖女も堕落するのは防げないが、それはただ人間に戻っただけで、戦争に負けたから堕ちるのではなく、人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ、と綴られている。旧来の倫理道徳の否定といった次元ではなく、偉大でもあり卑小でもある人間の本然の姿を見つめる覚悟を示している作品である[1]

1946年(昭和21年)4月1日、雑誌『新潮』(第43巻第4号)に掲載され、同年12月1日に続編(のち『続堕落論』)が、雑誌『文學季刊』第2号・冬季号に掲載された。単行本は翌年1947年(昭和22年)6月25日に銀座出版社より刊行された。文庫版は角川文庫新潮文庫などで重版されている。

内容・あらまし[編集]

終戦で世相も変わりはて、花と散った若者と同じ彼等が闇屋となり、健気な心情で男を送り、亡夫の位牌に額ずいた女達もやがて新たな男を胸に宿すのも遠い日のことではない。人間が変ったのではない。人間は元来そういうものであり、変ったのは世相の上皮だけのことだ。戦時中、軍人や政治家が未亡人の恋愛小説を発禁したのも、彼らが女心の変り易さを知らなかったわけではなく、知りすぎていたので、こういう禁止項目を案出するに及んだまでであった。美しいものを美しいままで終らせたいということは一般的な心情で、私自身も、数年前にが21歳で自殺したとき、美しいうちに死んでくれて良かったような気がした。一見清楚な娘であったが、生きていれば地獄へ堕ち、正視するに堪えない一生を送りそうな気がしていたからであった。

日本の武人の案出した武士道という武骨千万な法則も、そういった人間の弱点に対する防壁がその最大の意味であった。仇討の法則も、元来日本人は最も憎悪心の少い又永続しない国民であり、昨日の敵は今日の友という楽天性を心情に持ち、昨日の敵と妥協否肝胆相照すのが日常茶飯事であるから、「生きて捕虜の恥を受けるべからず」という規定がないと日本人を戦闘にかりたてるのは不可能で、我々は規約に従順であるが、我々の偽らぬ心情は規約と逆なものである。古の武人は武士道によって自らの又部下達の弱点を抑える必要があった。

天皇制も、極めて日本的な(従って或いは独創的な)政治的作品であり、その存立の政治的理由はいわば政治家達の嗅覚によるもので、彼らは日本人の性癖を洞察し、その性癖の中に天皇制を発見していた。日本の政治家達(貴族や武士)は、天皇を拝賀する奇妙な形式が大好きで、満足していた。天皇を拝むことが、自分自身の威厳を示し、又、自ら威厳を感じる手段でもあったのである。我々はその馬鹿らしさを笑うけれども、外の事柄について、同じような馬鹿げたことを自分自身でやっている。そして自分の馬鹿らしさには気づかないだけのことだ。我々も何かにつけて似たことをやっている。

日本人の如く権謀術数を事とする国民には大義名分のためにも天皇が必要で、個々の政治家は必ずしもその必要を感じていなくとも、歴史的な嗅覚に於て彼らはその必要を感じるよりも、自らの居る現実を疑ることがなかったのだ。秀吉聚楽行幸を仰いで自ら盛儀に泣いていたが、自分の威厳をそれによって感じると同時に、宇宙の神をそこに見ていた。要するに天皇制というものも武士道と同種のもので、女心は変り易いから、「節婦は二夫に見まみえず」という、禁止自体は非人間的、反人性的であるけれども、洞察の真理に於て人間的であることと同様に、天皇制自体は真理ではなく、又自然でもないが、そこに至る歴史的な発見や洞察に於て軽々しく否定しがたい深刻な意味を含んでおり、ただ表面的な真理や自然法則だけでは割り切れない。

まったく美しいものを美しいままで終らせたいなどと希うことは小さな人情で、私の姪の場合のように私自身の中にもある、美しいものを美しいままで終らせたいという小さな希いを消し去るわけにも行かぬ。当然堕ちるべき地獄での遍歴に淪落自体が美でありうる時にはじめて美と呼びうるのかも知れないが、20歳の処女をわざわざ60歳の老醜の姿の上で常に見つめなければならぬのか。私は20歳の美女を好む。死んでしまえば身も蓋ふたもないというが、果してどういうものであろうか。敗戦して、結局気の毒なのは戦歿した英霊達だ、という考え方も私は素直に肯定することができない。

