ミゲル・モンテイロ

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この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はガルシア第二姓(父方の)はモンテイロです。
ミゲル Football pictogram.svg
Luís Miguel Brito 24sept2006.jpg
名前
本名 ルイス・ミゲル・ブリト・ガルシア・モンテイロ
Luís Miguel Brito Garcia Monteiro
ラテン文字 MIGUEL
基本情報
国籍 ポルトガルの旗 ポルトガル
生年月日 (1980-01-04) 1980年1月4日(38歳)
出身地 リスボン
身長 179cm
体重 78kg
選手情報
ポジション DF
利き足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1998-2000 ポルトガルの旗 E・アマドーラ 32 (0)
2000-2005 ポルトガルの旗 ベンフィカ 131 (12)
2005-2012 スペインの旗 バレンシア 175 (2)
通算 338 (14)
代表歴
2000-2002 ポルトガルの旗 ポルトガル U-21 23 (4)
2003-2010 ポルトガルの旗 ポルトガル 59 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ルイス・ミゲル・ブリト・ガルシア・モンテイロ(Luís Miguel Brito Garcia Monteiro, 1980年1月4日 - )は、ポルトガルリスボン出身のサッカー選手。ポジションはDF(右サイドバック)。カーボベルデ系ポルトガル人である。

経歴[編集]

クラブ[編集]

1998年CFエストレラ・アマドーラからデビューし、当時はウイングとしてプレーしていた。2000年SLベンフィカに移籍。それと同時にフェルナンド・シャラーナ暫定監督によって右サイドハーフや右サイドバックに転向させられた。2004-05シーズンは22試合に出場して2得点し、11シーズンぶりにスーペル・リーガ優勝を果たした。

2005年7月1日、移籍金750万ユーロでスペインバレンシアCFに移籍した[1]。2007年9月には契約期間を5年延長し[2]、2007-08シーズンにはコパ・デル・レイを勝ち取った。2007-08シーズン途中、13歳から煙草を吸っていることや週に一度は夜遊びに出かけていることを告白し、批判を浴びるとともに自信も急激に調子を落とした。[3]。2008年1月には、自身のバースデーパーティの最中にチームメイトで同胞のマヌエル・フェルナンデスが暴行事件に巻き込まれ、ミゲル自身も逮捕された。2009年12月、ディスコで起きた銃撃戦の末に逮捕され、暴行および銃器所持の容疑で起訴された[4]。2009年夏にはUDアルメリアからブルーノ・サルトールが加入したため、2009-10シーズンはポジション争いが激化して25試合の出場にとどまった。

代表[編集]

2003年2月12日イタリア戦でポルトガル代表デビューした。2004年のUEFA EURO 2004ではパウロ・フェレイラの不調によりレギュラーとしてプレーしたが、決勝でギリシャに敗れた。2006年には2006 FIFAワールドカップに出場し、オランダ戦ではフォワードのようなプレーをした。2008年のUEFA EURO 2008ではジョゼ・ボシングワの控えであり、グループリーグのスイス戦 (0-2) の1試合に出場した。2010年の2010 FIFAワールドカップにも出場し、北朝鮮戦 (7-0) に出場した。2010年9月9日、ポルトガル代表からの引退を表明した。9月7日UEFA EURO 2012予選ノルウェー戦が代表でのラストゲームとなった。

所属クラブ[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

SLベンフィカ
バレンシアCF

代表歴[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]