アーロン・スライト

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1993年鈴鹿8時間耐久レース

アーロン・スライト ( Aaron Tony Slight, 1966年1月19日 - ) は、ニュージーランド・マスタートン出身の元オートバイレーサー。主にスーパーバイク世界選手権で活躍した。近年は4輪のレーシングドライバーとしても活動しており、ニュージーランドの自動車番組 " AA Torque " にも出演している。日本では鈴鹿8耐で3連覇を果たした唯一のライダーとしてその名を知られる。

経歴[編集]

1991年にオーストラリアのスーパーバイク選手権でチャンピオンとなった後は、スーパーバイク世界選手権にフル参戦を開始し、通算13勝、87回の表彰台、8回のポールポジションを記録した。また、鈴鹿8時間耐久ロードレースでは1993年から1995年まで3年連続で優勝を果たした。2009年現在この連勝記録は破られていない。

スーパーバイク世界選手権では1992年に、チーム・カワサキ・オーストラリアでZXR750を駆って初優勝を果たした。1994年にはカストロール・ホンダチームに移籍し、未勝利ながらシリーズ3位の成績を残した。翌1995年にはアルバセテでホンダでの初勝利を遂げた。1996年にはトロイ・コーサーに次ぐシリーズ2位、1997年はチームメイトのジョン・コシンスキーがチャンピオンを獲得し、スライトはシリーズ3位となった。

1998年には、わずか5.5ポイント差でカール・フォガティにチャンピオンを奪われることになった。モンツァでファイナルラップでのエンジン故障、フィリップアイランドで同じくファイナルラップに周回遅れと絡んでのクラッシュ等の不運が重なった結果だった。しかしミサノでは自身初となるレース1・レース2連勝を果たした。

1999年シーズンは勝利を挙げることはできなかった。ホッケンハイムではファイナルラップにフォガティをパスし、トップでフィニッシュラインを越えたが、コースの別の場所で発生した事故が原因で赤旗が掲示され、レース結果は1周前の状態が採用されることとなってしまった。皮肉にもフォガティはすでにこの年のチャンピオンを確定させており、勝利する必要はない状況だった。

スライトは2000年の2月に、脳動静脈奇形が原因となる脳出血を起こした[1]。緊急手術を受け一命を取り留めたが、シーズンの序盤を欠場することになった。シリーズランキングは8位に終わり、このシーズン限りでスライトは世界選手権を去ることになった。

2001年はAMAスーパーバイクに開幕戦のデイトナのみに出場。その後は4輪レースに転向し、イギリスツーリングカー選手権、イギリス国内のストックカー選手権のASCAR[2]、イギリスGT選手権(en:British GT Championship)などに出場した。

主な戦績[編集]

スーパーバイク世界選手権[編集]

シーズン バイク 出走 優勝 表彰台 PP FL ポイント シリーズ順位
1988 2 0 0 0 0 0 -
1989 カワサキ 6 0 1 0 1 54 14位
1990 カワサキ 4 0 1 0 0 15 34位
1991 カワサキ 6 0 2 0 2 65 13位
1992 カワサキ 22 1 6 0 4 249 6位
1993 カワサキ 26 1 10 2 2 316 3位
1994 ホンダ 22 0 10 0 0 277 3位
1995 ホンダ 24 2 11 2 2 323 3位
1996 ホンダ 24 1 13 0 4 347 2位
1997 ホンダ 24 1 13 1 1 343 3位
1998 ホンダ 23 5 10 2 8 347 2位
1999 ホンダ 26 0 12 1 2 323 4位
2000 ホンダ 20 0 0 0 0 153 8位
合計 229 13 87 8 26 2812

鈴鹿8時間耐久ロードレース[編集]

シーズン バイク チーム パートナー 総合順位
1991 カワサキ・ZXR-7 チーム・ムービング・カワサキ オーストラリアの旗マイケル・ドーソン 6位
1992 カワサキ・ZXR750R チーム・ムービング・カワサキ オーストラリアの旗ロブ・フィリス 6位
1993 カワサキ・ZXR-7 伊藤ハム・レーシング・カワサキ アメリカ合衆国の旗スコット・ラッセル 1位
1994 ホンダ・RVF/RC45 チーム・HRC アメリカ合衆国の旗ダグ・ポーレン 1位
1995 ホンダ・RVF/RC45 チーム・HRC 日本の旗岡田忠之 1位
1996 ホンダ・RVF/RC45 カストロール・ホンダ 日本の旗岡田忠之 リタイア
1997 ホンダ・RVF/RC45 カストロール・ホンダ 日本の旗岡田忠之 6位
1999 ホンダ・RVF/RC45 カストロール・ホンダ アメリカ合衆国の旗コーリン・エドワーズ 2位

脚注[編集]

外部リンク[編集]

先代:
1992年
オーストラリアの旗ワイン・ガードナー
オーストラリアの旗ダリル・ビーティー
鈴鹿8耐総合優勝
1993年
ニュージーランドの旗アーロン・スライト
アメリカ合衆国の旗スコット・ラッセル
1994年
ニュージーランドの旗アーロン・スライト
アメリカ合衆国の旗ダグ・ポーレン
1995年
ニュージーランドの旗アーロン・スライト
日本の旗岡田忠之
次代:
1996年
アメリカ合衆国の旗コーリン・エドワーズ
日本の旗芳賀紀行