私は血を見ることが非常に嫌いで、臆病者だが、偉大な破壊が好きであった。私は爆弾や焼夷弾に戦きながら、狂暴な破壊に劇しく亢奮していたが、それにもかかわらず、このときほど人間を愛し懐かしんでいた時はないような思いがする。あの偉大な破壊の下では、運命はあったが、堕落はなかった。偉大な破壊、その驚くべき愛情。偉大な運命。それに比べれば、敗戦の表情はただの堕落にすぎない。私は戦きながら、然し、惚れ惚れとその美しさに見とれていたのだ。私は考える必要がなかった。そこには美しいものがあるばかりで、人間がなかったからだ。実際、泥棒すらもいなかった。戦争中の日本は嘘のような理想郷で、ただ虚しい美しさが咲きあふれていた。それは人間の真実の美しさではない。たとえ爆弾の絶えざる恐怖があるにしても、考えることがない限り、人は常に気楽であり、ただ惚れ惚れと見とれておれば良かったのだ。私は一人の馬鹿であった。最も無邪気に戦争と遊び戯れていた。

終戦後、我々はあらゆる自由を許されたが、人はあらゆる自由を許されたとき、自らの不可解な限定とその不自由さに気づくであろう。人間は永遠に自由では有り得ない。なぜなら人間は生きており、又死なねばならず、そして人間は考えるからだ。政治上の改革は一日にして行われるが、人間の変化はそうは行かない。遠くギリシャに発見され確立の一歩を踏みだした人性が、今日、どれほどの変化を示しているであろうか。戦争がどんなすさまじい破壊と運命をもって向うにしても人間自体をどう為しうるものでもない。戦争は終った。特攻隊の勇士はすでに闇屋となった。人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。

だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。人間は結局処女を刺殺せずにはいられず、武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎださずにはいられなくなるであろう。だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。

作品評価・解釈[編集]

『堕落論』は、坂口の思想とその生き方を決定した評論であり、一つの達成的作品となっており[2]、多くの作家や評論家にも高く評価された。

同じ坂口安吾の評論である『青春諭』と共に『堕落論』を折りにふれ何度も読んだという檀一雄は、「安吾のあの強烈な孤独の表情を軸とし、ある時は、わが身に絶望の鞭を加え、また、切ない気持ちで言い知れない勇気を与えられてきた」と述べ[3]、『堕落論』をはじめとする作品に、「安吾の生活の情熱と思考の表裏一体した真摯な様相」が見られるとし[3]、その声を、「おおらかな詩人の規模を恃し、世俗におもねらない苦行者の精神に燃えていた人の滅びない新しい声であった。また、我々の日常として滅びない新しい声は曲解されやすいものである」と解説している[3]

磯田光一は『堕落論』を、「旧来のモラルの否定という次元で読まれるべきものではない」とし、安吾の意味する「堕落」とは、「虚飾を捨てて人間の本然の姿に徹せよ」ということだと述べている[1]。そして、そういった姿勢を貫き、戦中戦後の現実を生きてきた安吾にとって、「世のリアリズム文学は、たんなる感傷としか映らなかった」とし、「人生には科学的合理主義によってはとらえられない領域が確かにある。安吾はただそういう領域のうちに人間を見据えていたのである」と解説している[1]

また磯田は、「人間の“救いのなさ”と“絶対的孤独”」と、「偉大であるとともに卑小な存在」である人間の姿を、安吾の心は「永遠の相の下に見つめていた」とし[1]、以下のように安吾の世界観を考察している。

そういう立場に身を置いていた安吾にしてみれば、戦争でさえも、人間が有史以来繰り返してきた偉大にして卑小な所業と見えた。人間は愚劣な存在であるかもしれぬ。しかし愚劣さのゆえに人生を見捨てるか、あるいは愚劣さにもかかわらず、その愚劣さを引き受けるかによって、人生への態度は相当に異なるものになるであろう。 — 磯田光一「坂口安吾――人と作品」[1]

そして、そういった安吾の考え方は、「現にある日本の姿を、日本人の現実を、あるがままの姿で受容する態度」を示しているだけで、「戦後の進歩主義思想とは、明確な一線を画している」と磯田は述べ[1]、その両者の違いを、「進歩主義者は、“進歩”という幻影を生きているが、安吾の目には、あるがままの現実こそが問題であった」と解説している[1]

