ランドスケープコンサルタント

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ランドスケープコンサルタント: landscape consultant)は、造園コンサルタントのうち、公園緑地など造園分野の創作物の調査計画から設計景観形成などや環境デザインの中でランドスケープデザインランドスケープ・プランニングなどのランドスケープアーキテクチャーに関する業務等、また各種土地開発・地域計画から地域開発リゾート開発観光地計画などで具体な空間のすがたを示す業務等を主たる生業としている建設コンサルタント環境コンサルタント

主要団体としては、一般社団法人ランドスケープコンサルタンツ協会がある。この団体に参加しているコンサルタント法人、また、一定の要件を満たしたランドスケープコンサルタントを公共事業に参画させるため、国土交通省建設コンサルタント登録では「造園部門」が設けられ、この登録をしているコンサルタントを指す場合が実際は多い。但し、これらの協会員および登録企業の中には日建設計三菱地所設計のような組織系建築設計事務所サンコーコンサルタント株式会社、荒谷建設コンサルタントや株式会社ウエスコのような土木建設事業を主たる業務とする総合建設コンサルタント、さらには株式会社URリンケージなど再開発をおもな業務としているものが1部課として設置しているものも多く、株式会社日本総合計画研究所や株式会社都市計画研究所など、また株式会社国土開発センター、栃木県用地補償コンサルタント、株式会社飯沼コンサルタントなどのような都市計画コンサルタント都市設計も行う株式会社アーバンデザインコンサルタント、株式会社環境デザイン研究所など建築設計事務所の兼業、または一級建築士事務所登録をしているコンサルタント、株式会社環境美術研究所などのファニチャーや彫刻のよる環境美化スタイルの事業者などもある。

建設コンサルタント登録に際しては、責任者(ランドスケープ・プロジェクトマネージャー)は技術士建設部門都市及び地方計画、建設環境など)を有する。その他ランドスケープコンサルタント従事者で技術士の資格は、技術士農業部門技術士環境部門を有しているものもいる。

なお、これらの有無に関わらず、「ランドスケープコンサルタント」を名乗っての営業活動等は個人法人に関わらず自由に行うことができる。このため、ランドスケープコンサルタントの事業所としての規模は個人事業のもの、小規模なものでの設計事務所が大半を占め、その主宰者はランドスケープアーキテクトやデザイナーを名のる事が多くある。また個人や小規模な事業者は小規模なビオトープなど生態環境を生み出すまたは維持する場所づくりや、各種緑化、室内緑化も含め屋内外の場所・空間デザインを広く業務受託するもの、彫刻制作や庭の作庭、ガーデンデザイナーエクステリアデザイナー環境芸術の作家として活動しているものが多い。

歴史[編集]

歴史的に古いものは米国で1858年設立のオルムステッド・オルムステッド&エリオットと、その後継のオルムステッドブラザーズ社があった。

1898年にジョン・チャールズ・オルムステッド (1852〜1920年)とフレデリック・ロー・オルムステッド・ジュニア (1870〜1957年)という著名なランドスケープアーキテクト フレデリック・ロー・オルムステッドの息子たちによって設立されたアメリカの有力なランドスケープコンサルタントである[1]。オルムステッド・ブラザーズ社は父親のパートナーで1897年におけるアメリカランドスケープアーキテクト協会 (ASLA)創立メンバーでアメリカ合衆国国立公園局創設において影響力のある役割を果たしたチャールズ・エリオットの死後、後継者だった2人の兄弟が、父親のフレデリック・ロー・オルムステッドから国内初のランドスケープ建築事業を引き継いだものであるが [2]、同社の買収に先立ちオルムステッド・ジュニアはハーバード大学を卒業する前に父親の下で見習いとして働いていたため、ビルトモア・エステート世界コロンビア博覧会などのプロジェクトの設計を同社ですでに手掛けていた。同社は1930年代初頭ピーク時に60人近くのスタッフを雇用。会社の著名なランドスケープアーキテクトには、ジェームズ・フレデリック・ドーソンやパーシバル・ギャラガーがが含まれる[3] [4]。1949年に引退した最後のオルムステッド親族、フレデリック・ロー・オルムステッド・ジュニア [5]以降の会社自体は1980年にブルックラインから転居し、2000年までフリーモントで継続していた。こうして1858年から2000年まで1つの継続的なコンサルタント会社が設立されていたのである [6]。会社の100年の歴史を刻印する「フェアステッド」は、マサチューセッツ州ブルックライン 99 Warren St.の造園地 7エーカー (2.833 ha)のフレデリックローオルムステッド国立史跡として保存されている [7]。この場所は大規模なランドスケープの設計とエンジニアリングの実践に関する優れた洞察を提供し、また何百にもなるプロジェクトの設計成果、工場リスト、写真のアーカイブ(予約制でのアクセスのみ)もある。オルムステッド・ブラザーズ社はこれまでに公園システム、大学、博覧会会場、図書館、病院、住宅街、州議会議事堂など、今日でも評価の高いプロジェクトを数多く完成させており、中でも注目すべきは、グレート・スモーキー山脈とアカディア国立公園、ヨセミテ渓谷、アトランタのピードモント公園、カナダ:ブリティッシュコロンビア州の高地オークベイ住宅地、クリーブランド、ポートランド、シアトル都市公園全体システム[8]とワシントン州のノーザン州立病院などがある。オルムステッド兄弟はまた、ハーランド・バーソロミューと、カリフォルニア南部の屋外公共スペースの保護を奨励する「ロサンゼルス地域のための公園、遊び場、そしてビーチ」と題されたロサンゼルス商工会議所から委託され作成した1930年の報告書を共著している。この報告は市からはほとんど無視されたが、後に都市計画の重要な参考資料となっている[9]

