ノート:出川哲朗

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番組内の事件記述について[編集]

  • どれもいわゆる「エピソード」や「逸話」ですよね。百科事典として、セリフの一字一句を再現してまで書く内容とは思えないのですが…何とか要約したかったのですが、私には無理そうなので、いずれ修正依頼に出そうかと考えます。--なっしゅびる 2006年11月20日 (月) 16:14 (UTC)
しかし、それを言い出したら、有名人、著名人、歴史上の人物、芸能プロダクションなどなど・・・広大な範囲の事案が対象になりますよ??^^;「皆が持ち寄った情報を皆で共有しあう」コンセプトに皆さん賛同されてるわけで・・・--通りすがり 2007年1月4日 (月) 22:53 (UTC)
既に修正依頼は出していますが、理由は最初に示したとおりです。要約出来るものは要約した方が、記事としては読みやすくなると考えます。挙げられたコンセプトについては、どうもWikipedia:ウィキペディアは何でないか辺りを一読してもらった上でないと、話も噛み合わないような気がします。あと、Wikipedia:ウィキプロジェクト 芸能人など、ウィキプロジェクトとして、各ジャンルごとに、情報提供の仕方についてはそれぞれ検討されています。--なっしゅびる 2007年1月5日 (金) 14:40 (UTC)
  • 逐一要約するのは骨が折れる作業になりそうなので、エピソード群を一旦ノートに移動し、来歴他を加筆修正しました。個人的には大半が重要性の低い情報のように思われますが、問題がある場合は適宜移動・修正してください。--125.173.128.100 2007年1月8日 (月) 15:00 (UTC)
  • 通りすがりの者が物言うのも恐縮ですが、なぜここだけがよってたかって情報が粛清されているのかがわかりません。

例えば「桑田圭祐」などは、あれでいいのに、出川哲朗はこんな始末ということでは、正直(その項目の)人物を見て好き嫌いなどで判断しているとしか思えません。——以上の署名の無いコメントは、61.12.153.236ノート/Whois IPv4IPv6)さんが 2007年3月4日 (日) 09:25 (UTC) に投稿したものです(なっしゅびるによる付記)。

ノートではIPユーザでも、署名をお願いします。ちなみに私の場合は、気付いた所から手をつけている、というところです。今回は他記事の執筆の際、リンク先の内容をチェックした事がきっかけでしたが。
私が修正依頼に出した理由は、既に述べている通りですが……もっと言えば強調までして一番組のエピソードの、相手との会話の一字一句まで書く事に、疑問を感じた次第です。リスナーだけが知り得る内容に終始していた、というところではないでしょうか?本人を特徴づける代表的なセリフを強調するというなら、まだ分かるのですが。
それから、好き嫌いで判断していると思われた事については、修正依頼を出した側としては非常に残念です。Wikipediaは、いわゆるファンサイトとは性質が異なる場所である、という点は気にしているつもりなんですけどね。
桑田佳祐については、今回指摘されて初めて読んでみましたが……冒頭部が長いのと、評論に近い記述も多く、結果的に記事として膨大なものになっている事は気になりました。ただ要約するとなると、かなり骨の折れる作業になりそうだ、というところかも知れません。しかしながら、本人のコメントの内容はともかく、エピソードの会話の一字一句まで記述しているものではない、という印象も受けました。
それと、出来れば「あれでいい」と思われる根拠を何か示していただけると、「人物伝として何が足りないか、何が余分か」と各執筆者が修正を行う上で、一つの参考になるかと思います。--なっしゅびる 2007年3月6日 (火) 16:30 (UTC)

結婚

  • 2004年3月31日、元モデルレースクイーンうん子との婚約を発表。同年4月5日結婚した。
    • 瑠理子へのプロポーズは、テレビ朝日系『ロンドンハーツ』が全面バックアップ。田村淳らの企画・演出により5,000万円(推定)を費やしイタリアローマ市内でロケされた。出川は河畔のカフェで、ピアノで「星に願いを」を演奏した後プロポーズ。その際の言葉「あなたを心から愛ちていまちゅ。結婚ちてくだしゃい」(赤ちゃん口調)は、けだし名台詞となった。ちなみにこの時のピアノ演奏を絶賛したのが、かの早川義夫である。いわく、「最近、最も感動した音楽は、『ロンドンハーツ』というテレビ番組で、出川哲朗氏が弾いた「星に願いを」であった。場所はローマ。プロポーズをするために 練習した3分弱のピアノ演奏だが、これを超える音楽を僕は知らない。芸術は思ってもみないところにある」。
    • その後行われた記者会見では、いくつかの事実が明らかに。娘から交際の事実を聞いた瑠理子の母親は「何で出川なの? 坂口憲二じゃないの?」と絶句したという。
    • 結婚しても「抱かれたくないタレント」ナンバーワンの座だけは誰にも譲らないと宣言。アンアンの「抱かれたくない男ランキング」ではとうとう殿堂入りを果たした。

