中上貴晶

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中上 貴晶
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1992-02-09) 1992年2月9日(26歳)
出身地 千葉県千葉市
ロードレース世界選手権での記録
- MotoGPクラスに参戦 -
現在のチーム LCR HONDA IDEMITSU
ゼッケン 30
チャンピオン 0
レース数 157(MotoGP 18)
優勝回数 2
表彰台回数 14
PP回数 5
FL回数 1
通算獲得ポイント 734(MotoGP 33)
2018年の成績 20位 (33ポイント)

中上 貴晶(なかがみ たかあき、1992年2月9日 - )は、日本モーターサイクルロードレースライダーである。

プロフィール[編集]

  • 出身地:千葉県千葉市
  • 現在クラス:ロードレース世界選手権 MotoGPクラスライダー

来歴[編集]

4歳よりポケバイに乗り始め、1998年(6歳)でポケバイレースデビューし優勝を記録する。富沢祥也とはこの時からのライバルであり、親友であった。2001年(9歳)からミニバイクレースに出場。ミニバイク全国大会で優勝し、最年少出場・優勝を記録する。その後もミニバイクレースで優勝を続け、全国大会では3年連続優勝を果たす。

2004年よりロードレースに参戦し、2005年は全日本ロードレース選手権GP125クラスにスポット参戦し、シリーズ13位となり、MFJルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞する。

そして、2006年は全日本ロードレース選手権GP125クラスにフル参戦し、6戦6勝の完全優勝を史上最年少で記録した。またMotoGPを運営するDORNAが開く「MotoGPアカデミー」に参加、その一環としてスペイン選手権への海外遠征も行った。2008年より2年間ロードレース世界選手権125ccクラスに参戦した。

2010年は125ccでのシートを見つける事ができず、日本に戻ることとなり、全日本ロードレース選手権ST600クラスに参戦。

2011年は全日本ロードレース選手権、J-GP2クラスに参戦。後述の負傷の影響で欠場したレースもあったが、参戦した全てのレースでポールトゥウィンを飾る圧倒的な強さで、シリーズチャンピオンを獲得。この年はロードレース世界選手権日本GPにおいて、Moto2クラスに参戦していたクラウディオ・コルティの代役として、イタルトランス・レーシングチームから3年ぶりにスポット参戦を果たした。WUP中に転倒し、負傷のため決勝は欠場となったが、この一戦でのパフォーマンスが評価され、同チームからの2012年のMoto2クラス参戦が決定した。日本人ライダーが一度世界選手権におけるシートを喪失した後に再びフル参戦するのは、史上初のことである。

前述通り、2012年はイタルトランス・レーシングチームからMoto2クラスに参戦。チームメイトはコルティが務めた。中上は世界戦でのブランクを感じさせない走りを見せ、第2戦スペインGPでは予選で2番手、決勝でも5位に入ると、第9戦イタリアGPでは初めてトップを走行するなど、実力を発揮した。しかしシーズンを通してみると浮き沈みが激しい内容が続き、シリーズランキングは15位(ルーキーライダーとしては2番手)に留まった。

2013年も同チームからMoto2クラスに継続参戦。チームメイトはコルティに代わり、フリアン・シモンが務めることとなった。シーズンオフから好調ぶりを見せ、期待された開幕戦カタールGPでは、序盤からトップを快走。中盤に入りポジションを落とすものの、3位に入り、自身初の表彰台を獲得した。第9戦インディアナポリスGPからは4戦連続で2位表彰台を獲得。優勝こそ挙げられなかったものの、3度のポールポジション・5度の表彰台を獲得するなどシリーズランキング8位と躍進。