企業体からの造園設計の外注が多くなるのは戦後しばらくたって、日本道路公団日本住宅公団の発足からで、例えば1961年から1967年まで、東京都千代田区麹町に本拠を置いて活動した株式会社・近代造園研究所(上野泰)は、住宅団地のプレイロットの標準設計図面(造園設計標準図集)の作成が含まれていた。草加松原団地、西新井第三、豊四季台や、歴史的な団地で現在でも日本住宅公団最初期、昭和30年代の面影を残す数少ない団地の一つ公団住宅「赤羽台団地」などを手掛けた。その後上野は、多摩ニュータウン港北ニュータウン、名塩ニュータウンなどで、常に時代の先端を行く都市環境デザインを実践[8]。その守備範囲は、都市構造の提案からストリートファニチャーなどのディテールにまで至り、練馬区など景観委員会の委員でも活躍する[9]。この他に公団高根台団地の外部計画や渋谷区美竹公園の設計手法などにアメリカのランドスケープデザインから学んだであろう当時の斬新な手法を見ることができる[10]

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Beveridge. “The Olmsted Firm—An Introduction”. Olmsted.org. 2017年8月22日閲覧。
  2. ^ 1898-1980: Olmsted Brothers”. The Cultural Landscape Foundation. 2017年8月22日閲覧。
  3. ^ Percival Gallagher”. The Cultural Landscape Foundation. 2012年2月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年4月11日閲覧。
  4. ^ Percival Gallagher”. Smithsonian Institution Research Information System: Archives, Manuscripts and Photographs Catalog. 2012年4月11日閲覧。
  5. ^ Valerie Easton (2003年4月27日). “Masters Of Green”. The Seattle Times (seattletimes.com). http://seattletimes.nwsource.com/pacificnw/2003/0427/cover.html 2012年4月11日閲覧。 
  6. ^ Filler, Martin (November 5, 2015). “America's Green Giant”. New York Review of Books 62 (17): 16. http://www.nybooks.com/articles/archives/2015/nov/05/frederick-law-olmsted-americas-green-giant/ 2015年11月8日閲覧。. 
  7. ^ Zaitzevsky. “Fairsted: A Cultural Landscape Report for the Frederick Law Olmsted National Historic Site”. Google Books. 2017年8月22日閲覧。
  8. ^ 霜田, 亮祐; 篠沢, 健太 (2012-7). “地面の構法思考 : 近代造園研究所のデザイン (特集 ランドスケープ現代史 : 戦後復興の創造力)”. ランドスケープ研究 : 日本造園学会誌 : journal of the Japanese Institute of Landscape Architecture 76 (2): 115–118. ISSN 1340-8984. https://ci.nii.ac.jp/naid/40019410010. 
  9. ^ U&U 上野 泰 自選集”. www.marumo-p.co.jp. マルモ出版. 2019年9月30日閲覧。
  10. ^ 宮城俊作, 木下剛, 霜田亮祐、「初期の公団住宅におけるプレイロットの設計理論と実践」『ランドスケープ研究』 2000年 64巻 5号 p.703-708, doi:10.5632/jila.64.703, 日本造園学会

典拠[編集]

  • Landscape増刊・次世代のランドスケープアーキテクトPart1、Part2 マルモ出版
  • SD・1996年6月号 鹿島出版会
  • ランドスケープアーキテクト100の仕事 美しい国づくりRLA展記念出版編集委員会編集 東京農業大学出版会 2007年 ISBN 978-4886941152
  • ランドスケープのしごと―人と自然があやなす風景づくりの現場 ランドスケープのしごと刊行委員会編集, 日本造園学会 彰国社 2003年 ISBN 978-4395006403
  • はじめてのランドスケープデザイン 八木 健一 学芸出版社 2002年 ISBN 978-4761511777
  • 造園がわかる本 彰国社 2006年 ISBN 978-4395100330
  • ランドスケープデザイン 吉村元男 鹿島出版会
  • ランドスケープデザイン-設景の世界- 小林治人 理工図書
  • ランドスケープデザインの視座 宮城俊作 学芸出版社 2000年
  • ランドスケープ・デザイン 佐々木葉二他、昭和堂 1996年

関連項目[編集]