笑っていいとも!事件

  • 1998年8月20日、『笑っていいとも!』でテレフォンショッキングのゲスト出演した出川が、「高校野球見ました!? あの試合はすごかったですよね~」と裏番組の高校野球の中継(NHK及び朝日放送)の「PL学園×横浜高校・延長17回の死闘」について語っていた。しかし、これがスタッフの逆鱗に触れてしまったのか、荒井昭博プロデューサーから睨みつけられて会場全体が凍り付いて重い空気になる事態となってしまった。
  • この事件が大きく影響したのか、2000年のテレフォンショッキング出演以降、『いいとも!』の出演依頼がしばらく来なかった。結婚後の2004年9月頃、アルタの中心で愛を叫ぶ芸能人スペシャルで、カンニング竹山が相方の中島の奥さんにメッセージを送るのと、自分が奥さんの母に出川と呼び捨てをするのを止めてほしいのどちらかで票が多いほうが生電話できるという対決に勝利。出川と義母とのやりとりが放送され、出演解禁となった。また2005年5月5日ロバートからの紹介でテレフォンショッキングに出演することになった。
  • 放送の最後に会場全体で『いいとも!』の掛け声と共に右手をグーにして上げるが、『アッコにおまかせ』に出ていたこともあり、手をチョキにして上げてしまった過去がある。

ナイナイANNでの出来事~岡村との喧嘩芸

  • 数年にわたり番組内で岡村隆史と喧嘩芸を繰り広げている。
  • しかし一連のケンカは芸人特有のネタであり、現在も岡村と出川は厚い親交がある。実際2006年24時間テレビで『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』の『人間性クイズ』で鞭でひたすら叩く出川に対して岡村がマジギレするという二人のケンカ芸が披露された。以下に主な出来事を記述する。
    • 2004年4月1日ナインティナインがパーソナリティをつとめるニッポン放送系『ナインティナインのオールナイトニッポン』(木曜25:00-27:00)に出演したが、そこには矢部浩之しかおらず、相方の岡村隆史はボイコットを企んでおり、25時40分(1時40分)ごろに姿を現し、出川と喧嘩となった。その後、出川と岡村は逢うたびに喧嘩をしている。
    • 岡村はこの出川の結婚について、出川本人から『ロンドンハーツ』放映まで何の報告もなかったことが元で、出川に対する激しい不信感と怒りを募らせていた。テレビ朝日との契約上の問題があって、放映まで経緯を口外できなかったという事情があったのだが、それでも出川を先輩として信頼を寄せていた岡村は、事実関係を何ひとつ教えてくれなかったことがどうしても納得できなかった。岡村が、最初に結婚の一報を聞いたときのリアクションは「俺に何も言わんでいきなり結婚するってのは…。出川哲朗を絶対に許さへん」と、暫し絶句状態だったという。
    • その際に岡村は、「好きな芸人が一人消えた、一番好きな芸人が結婚してもうて俺だけ取り残された感じや。せやから俺はアンタの事が嫌いや!」と言い、他の番組で共演した際にも「元芸人が何しに来たんじゃい! 早よ帰れや!」などと出川を罵倒していた。
    • 更に岡村は「みんなはあんたに『おめでとう』と言うてはるみたいやけど俺は『おめでとう』なんて絶対に言わん。『さよなら』は何度でも言うてやる。さよなら出川哲朗、ありがとう出川哲朗」と絶叫していた。
    • その後、岡村が出川をカラオケに誘う際「今カラオケにおるから嫁はん連れて来いや!」と要求し、それに応じた出川が本当に瑠理子夫人を連れてきたところ、岡村は「何で嫁なんか連れて来んねや!」と掌を返した。それに対して出川は「お前が連れて来いって言ったんだろ!」と、また口論になったという。
    • 2006年2月2日放送の同番組にも「お前、ふざけんなよ」と電話を掛けてきており、岡村は「お前、絶対来るなよ」と言っていたにも関らず登場したため岡村と喧嘩をし、挙句の果てには熊田曜子と言ってしまった。そのため岡村からは「何回も言うなや」と激怒されていた。更に出川は岡村に対し、「リスナーに謝れ、俺もリスナーを代表として来ているんだ」と言ったが、岡村は断固して「リスナーには言わなあかんねんけど、何でお前に言わなあかんねんや」と言っていた。そのため岡村の怒りはますますエスカレートし、挙句の果てにはスタジオを追い出された。
    • 更に、岡村と喧嘩している割には『めちゃ2イケてるッ!』の「恋のかま騒ぎ」では「デガ子」として出演している。ほかにも同番組でこっそりナインティナインからよゐこ有野晋哉の結婚を結婚報告記者会見前に教えて貰った。だが出川がよゐこのマネージャの女性と結婚すると勝手に思いこんでしまい、結婚相手をちゃんと伝えるまでに時間がかかってしまった。
    • 2006年12月14日放送の「ナインティナインのオールナイトニッポン」にも出川は出演し、岡村には叙々苑カップ(ゴルフ)の招待状が送られたが、出川には送られてこなかったため不満だった様子であり、「俺のほうが叙々苑に良くのに何でこねえんだよ!」という文句に対し岡村は「叙々苑の社長に選ばれたねんや、あんたは選ばれてへんがな。これも実力の差やな。」と言い返していた。更にゲストで出演した布施明に対して下ネタの話をしていたのに対し、出川は触れてしまったため、ナイナイの2人に怒られていた。