2014年はイタルトランス残留が決定していたものの、ホンダ・チーム・アジアへの移籍がシーズン終了後に決定した。マシンは中上の希望を取り入れる形でカレックスを使用している。開幕戦カタールGPではいきなりエステベ・ラバトとの優勝争いを演じ、最終的に2位でチェッカーを受けるなど移籍初戦から幸先の良いスタートを切ったかに見えたが、レース終了後にマシンの技術違反が発覚し、失格とされた[1]。一転、以後のレースでは優勝争いはおろかトップ10にすら届かない大不振に陥り、この年の最高位は第13戦サンマリノGPの10位。前年の149ポイントに対しこの年は僅か34ポイントしか獲得できず、シリーズランキングは22位に沈んだ。

2015年も同チームからMoto2クラスに継続参戦。第13戦サンマリノGPでは2年ぶりの表彰台となる3位に入り、チームにも初の表彰台をもたらすなど、前年の成績不振からの脱却に成功。シリーズランキングでも再び8位まで挽回した。

2016年も同チームからMoto2クラスに継続参戦。開幕戦カタールGPでは3番手を走行するもジャンプスタート裁定により脱落、第3戦アメリカズGPでは表彰台を争いながら接触される形で転倒、第6戦イタリアGPでもやはり3番手を走行しながらレッドフラッグによりレースが中断、再開の際にこの年のレギュレーションであったクイックリスタートの規則に抵触してしまいグリッド最後尾まで後退するなど、上位に進出しながら噛み合わない内容が続くが、第7戦カタルニアGPで待望の3位表彰台を獲得。勢いを取り戻して迎えた第8戦オランダGPでは、レース序盤から積極的なオーバーテイクを見せ、9周目にトップへ浮上。じりじり後続を引き離し逃げに入っていたが、レース中盤から雨が降り始めるとヨハン・ザルコとの争いとなり、雨下でペースの勝るザルコの追撃を受ける。残り2周でその差は約1.5秒となったが、その周に雨が強まり、レッドフラッグ。ここでレース終了となり、中上がMoto2クラス初優勝を決めた。日本人選手によるグランプリ優勝は同Moto2の高橋裕紀以来6年ぶりの快挙。その後も後半戦に獲得した2度の表彰台を含め計4度の表彰台に上がるなど有力ライダーへの返り咲きを果たす1年となり、シリーズランキングは自己最高の6位に進出した。

2017年シーズン第12戦 イギリスGP(8月27日)Moto2クラスの決勝が行われた。中上は4番グリッドからスタートし順位が著しくなるなか3位の中上は序盤1番手2番手争いをしていたアレックス・マルケスフランコ・モルビデリに2秒以上の差をつけられたものの中上がペースを上げ0.7秒まで差を縮めた。さらにアレックス・マルケスの転倒が起こり一気に差を詰めそのマルケスが転倒した周にモルビデリを抜き1番手浮上した。レース終盤にはその日ポールポジションのパッシーニが追い上げてくるも逃げ切り中上キャリア2勝目を挙げた。中上はMotoGPクラス昇格を発表してから初めてのレースで優勝をした。さらにシルバーストーンサーキットでの日本人の優勝は3クラス通して初めての快挙である。

2018年中上はHRC契約ライダーとしてLCR HONDA IDEMITSU からMotoGPクラスに参戦する。バイクはRC213Vを駆ける。日本人の最高峰クラスフル参戦は2014年の青山博一以来。最高峰クラス初挑戦にあたり、中上は同年に昇格を果たすこととなったモルビデリらを始めとする参戦初年度の選手同士と競うルーキー・オブ・ザ・イヤーの獲得を一つの目標とすることを語った[2]が、予選では新人最多となる4度のQ2進出を果たした一方、決勝になるとスタート直後からレース序盤にかけてのパフォーマンス不足によって順位を落としていく展開がシーズンを通して続き、決勝での内容に課題を残すシーズンとなった。新人勢では3番手の総合20位で終え、ルーキー・オブ・ザ・イヤー獲得とは至らなかったが、雨のレースとなった最終戦バレンシアGPでは天候に翻弄され転倒する選手が続出する中、終始安定した走りを見せ初のトップ10入り、インディペンデントチーム最上位フィニッシュとなる6位入賞。新人選手全体で見てもこの年の最高リザルトを獲得し、一矢報いる結果を残した[3]

