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茨城弁

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茨城弁(いばらきべん)とは、茨城県内および福島県東南部で話されている日本語の方言の総称。東関東方言に分類される。茨城県は常陸国下総国北部で構成されており、古くより統一的な方言として扱われていたわけではなく、現在の茨城県が構成されて以降の分類である。ただし本稿では茨城県構成以前の方言も便宜上、茨城弁または茨城方言と総称する。


区画

県の所属

茨城県の方言は、大きくみて東北方言に含むとする説と、関東方言に含むとする説がある。前者は都竹通年雄金田一春彦などであり、後者は東條操平山輝男などである。

  • 都竹通年雄の「季刊国語3の1:昭和24年」によれば、本土方言の本州東部方言の南奥羽方言に分類され、岩手県南部・宮城県山形県東部・福島県栃木県と同じ区分に含まれる。
  • 1955年(昭和30年)の金田一春彦の(第1次)「世界言語解説(下)」では、東日本方言の北部方言の南奥方言に分類され、ここでの南奥方言の該当地域は、都竹通年雄とほぼ同じである。
  • 1953年(昭和28年)の東條操の「日本方言学」によれば、茨城県の方言は栃木県大部分とともに、関東方言の東関東方言に含まれる。

県内の区画

  • 『綜合郷土研究』(昭和15年:茨城県)では、茨城弁を以下の三つの区分に分けた。
  1. 北部地域:多賀郡久慈郡那珂郡東茨城郡鹿島郡の一部(福島県いわき市周辺もここに含む場合がある)
  2. 西南部区域:猿島郡を中心とする下総国の大部分(即ち結城郡と北相馬の西部を主とし、これに真壁郡の西部を合わせた地域)
  3. 南部区域:新治・稲敷の西部を中心とし、行方・筑波・西茨城・真壁の諸郡の地域
  • 『茨城の民俗』(昭和42年:読売新聞社)では、県内の方言を以下の六つに分けている。
  1. 県北方言地区
  2. 浜言葉地区
  3. 県中央地区
  4. 霞ヶ浦・北浦周辺地区
  5. 県南西方言
  6. 利根川流域(下総方言)
  • 西部(筑西市結城市桜川市古河市周辺)ではその他の地域と語彙・文法・発音などがかなり異なり、西部の住民の言葉は県内の他の地域では通じにくいが、栃木県や福島県中通り、会津地方などでは茨城県西部の言葉で会話が可能である。

語法

茨城弁は、関東地方のはずれにある一方言である。そのため、基本的な語彙は、関東地方に古くから伝わる方言に属しながら、特に東北地方との関係が深く、東北弁の南端をなす方言である。実際、東北の一部である福島県いわき市周辺では、茨城弁に属する方言が話されている。

東北方言との関係

東北方言と茨城弁では、同じ言葉や類似語が数多く存在する。発音やアクセントに関しては西関東方言よりも東北方言に近く、福島県や宮城県とほぼ同じ発音・アクセントであるが、岩手県・青森県となると、茨城弁話者でもかなり注意深く聞かないと聞き取れない。ただし、以下の東北方言との相違がある。