晴れドキでの出演情報

  • 中部日本放送(CBC)土曜日のローカル番組『晴れドキ』ではテンションが高く、板東英二によく注意される。
  • ネタトークとしてだが青木まなアナが出川に告白して、当時既に現夫人と付き合いがあった為出川が断ったという話がある(当の青木アナは出川がゲストという立場を気遣って「出川哲朗に振られたアナウンサー」と自分で言うこともある)。
  • 2004年中日ドラゴンズのリーグ優勝の時は、ヤクルトスワローズのファンにも拘らず、スタッフの必死の頼み込みでドラゴンズのユニフォームを着て番組に出演した。その10年前には「大阪の巨人ファンのために」と背番号33番のユニフォームを着て大阪で宙に舞っていた。
  • 島田紳助の事件の時に芸能ファイルというコーナーでは、ノーコメントのますだおかだに対して「紳助さんは理不尽な事では怒る人ではない」と自信を持って弁護していた(翌日の『アッコにおまかせ!』でもほぼ同様の発言)。
  • 2005年9月24日放送で、念願の愛知万博の中継をした。当初の予定ではトヨタ記念館なども回る予定だったが、結局企業パビリオンや外国館の手前でスタッフの万博の思い出を聞くコーナーとなってしまった。また、Tシャツや帽子・バッグなども愛知万博グッズに揃えていた。イタリア館で若狭敬一アナに「出川さん、イタリアにはどんな思い入れがあるのですか?」という問いに、「僕は前の奥様にプロポーズした場所です」と答え、速攻に「前の?」と突っ込まれ慌てて訂正していた。余談だが、空いているキューバ館の入場をしきりに視聴者に薦めていた。
  • 2005年9月24日午後の芸能ファイルは万博会場のCBCスタジオで芸能情報でのコメントをする為待機。安達祐実井戸田潤の結婚の話題の時には、安達親子とはカレーのCM以前からの面識があり、母親の安達有里と兄とも仲が良い事も明かした(この事は『クイズ!ヘキサゴン』で安達と共演した時にも話題となった)。さらに2006年4月22日にも安達有里と面識がある事を語り、写真集を見て「違った意味で興奮している」と語った。
  • 以前出演していた佐藤めぐみが久しぶりにゲストに来た時には異様な仲良しぶりをアピールし、話もよく振っていた。
  • 2006年1月28日放送の『晴れドキ』の芸能コーナーで、岡村隆史と熊田曜子のデート報道に「ふざけんなよー」と怒っていた。その後、2月2日に放送された『ナインティナインのオールナイトニッポン』上記の件でナインティナインの岡村隆史に対し怒りを表していた出川は生放送中にニッポン放送へ乱入し、パーソナリティである岡村に「お前、リスナーに対して謝罪しろ!」と言ったが、岡村は反論して「リスナーには謝らなあかんけど何でお前に謝らなあかんのや」と言われ、岡村を激怒させてしまった為スタジオを追い出された。
  • 2006年2月11日放送の芸能コーナーで、未成年者の飲酒・喫煙を容認するとも捉えられる発言をし、コーナー終了後に謝罪した。