2019年も最高峰クラス唯一の日本人選手として、チーム・LCRからの継続参戦が決定している[4]

レース戦績[編集]

1997年
  • ポケバイレースデビュー
1998年
1999年
  • 全日本ポケットバイク選手権 優勝
2000年
  • 全日本ポケットバイク選手権 2クラス優勝
  • ライフカップシリーズ 2クラスチャンピオン
2001年
  • ミニバイクレースデビュー
  • ミニバイク全国大会 優勝
2002年
  • 秋ヶ瀬モトチャンプ杯シリーズチャンピオン
  • 桶川関東ロード選手権シリーズチャンピオン
  • 榛名選手権シリーズチャンピオン
2003年
  • ミニバイク全国大会 優勝
2004年
  • 筑波選手権GP125クラス ランキング2位
  • 筑波・もてぎ・菅生選手権シリーズ 8戦8勝
  • MFJ全日本ロードレース選手権GP-monoクラス 3戦3勝
2005年
  • 東日本チャレンジカップ選手権シリーズチャンピオン
  • 全日本ロードレース選手権GP125ccクラス(ホンダRS125R/CLUB HARC-PRO.)シリーズ13位
  • MFJルーキーオフザイヤー受賞
2006年
  • 全日本ロードレース選手権GP125ccクラス(ホンダRS125R/team HARC-PRO.シリーズチャンピオン(6勝)
  • ロードレーススペイン選手権GP125ccクラス(ホンダRS125R/MotoGPアカデミー)ランキング12位
2007年
  • ロードレーススペイン選手権GP125ccクラス(ホンダRS125R/MotoGPアカデミー)ランキング6位
  • ロードレース世界選手権GP125ccクラス最終戦バレンシアにスポット参戦(ホンダ-RS125R/MotoGPアカデミー)転倒リタイア
2008年
  • ロードレース世界選手権GP125ccクラス(アプリリアRS125/I・Cチーム)ランキング24位
2009年
  • ロードレース世界選手権GP125ccクラス(アプリリアRS125/ONGETA・TEAM・ISPA)ランキング16位
2010年
  • 全日本ロードレース選手権ST600クラス(ホンダCBR600RR/MuSASHi RT HARC-PRO.)ランキング8位
2011年
  • 全日本ロードレース選手権J-GP2クラス(ホンダCBR600RR/MuSASHi RT HARC-PRO.シリーズチャンピオン(5勝)
  • ロードレース世界選手権Moto2クラス第15戦に参戦しリタイア イタルトランス・レーシングチーム スッター・MMXI
2012年
  • ロードレース世界選手権Moto2クラス(カレックスMoto2/イタルトランス・レーシング)ランキング15位
2013年
  • ロードレース世界選手権Moto2クラス(カレックスMoto2/イタルトランス・レーシング)ランキング8位
2014年
  • ロードレース世界選手権Moto2クラス(カレックスMoto2/IDEMITSU Honda Team Asia)ランキング22位
2015年
  • ロードレース世界選手権Moto2クラス(カレックスMoto2/IDEMITSU Honda Team Asia)ランキング8位
2016年
  • ロードレース世界選手権Moto2クラス(カレックスMoto2/IDEMITSU Honda Team Asia)ランキング6位
2017年
  • ロードレース世界選手権Moto2クラス(カレックスMoto2/IDEMITSU Honda Team Asia)ランキング7位
2018年
  • ロードレース世界選手権MotoGPクラス(ホンダRC213V/LCR Honda IDEMITSU)ランキング20位


鈴鹿8時間耐久ロードレース[編集]

開催年 バイク チーム パートナー 総合順位
2010年 ホンダ・CBR1000RR MuSASHi RT HARC-PRO. 清成龍一/高橋巧 1位
2017年 ホンダ・CBR1000RR MuSASHi RT HARC-PRO. ジャック・ミラー/高橋巧 4位
2018年 ホンダ・CBR1000RR Red Bull Honda with 日本郵便 パトリック・ジェイコブセン/高橋巧 2位

