内匠寮

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内匠寮(ないしょうりょう)は、律令制において中務省に属する令外官の一つである。訓読みは「たくみりょう」・「うちたくみのつかさ」など。また、近代宮内省に設置された内部部局の一つ。

律令制における内匠寮[編集]

沿革・職掌[編集]

内匠寮の起源は、神亀5年(728年聖武天皇の時に新設されたのが始まりである[1]。令外官であったものの、当初から四等官が設置されていた。

そのルーツは天武天皇の時代にあった飛鳥池工房のような天皇家家政機関としての官営工房が律令国家の整備とともに内匠寮や鋳銭司などの技術系官司に発展したと考えられている[2]。内匠寮は唐代の官営工房である少府監(しょうふげん)の模倣と考えられ、別称も「少府」という。本寮の特色として日本古来の伴部品部雑戸を使わず様々な職人(雑色作手)によって運営されている点である。これは日本の工業の起点といえる。

職掌は天皇家の調度品や儀式用具などの製作である。当初は内匠頭に四位の皇親が任じられるなど調度製作などの中心的な役目を担っていたが、奈良時代後期には勅旨省造東大寺司に機能の一部を奪われて内匠頭も五位相当に低下する(ただし、相次ぐ皇親の粛清による適任者不足も背景にあったと考えられている)[3]。だが、延暦元年(782年)に勅旨省が、同8年(789年)に造東大寺司が解体されて大幅に機能を縮小されると、内匠寮の整備が進められるようになり、また宝亀5年(774年)に大蔵省典鋳司を、大同3年(808年)には中務省画工司大蔵省漆部司を合併して規模を拡大した。また、大同3年の再編で鍛冶司木工寮に合併されたのに合わせて鍛冶司の業務の一部が移管され、『延喜式』には公印鋳造の業務が職掌に規定されている[4]平安時代前期から中期には官営工房の元締めとして機能して、太政官蔵人所の命令下で調度製作の業務にあたった[5]

平安時代中期を過ぎると次第に職掌を作物所(つくもどころ)・画所(えどころ)や木工寮修理職に奪われていくが、これは大規模儀式の減少や朝廷財政の衰退によって、公事儀式における行事所制や別当制が導入された結果、内匠寮の機能が縮小されつつ他の官司との機能分担が行われるようになったことによるものであり、それは必ずしも内匠寮の形骸化を意味するものではなく、12世紀には右大臣が内匠寮別当を兼務[6]し、その下に年預が任命される[7]など、以後も朝廷運営に不可欠な官司として存続しつづけていた[8]

職員[編集]

  • 史生
  • 寮掌 新設
  • 使部
  • 直丁
  • 駆使丁
  • 雑色作手(長上工・番上工)

近代の内匠寮[編集]

1885年明治18年)12月23日、内閣制度創設に伴い、宮内省内匠寮が設置された。長官は内匠頭である。

1903年(明治36年)10月31日の官制改正(皇室令第3号)により、内匠寮は「宮殿その他の建築物の保管、建築・土木・電気・庭苑および園芸に関する事務」を管掌することと規定された。

第二次世界大戦後の1945年昭和20年)10月5日、宮内省の機構整理により内匠寮は主馬寮と統合され、主殿寮が設置された。

歴代内匠頭[編集]

氏名 在任期間 備考
肥田浜五郎 1885年(明治18年)12月23日 - 1887年(明治20年)5月3日 兼任(御料局長官)
堤正誼 1887年(明治20年)9月26日 - 1897年(明治30年)12月2日
股野琢 1897年(明治30年)12月2日 - 1898年(明治31年)3月11日 兼任
堤正誼 1898年(明治31年)3月11日 - 1904年(明治37年)4月1日
片山東熊 1904年(明治37年)4月1日 - 1915年(大正4年)12月27日
馬場三郎 1915年(大正4年)12月27日 - 1920年(大正9年)3月5日
小原駩吉 1920年(大正9年)3月6日 - 1924年(大正13年)4月9日
東久世秀雄 1924年(大正13年)4月9日 - 1931年(昭和6年)5月15日
白根松介 1931年(昭和6年)5月15日 - 1933年(昭和8年)2月25日
木下道雄 1933年(昭和8年)2月25日 - 1936年(昭和11年)9月3日
岩波武信 1936年(昭和11年)9月3日 - 1940年(昭和15年)12月10日
土岐政夫 1940年(昭和15年)12月10日 - 1944年(昭和19年)9月6日
岡本愛祐 1944年(昭和19年)9月6日 - 1945年(昭和20年)9月17日
鈴木一 1945年(昭和20年)9月17日 - 1945年(昭和20年)10月5日

脚注[編集]

  1. ^ 類聚三代格』巻4「加減諸司官員并廃置事」神亀5年7月21日勅
  2. ^ 十川、2013年、p247-251
  3. ^ 芳之内、2013年、p104-109および十川、2013年、P245-246
  4. ^ 芳之内、2013年、p109および十川、2013年、p240-241
  5. ^ 芳之内、2013年、p126-128
  6. ^ 兵範記』嘉応元年8月27日条
  7. ^ 『兵範記』保元2年8月9日条
  8. ^ 芳之内、2013年、p140-142

参考文献[編集]

  • 芳之内圭「奈良時代の内匠寮」(初出:『古代史の研究』12号(2005年)/所収:芳之内『日本古代の内裏運営機構』(塙書房、2013年) ISBN 978-4-8723-1256-0
  • 芳之内圭「平安時代の内匠寮」(初出:『史泉』106号(2007年)/所収:芳之内『日本古代の内裏運営機構』(塙書房、2013年) ISBN 978-4-8723-1256-0
  • 十川陽一「内匠寮について」(初出:『続日本紀研究』377号(2008年)/所収:十川『日本古代の国家と造営事業』(吉川弘文館、2013年) ISBN 978-4-642-04602-2
  • 戦前期官僚制研究会編『戦前期日本官僚制の制度・組織・人事』(東京大学出版会、1981年

関連項目[編集]