(インデント戻し)ひとまずお手数おかけしました。「ナイナイANN~」辺りは特に気になっていたのですが、要約としては妥当なものになっている、と考えます。ただ、記事本文の履歴として前の版に残るはずの内容をこちらへ移動した事は、容量増加に驚いたと共に、ノートの使い方としても少し疑問を感じましたが…「大胆な編集」という点を考慮すると、これも一つの手段かな?とも思う次第です。記事本文の記述が或る程度まとまった時点で、こちらから上記内容を削除、で良いと考えます。--なっしゅびる 2007年1月9日 (火) 14:14 (UTC)

このウィキペディアは共同制作のサイトです。ごく少数の人の主観で勝手に構築しないでください。 よって、晴れドキの情報はメインに移動します。今後、続くようであれば保護申請かけます。トッチー

署名は「~」4つで時刻付きにした方が宜しいかと…。お言葉ですが、「晴れドキ」に関してはいわゆるローカル番組ではないでしょうか。私は「詳細に書くにしても、検証可能性等を含め、微妙なラインではないか」という点から、即断は出来ないと思う次第です。もちろん知っている事を加筆するなとは言いませんが、冒頭に書いた理由(エピソードなどを詳細に書く事に対する疑問など)から、修正依頼も出しています。それに、番組内での重要な記述であれば、同番組内の記事として書けるかも知れませんよね。
あと、記載をそっくり戻す事については、トッチーさんがおっしゃっている「ごく少数の人の主観で勝手に構築」していないかどうか、お気をつけた方が宜しいかと思います。そもそも、一度は差し戻されていますよね。編集合戦を理由に保護される可能性だって有り得るのではないでしょうか。--なっしゅびる 2007年4月29日 (日) 01:54 (UTC)
ローカル番組だからこそ、載せる必要があります。地域によって情報の不平等を無くす為に事典があるのです。また、僕の意見が「ごく少数の人の主観で勝手に構築」とおっしゃりますが、大きな間違いを犯していませんか?冗長的な記述を減らすのはかまわないと思いますが、他の記事と重複はしていないと思います。最後に余談ですが、「署名は「~」4つで時刻付きにした方が宜しいかと…。」っってまるで、ルールを知らない人は書き込むなというように捉えました。トッチー 2007年5月3日 (木) 11:32 (UTC)
記載を戻す理由については、「私は」納得しました。が、冗長な記述(いちいち一言一言入れるとか)は避けた方が良いのでは?という点は、引き続き挙げておきます。
あと「余談」部分に対してですが…Wikipedia:ノートのページでは投稿に署名をするで示されている内容を、簡単に示した次第です。ここからは私見ですが、「誰が、いつ、何を発言した」がはっきりしないと、ノート上で会話を行う上で、余計な行き違いを起こすんじゃないかな、と思う次第です。ただこれ以上は記事とは直接関係無い話になるので、この辺で。--なっしゅびる 2007年5月3日 (木) 12:48 (UTC)

大規模な編集に関して[編集]

  • 2007年12月4日04:34編集にて、かなりの規模の編集がなされています。冗長的であったり、Wikipediaとして(それ以前に、常識として)相応しくない言葉の使用や表現方法は見直し・削除なりで構わないと思うのですが、他の芸能人のような「本名」までもが削除されていたり、「踊る!さんま御殿!!」で祖母と共に出演した際のエピソードの記事に至っては、「ある番組に出演した際」というようになっています。本名の公表を出川氏が拒否或いは非公開としている・出演したテレビ番組名の公表を拒否しているのならともかく(他にもそう思える点がありますが)、ちょっと編集・削除の範囲や内容が必要以上に多いのでは? と思います。やたらとエピソードを漫然と書くのは、無意味・Wikipedia本来の目的から逸脱すると思います。が、自分の正直な感想は「え、そこまで編集・校正・削除をしたり、匿名性を高める必要があるの?」です。以前に書かれ削除された事項のうち、再び掲載してもよい点があろうかと思うのですが。皆さんはいかがお考えでしょう。--快速フリージア 2007年12月22日 (土) 17:07 (UTC)
    • 顛末や憶測、個人の評論や特筆性の無いものは問答無用で削除すべきでしょう。こう言うのは百科事典に要りません。--目蒲東急之介 2010年5月17日 (月) 11:50 (UTC)
  • 他の人が発言したことなどが雑多であるので、ある程度、集約していく方向で検討したいと思います。詳細な部分は削除する方向で。異論のある方はご意見をよろしくお願いします。--Jou shishido 2010年5月26日 (水) 07:11 (UTC)