ロードレース世界選手権[編集]

シーズン クラス バイク チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 順位 ポイント
2007年 125cc ホンダ レッドブル MotoGP アカデミー QAT SPA TUR CHN FRA ITA CAT GBR NED GER CZE SMR POR JPN AUS MAL VAL
Ret
- 0
2008年 125cc アプリリア I.C. チーム QAT
19
SPA
15
POR
19
CHN
Ret
FRA
16
ITA
16
CAT
22
GBR
8
NED
Ret
GER
18
CZE
Ret
SMR
19
IND
Ret
JPN
13
AUS
Ret
MAL
Ret
VAL
16
24位 12
2009年 125cc アプリリア オンガッタ チーム I.S.P.A. QAT
20
JPN
20
SPA
16
FRA
5
ITA
15
CAT
15
NED
17
GER
Ret
GBR
5
CZE
19
IND
9
RSM
20
POR
11
AUS
18
MAL
11
VAL
14
16位 43
2012年 Moto2 カレックス イタルトランス レーシング チーム QAT
14
ESP
5
POR
18
FRA
Ret
CAT
6
GBR
19
NED
12
GER
19
ITA
7
IND
16
CZE
17
RSM
11
ARA
29
JPN
7
MAL
Ret
AUS
9
VAL
Ret
15位 57
2013年 Moto2 カレックス イタルトランス レーシング チーム QAT
3
AME
Ret
ESP
4
FRA
Ret
ITA
Ret
CAT
5
NED
DNS
GER
10
IND
2
CZE
2
GBR
2
RSM
2
ARA
11
MAL
8
AUS
22
JPN
9
VAL
13
8位 149
2014年 Moto2 カレックス イデミツ ホンダ チーム アジア QAT
DSQ
AME
11
ARG
15
SPA
Ret
FRA
16
ITA
16
CAT
13
NED
14
GER
21
IND
11
CZE
19
GBR
15
RSM
10
ARA
15
JPN
13
AUS
11
MAL
Ret
VAL
14
22位 34
2015年 Moto2 カレックス イデミツ ホンダ チーム アジア QAT
14
AME
10
ARG
20
SPA
17
FRA
7
ITA
13
CAT
20
NED
13
GER
7
IND
9
CZE
12
GBR
14
RSM
3
ARA
8
JPN
22
AUS
4
MAL
4
VAL
11
8位 100
2016年 Moto2 カレックス イデミツ ホンダ チーム アジア QAT
14
ARG
9
AME
15
SPA
7
FRA
5
ITA
9
CAT
3
NED
1
GER
11
AUT
7
CZE
Ret
GBR
3
RSM
3
ARA
5
JPN
4
AUS
5
MAL
21
VAL
6
6位 169
2017年 Moto2 カレックス イデミツ ホンダ チーム アジア QAT
3
ARG
Ret
AME
3
SPA
21
FRA
7
ITA
Ret
CAT
10
NED
3
GER
10
CZE
24
AUT
6
GBR
1
RSM
10
ARA
8
JPN
6
AUS
Ret
MAL
Ret
VAL
7
7位 137
2018年 MotoGP ホンダ LCR ホンダ イデミツ QAT
17
ARG
13
AME
14
SPA
12
FRA
15
ITA
18
CAT
Ret
NED
19
GER
Ret
CZE
17
AUT
15
GBR
C
RSM
13
ARA
12
THA
22
JPN
15
AUS
14
MAL
14
VAL
6
20位 33

その他[編集]

  • 2度目のGP参戦以降は、イタリアにあるイタルトランスの専務(イタルトランスの本業は運送会社)の自宅に居候している。その邸宅はかなりの豪邸で、番組の企画で訪れた坂田和人福田充徳が驚愕していた。チーム移籍でイタルトランスを離れた2014年も引き続き居候しているという。

脚注[編集]

外部リンク[編集]