宮内庁侍従職

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侍従職(じじゅうしょく)は、宮内庁内部部局のひとつ。

事務[編集]

法的根拠は宮内庁法第4条

職員[編集]

  • 侍従長
侍従職の長、侍従職の事務を掌理する。認証官であり、その任免は天皇により認証される。
侍従次長は侍従長を助け、侍従職の事務を整理し、侍従は側近奉仕のことを分掌する。なお、侍従のうち、宮内庁長官が指定する者は侍従職の庶務をつかさどる「侍従職事務主管」という。
女官長は皇后の側近奉仕のことを総括し、女官は皇后の側近奉仕のことを分掌する。
  • 侍医長侍医
侍医長は天皇、皇后及び皇子に関する医事を総括し、侍医は天皇、皇后及び皇子に関する医事を分掌する。

歴代侍従長(日本国憲法施行後)[編集]

氏名 在任期間 備考
大金益次郎 1947年(昭和22年)5月3日 - 1948年(昭和23年)6月5日(願)
三谷隆信 1948年(昭和23年)6月5日 - 1965年(昭和40年)3月30日(願)
稲田周一 1965年(昭和40年)3月30日 - 1969年(昭和44年)9月16日(願)
入江相政 1969年(昭和44年)9月16日 - 1985年(昭和60年)9月29日(亡)
徳川義寛 1985年(昭和60年)10月1日 - 1988年(昭和63年)4月13日(願)
山本悟 1988年(昭和63年)4月13日 - 1996年(平成8年)12月12日(願)
渡邉允 1996年(平成8年)12月12日 - 2007年(平成19年)6月15日(願)
川島裕 2007年(平成19年)6月15日 - 2015年(平成27年)5月1日(願)
河相周夫 2015年(平成27年)5月1日 -

歴代女官長[編集]

氏名 在任期間 備考
保科武子[注釈 1]  ? - 1967年(昭和42年)3月22日(願)
(小川梅子) 1967年(昭和42年)3月22日 - ? 女官長事務代理(上席女官)
北白川祥子 1969年(昭和44年)5月20日 - 1989年(平成元年)1月11日
松村淑子[注釈 2] 1989年(平成元年)1月11日 - 1990年(平成2年)4月17日(願)
井上和子[注釈 3] 1990年(平成2年)4月17日 - 2004年(平成16年)3月31日(願)
濱本松子[注釈 4] 2004年(平成16年)3月31日 - 2013年(平成25年)4月1日 (願)
伊東典子[注釈 5] 2013年(平成25年)4月1日 -

歴代侍医長[編集]

氏名 在任期間 備考
塚原伊勢松 1955年(昭和30年)9月16日 - 1959年(昭和34年)5月1日(願) 皇室医務主管併任
村山浩一 1959年(昭和34年)5月1日 - 1966年(昭和41年)2月18日(願) 本務・皇室医務主管
西野重孝 1966年(昭和41年)2月18日 - 1983年(昭和58年)10月1日(願) 本務・皇室医務主管
星川光正 1983年(昭和58年)10月1日 - 1987年(昭和62年)6月1日(※) 本務・皇室医務主管
1987年(昭和62年)6月1日免兼官、退職
高木顯 1987年(昭和62年)6月1日 - 1988年(昭和63年)4月12日
1988年(昭和63年)4月12日 - 1989年(平成元年)6月20日(※) 皇室医務主管兼侍医長
1989年(平成元年)1月11日皇太后宮侍医長兼任
1989年(平成元年)6月20日侍医長のみ免兼官
池永達雄 1989年(平成元年)6月20日 - 1991年(平成3年)4月1日
1991年(平成3年)4月1日 - 1999年(平成11年)4月1日(願) 皇室医務主管兼侍医長
森憲二 1999年(平成11年)4月1日 - 2001年(平成13年)4月1日(願)
中村雄二 2001年(平成13年)4月1日 - 2004年(平成16年)4月1日(願)
大城秀巳 2004年(平成16年)4月1日 - 2009年(平成21年)12月1日(願)
市倉隆 2009年(平成21年)12月1日 -

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

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  1. ^ 能久親王の娘(母は伊達宗徳の娘)。夫は保科正昭
  2. ^ 島津忠弘の娘で邦彦王妃俔子の姪。夫は松村敬一(経済企画庁事務次官)
  3. ^ 華族木戸幸一の娘。侯爵家出身。夫は井上五郎井上準之助(元蔵相)の子)
  4. ^ 旧華族・木戸幸一の孫娘。侯爵家出身。夫は濱本康也(外交官)
  5. ^ 旧華族・大久保利通の曾孫。侯爵家出身。

出典[編集]

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外部リンク[編集]