八戸学院大学硬式野球部
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2013年11月17日 明治神宮野球場にて | |
| 加盟団体 | 北東北大学野球連盟 |
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| 本拠地 | 青森県八戸市美保野13-1775 光星学院飛天寮 |
| 創部 | 1981年 |
| 監督 | 新沼舘貴志 |
| 公式サイト | 八戸学院大学硬式野球部 |
| リーグ戦成績 | |
| リーグ成績 | 1部リーグ優勝 18回(2025年秋季リーグ戦終了現在) |
| 全日本大学野球選手権大会 | |
| 出場回数 | 9回 |
| 最高成績 | ベスト4進出2回 |
| 明治神宮野球大会 | |
| 出場回数 | 5回 |
| 最高成績 | ベスト4進出2回 |
八戸学院大学硬式野球部(はちのへがくいんだいがくこうしきやきゅうぶ)は、北東北大学野球連盟に所属する大学野球チーム。八戸学院大学の学生によって構成されている。2013年に八戸大学から八戸学院大学に改称した。ユニフォームの表記は「HACHIGAKU」。
歴史
[編集]八戸大学硬式野球部として1981年創部。1993年に初の1部昇格。東北福祉大出身の藤木豊を監督を迎えて強化を図り、2001年春季リーグ戦で初優勝。
その後はリーグ屈指の強豪として力を付け、リーグ王者青森大を抑え川島亮と石川賢の2年生両投手らを擁して2001年春の全日本大学選手権(第50回大会)に初出場。翌2002年春の第51回全日本大学選手権準々決勝で関東学院大に3-4(延長10回)で敗退(ベスト8進出)。
翌2003年秋季から2005年秋季まで5季連続優勝を果たし、その間、2004年春には4年生エース三木均と3年青山浩二両投手らを擁して第53回全日本大学選手権準決勝に進出し、4年那須野巧投手擁する日本大に2-6で敗退(ベスト4)。同04年秋、東北地区代表決定戦で東北福祉大を抑え明治神宮野球大会(第35回大会)に初出場を果たした。またこの頃から、プロ野球選手も輩出するようになる。
2007年秋、神宮大会2度目の出場となる第38回明治神宮大会準決勝で1年生斎藤佑樹投手らを擁する早稲田大に2-3で惜敗した(ベスト4)。
2000年代に入る頃から青森大、2010年前後から富士大との2強時代を迎える。
2010年春、第59回全日本大学選手権ではエース塩見貴洋投手や秋山翔吾ら4年生の投打や3年田代将太郎らを擁して、4年大野雄大投手の佛教大を3-0、躍進した北海道大を4-3(延長14回)で辛くも下して進出した準決勝戦で、優勝した3年藤岡貴裕投手擁する東洋大に1-5で敗退(ベスト4)。
2012年からそれまで長くコーチを務めていた正村公弘(東海大出身。2024年から亜大監督)が監督に就任。2014年春季から2018年秋季まで富士大に10季連続でリーグ優勝を許していたが、2019年春季に大道温貴と中道佑哉の両エースを擁して6年11季ぶりのリーグ戦優勝を果たした[1]。
2025年秋、東北地区代表戦で東北学院大、春の選手権優勝校・東北福祉大を下し、12年ぶり5度目の神宮大会に出場。第56回明治神宮大会では準決勝で優勝した青山学院大相手に序盤に2点を先制したものの2-8で敗退した(ベスト4)。
本拠地
[編集]記録
[編集]※ 2025年度終了時点
- 北東北大学野球リーグ優勝:18回
- 全日本大学野球選手権大会出場:9回、ベスト4進出2回(2004年、2010年)
- 明治神宮野球大会大学の部出場:5回、ベスト4進出2回(2007年、2025年)
主な出身者
[編集]NPB入団選手
[編集]独立リーグ入団選手
[編集]- 小野真悟(内野手、中退) - 新潟アルビレックスBC他
- 武岡大聖(内野手) - 徳島インディゴソックス
その他
[編集]- 須江航 - 仙台育英学園高等学校監督
関係者
[編集]- 正村公弘 - 硬式野球部元監督、コーチ
脚注
[編集]- ↑ “八戸学院大Vで富士大11連覇阻止、呪縛解いた主将”. 日刊スポーツ (2019年5月18日). 2023年1月22日閲覧。
外部リンク
[編集]- 公式サイト
- 八戸学院大学硬式野球部 (@hgu_89) - X(旧Twitter)
- 八戸学院大学硬式野球部 (@hgu_baseball) - Instagram