ルベン・アモリム

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この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はマルケス第二姓(父方の)はアモリムです。
ルベン・アモリム Football pictogram.svg
Ruben Amorim - Croatia vs. Portugal, 10th June 2013.jpg
名前
本名 ルベン・フィリペ・マルケス・アモリム
Ruben Filipe Marques Amorim
ラテン文字 Ruben Amorim
基本情報
国籍 ポルトガルの旗 ポルトガル
生年月日 (1985-01-27) 1985年1月27日(32歳)
出身地 リスボン
身長 180cm
体重 77kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2008 ポルトガルの旗 ベレネンセス 96 (4)
2008-2017 ポルトガルの旗 ベンフィカ 95 (5)
2012-2013 ポルトガルの旗 ブラガ (loan) 31 (4)
2015 ポルトガルの旗 ベンフィカB 2 (0)
2015-2016 カタールの旗 アル・ワクラ (loan) 9 (2)
代表歴
2004-2005 ポルトガルの旗 ポルトガル U-20 13 (0)
2005-2008 ポルトガルの旗 ポルトガル U-21 10 (0)
2010-2014 ポルトガルの旗 ポルトガル 14 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ルベン・フィリペ・マルケス・アモリム(Ruben Filipe Marques Amorim, 1985年1月27日 - )は、ポルトガルリスボン出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー

同胞のティアゴ・メンデスのようにセントラルMFとして守備的にも攻撃的にも両方プレーが出来、アモリムはさらに右SHや右SBとしてもプレーした[1]

経歴[編集]

ベレネンセス[編集]

2000年からSLベンフィカのユースチームに所属。2002年にCFベレネンセスのユースへ移籍し、2003年にトップチーム昇格。12月14日のFCアルヴェルカ英語版をホームに迎えた試合で、試合終了残り1分での出場がスーペル・リーガデビュー戦、チームは2-0で勝利した。以降はユースとトップ両方の試合に出場し、2005-06シーズンからは完全にトップチームへと以降していった。

2007年夏になると、ユース時代を過ごしたSLベンフィカを始めSCブラガ, FCポルトのポルトガル国内のみならずトッテナム・ホットスパーFC, トゥールーズFC等の国外のクラブも興味を示したが、アモリム本人は残留を希望し、またクラブ側も入札を拒否した。このシーズンは29試合2,491分出場し、8位でフィニッシュした。

ベンフィカ[編集]

2008年4月、ベレネンセスとの契約が終了したアモリムはフリーエージェントでSLベンフィカに移籍した。1年目の2008-09シーズンからレギュラーとしてプレーすると、11月23日のアカデミカ・コインブラ戦で移籍後初ゴールを決め2-0で勝利した。2009-10シーズン、チームは実に5シーズンぶりとなるリーグとタッサ・ダ・リーガをするも、新加入のハビ・ガルシアラミレスの影響で24試合中スタメン10試合に減少、その少ない時間の中で顕著なプレーを見せ、優勝に貢献した。

2010-11シーズンは、ジョルジェ・ジェズス監督の下でレギュラーとして再びプレーしていたものの、2011年1月19日に両膝の手術のため数ヶ月欠場することを余儀なくされた[2]

2011年10月初期、ポルトガル代表に招集中に、"チームはたった1人の代表選手なしで殆どの試合をしている"と自国人をあまり起用しないジェズス監督を批判した[3]。12月のリオ・アヴェFC戦では、数分間ウォーミングアップをしても使われない苦境にますます嫌気が差し、さらに試合後にベンチの選手としてトレーニングすることを拒否したため懲戒処分を受けた[4][5]。2012年1月30日、翌2013年6月までの期間でSCブラガへ貸し出された[6]。2015年8月14日、アル・ワクラSCへ1シーズン貸し出された。

2017年4月4日、現役引退を発表した[7]

代表歴[編集]

ポルトガル代表でプレーするアモリム

ポルトガル代表としてオランダで開催されたUEFA U-21欧州選手権2007に出場した。最終的に5位決定戦でイタリアに敗れたため、翌年の北京オリンピック出場は出来なかった。

2010年5月10日、当初は2010 FIFAワールドカップの23名に選ばれず[8]、6名のバックアップメンバーとしての登録だった[9]。しかし、ナニが左鎖骨の怪我で離脱したため、追加招集という形ながらも、2010 FIFAワールドカップのメンバーに選出された[10][1]。6月15日のコートジボワール戦で試合終了残り5分のところでラウール・メイレレスに代わり出場し、A代表デビューを果たした。

所属クラブ[編集]

ポルトガルの旗 SCブラガ 2012-2013 (Loan)

タイトル[編集]

クラブ
SLベンフィカ
SCブラガ
  • タッサ・ダ・リーガ 2012-13

脚注[編集]

  1. ^ a b ナニのワールドカップ欠場が決定
  2. ^ ベンフィカのルーベン・アモリムが両ひざを手術
  3. ^ Ruben Amorim: «Fico feliz por Paulo Bento não pensar como Jesus»
  4. ^ Benfica: Ruben Amorim é caso disciplinar
  5. ^ Benfica. Rúben Amorim de novo ausente do treino depois de incidente disciplinar
  6. ^ "Yannick Djalo signs for Benfica"
  7. ^ “Rúben Amorim rescinde com o Benfica e coloca ponto final na carreira [Rúben Amorim rescinds with Benfica and calls it quits]” (ポルトガル語). O Jogo. (2017年4月4日). http://www.ojogo.pt/futebol/1a-liga/benfica/noticias/interior/rubem-amorim-rescinde-com-o-benfica-e-coloca-ponto-final-na-carreira-5769429.html 2017年11月9日閲覧。 
  8. ^ "Pepe in Portugal squad"
  9. ^ Release list of up to 30 players
  10. ^ World Cup 2010: Portugal's Nani set for quick recovery

外部リンク[編集]