中畑邦夫は、柄谷行人が安吾の思想的位置づけを、左翼的か右翼的かという軸でなく、啓蒙主義的かロマン主義的かという軸で見られるべきである[4]と主張していることを敷衍しながら、安吾の言説から「天皇制批判」の主張を読み解く研究者や、安吾を左翼だとする見方を否定して、「安吾自身がみずからの思想への社会主義の影響をはっきり否定しているのであって、安吾の思想が左翼的であるとは断じて言えないのである」と述べ[5]、安吾の思想を「右翼的であるとする観方も左翼的であるとする観方もともに一面的」であり、そういう観点で作品を捉えることは、「安吾の思想のもつはるかに広い射程」を見失ってしまうと解説している[5]

西部邁は『堕落論』の本質は最後の数行にあるとし、そこで坂口が言わんとしていることについて、先に戦争における「偉大な破壊、その驚くべき愛情。偉大な運命、その驚くべき愛情」は実に讃嘆に値するものであったが、それは、「堕落ということの驚くべき平凡さや平凡な当然さ」と比べれば、「泡沫のような虚しい幻影にすぎないという気持がする」という意味だと説明し[6]、西部はその安吾の言い分をさらに補足し、「しかし人間は幻影なしには生きられぬほどに弱いのであるから、いわば、限界点まで堕落したところで自分が是が非でも持ちたいと思うような幻影をみつけ出せということである」と解説している[6]

七北数人は、『堕落論』をはじめとする安吾の評論について、「メッセージ性、というより、伝えたい思いが強いのだろう。言葉は時に刃のように、時には喉をうるおす泉のように、ストレートに胸に響く。一言半句だに魂のこもらぬ言葉はない。別世界の構築が必要な小説では、こうは行かない」と述べている[7]。また、その安吾の言葉は思想家や評論専門の言葉とは違い、「骨の髄から小説家である人にしか書けないものだ。小説家ならではの視点で、人間心理の曖昧さ、複雑さに深くえぐり込んでいく」と解説している[7]

三島由紀夫は安吾とは直接には対面する機会はなかったものの、安吾の仕事にはいつも敬愛の念を寄せていたとし、安吾の戦後の生き方を以下のように解説している。

戦後の一時期に在つて、混乱を以て混乱を表現するといふ方法を、氏は作品の上にも、生き方の上にも貫ぬいた。 氏はニセモノの静安に断じて欺かれなかつた。言葉の真の意味においてイローニッシュな作家だつた。氏が時代との間に結んだ関係は冷徹なものであつて、ジャーナリズムにおける氏の一時期の狂熱的人気などに目をおほはれて、この点を見のがしてはならない。 — 三島由紀夫「私の敬愛する作家」[8]

おもな刊行本・音声資料[編集]

  • 『堕落論』(銀座出版社、1947年6月25日)
    • 装幀:原弘、坂口安吾。フランス装。後記:坂口安吾。総313頁。
    • 収録作品:第一部(「日本文化私観」、「青春論」)、第二部(「「堕落論」、「続堕落論」、「デカダン文学論」、「劇作者文学論」)、第三部(「FARCE に就て」、「文学のふるさと」、「咢堂小論」、「文芸時評」、「風俗時評」)、第四部(「長島の死に就いて」、「エスキス・スタンダール(長島萃遺稿)」)
  • 文庫版『堕落論』(角川文庫、1957年5月30日。改版1995年、新装版2007年6月)
    • カバー装幀:菊地信義。付録・解説:檀一雄磯田光一「坂口安吾――人と作品」。年譜。
    • 収録作品:「日本文化私観」、「青春論」、「堕落論」、「続堕落論」、「デカダン文学論」、「戯作者文学論」、「悪妻論」、「恋愛論」、「エゴイズム小論」、「欲望について」、「大阪の反逆」、「教祖の文学」、「不良少年とキリスト
    • ※ 2007年(平成19年)6月の新装版より、カバー装画:メグ・ホソキ
  • 文庫版『堕落論』(新潮文庫、2000年6月1日)
    • カバー装幀:平野甲賀。付録・解説:柄谷行人「坂口安吾とフロイト」。初出一覧。年譜。
    • 収録作品:「今後の寺院生活に対する私考」、「FARCE に就て」、「文学のふるさと」、「日本文化私観」、「芸道地に堕つ」、「堕落論」、「天皇小論」、「続堕落論」、「特攻隊に捧ぐ」、「教祖の文学」、「太宰治情死考」、「戦争論」、「ヨーロッパ的性格、ニッポン的性格」、「飛騨・高山の抹殺」、「歴史探偵方法論」、「道鏡童子」、「安吾下田外史」
  • 文庫版『堕落論・日本文化私観 他二十二篇』(岩波文庫、2008年9月17日)
    • 装幀:精興社。カバー写真撮影:林忠彦。付録・解説:七北数人
    • 収録作品:「ピエロ伝道者」、「FARCEに就て」、「ドストエフスキーとバルザック」、「意欲的創作文章の形式と方法」、「枯淡の風格を排す」、「文章の一形式」、「茶番に寄せて」、「文字と速力と文学」、「文学のふるさと」、「日本文化私観」、「青春論」、「咢堂小論」、「墜落論」、「続墜落論」、「武者ぶるい論」、「デカダン文学論」、「インチキ文学ボクメツ雑談」、「戯作者文学論」、「余はベンメイす」、「恋愛論」、「悪妻論」、「教祖の文学」、「不良少年とキリスト」、「百万人の文学」
  • 文庫版『堕落論』(集英社文庫、1990年11月20日。新装版2009年6月)
    • 付録・解説:井口時男。鑑賞:立松和平
    • 収録作品:「堕落論」、「続堕落論」、「日本文化私観」、「恋愛論」、「不良少年とキリスト」、「FARCEについて」、「文学のふるさと」、「風博士」、「桜の森の満開の下
    • ※ 2009年(平成21年)6月の新装版より、カバー装画:久保帯人
  • 朗読CD『白痴/堕落論/続堕落論』(新潮社、2000年4月)
  • 英文版『Literary Mischief: Sakaguchi Ango, Culture, and the War (New Studies of Modern Japan)』(訳:James Dorsey、編集:James Dorsey、Doug Slaymaker)(Lexington Books,、2010年5月30日)
    • 収録作品:日本文化私観(A Personal View of Japanese Culture)、真珠(Pearls)、堕落論(Discourse on Decadence)、続堕落論(Discourse on Decadence, Part II)

おもな舞台化[編集]

テレビ放送[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g 磯田光一「坂口安吾――人と作品」(文庫版『堕落論』付録)(角川文庫、1957年。改版1995年、新装版2007年)
  2. ^ 「解題」(『坂口安吾全集 5』)(筑摩書房、1998年)
  3. ^ a b c 檀一雄「作品解説」(文庫版『堕落論』付録)(角川文庫、1957年。改版1995年、新装版2007年)
  4. ^ 柄谷行人「安吾とアナーキズム」(『越境する安吾』坂口安吾研究会編)(ゆにま書房、2002年)
  5. ^ a b 中畑邦夫「『政治思想』と『人間の実相』――柄谷行人の安吾解釈に寄せて」(麗澤学際ジャーナル、2011年3月)
  6. ^ a b 西部邁『虚無の構造』(中公文庫、2013年8月、44頁。飛鳥新社版は1999年4月刊。)
  7. ^ a b 七北数人「解説」(文庫版『堕落論・日本文化私観 他二十二篇』付録)(岩波文庫、2008年)
  8. ^ 三島由紀夫「私の敬愛する作家」(『坂口安吾選集』推薦文)(東京創元社、1956年6月)

参考文献[編集]

  • 文庫版『堕落論』(付録解説 磯田光一檀一雄)(角川文庫、1957年。改版1995年、新装版2007年)
  • 文庫版『堕落論』(付録解説 柄谷行人)(新潮文庫、2000年)
  • 文庫版『堕落論・日本文化私観 他二十二篇』(付録解説 七北数人)(岩波文庫、2008年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第29巻・評論4』(新潮社、2003年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第34巻・評論9』(新潮社、2003年)
  • 『坂口安吾全集 5』(筑摩書房、1998年)
  • 中畑邦夫「『政治思想』と『人間の実相』――柄谷行人の安吾解釈に寄せて」(麗澤学際ジャーナル、2011年3月) [1]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]