  • 短音化:短音化の傾向は茨城にもあるが、東北では著しい。
  • 上方の影響のある助動詞・助詞表現:東北方言のうち特に上方の影響のある青森・秋田・山形では、茨城にはあまりない上方の助動詞・助詞表現がある。
  • サ行音がハ行音に変化する:サ行音がハ行音に変化する。特に「せ」は「へ」に変化する。これも上方方言に近い。
  • イ段音・ウ段音の中舌化:イ段音・ウ段音が中舌化する傾向がある。茨城でもその傾向があるが、特に東北方言の大部分では「し」と「す」、「じ」と「ず」、「ち」と「つ」の区別がなくなる(北奥羽ではイ段に、南奥羽ではウ段に統合するとされる)。これらは日本語の口蓋化した言葉が、口蓋化しない音に収束しているものであり必然性の高いものとも言える。これは発音する側だけではなく聞く側にとっても同様である。「き」が「ち」に変化するのも同様の原理と言われ、東北方言と琉球方言にも見られ、茨城の一部の方言にもある現象である。具体的には、東北方言の「し」は英語発音の「si」すなわち「すぃ」、「じ」は「zi」、「ち」は「ti」に近いため、標準語発音の仮名で表現する場合は、どうしても異なった文字で表さないと表現できないことに由来する。厳密には、日本語の仮名では表現できないものなのであるが、これは、特に東北方言に著しい傾向がある。「き」が「ち」聞こえるのも同様の理由とされる。ちなみに茨城のタクシー運転手の「六十キロ」は標準語話者には「ろぐじっちろ」に聞こえると言われる。
  • ラ行音を嫌う:動詞の活用部のラ行音は、茨城でも嫌われ、九州等にも同じ傾向があるが、東北でもその傾向があり、特に青森では著しい。
  • 「~めかす、~めく・~める」:動詞表現のうち「~めかす、~めく・~める」の表現が著しい。また、「~ふ・~う」が「~る」となることが多い。これは、現代の標準語が形成される過程を残しているとも言えよう。
  • 東北方言に影響した茨城弁:東北方言は、方言学者の分類では、大きく青森県・岩手県大半・秋田県・山形県沿岸部・新潟県下越(北奥羽方言)と岩手県南部・宮城県・山形県内陸部・福島県(南奥羽方言)の方言に分かれ、茨城弁を含む東関東方言は南奥羽方言と連続した特徴を持っている。
  • イとエの区別:加藤正信の『方言の音声とアクセント』では「イとエを区別せずにエに統合」した地域として茨城を含め、青森東部・岩手・宮城・山形の北西部を除いた地域・福島・千葉北部・栃木の南西部を除いた地域・埼玉の北東部の一部地域が定義されている。関東圏でこれに属する地域は東関東方言の地域とぴたりと一致する。一方、茨城方言のバイブルとも言える『茨城方言民俗語辞典』では「え」項を放棄して編纂している。ただ、イとエの区別がないのは母音単独の場合であり、子音と結合した場合(「き」と「け」、「に」と「ね」など)は、昭和40年前後頃まではあまり区別されなかったが、近年では比較的はっきり区別されるようになっている。

関東方言との関係

関東方言の中には、西日本方言と一致または類似することがある。また、全国広域にある方言のことがある。それらの多くは近世語や古語に由来することが多い。

勧誘・推測を示す助動詞「べ」「べー」は、今では東日本方言の代表語で、東北地方まで広く使われる。都心地域では消えてしまったが、周辺地域では今でも健在である。これは「べし」から生まれた言葉で「べい」は源氏物語にもある表現であるが、その後関西では消えてしまったことになる。また関東方言と東北東部方言には著しい一致が見られ、表現の多少の差はあっても同源であることを感じさせる言葉が多い。

関東方言は、一般に

  1. 東関東方言
  2. 西関東方言(千葉・埼玉・群馬・神奈川・多摩)
  3. 東京方言(江戸言葉・山の手言葉)
  4. 首都圏方言

に分けられる。茨城や栃木が福島弁との関係が深いように、群馬や東京・神奈川の西部には隣接する県の影響が見られる。ちなみに山梨の郡内弁(山梨県郡内地方)は西関東方言に分類される。このうち、千葉は東総弁と房州弁に、神奈川は横浜弁・湘南弁・秦野弁に分けられる(以上ウィキペディア内他項参照)。

一方、『東京方言集』(斎藤秀一編)を見ると解かるように、東京にはかつて江戸時代に花開いた特殊な文化語もしくは民俗語が数多くあった。それは浪花言葉とも共通する現象である。

それに対して明治以降横浜で花開いたいわゆる「横浜ことば」は英語を中心にした外国語と当時の横浜弁が混じったものである。船乗りを指す「マドロス」、酔っ払いの「どろんけん」、ちゃぶ台ペケ等は横浜言葉に発すると言われる。これらは今では標準語化している。

一方茨城弁はいわゆる江戸の下町言葉である「べらんめえ言葉」をよく残している。関東圏の方言は概ねその影響を受けているが、茨城では著しい傾向がある。江戸期の滑稽本である『浮世風呂』を見ると、現代(昭和)の茨城弁と同じではないかと思ってさえしまう。ただし、滑稽本は前後関係を良く見ないと田舎者が語った言葉かどうかも判断しなければならないが、関東方言の一部であることは間違いない。

古くから特別視されてきた八丈方言に関して橘正一は『方言学概論』の巻末で、特定の方言書に記載された八丈方言と他の方言との共通語の数を地域別にまとめた報告がある。これにより、八丈方言は、岩手を中心とした東北各県との関係が最も深く、次いで静岡、関東では唯一茨城との関係が最も深いことが解かった。茨城は県別で全国4位であった。また八丈方言と関東の海岸部との共通性は多いのだが他の都県との関係は薄いことも解かった。また遠く離れた九州方言との意外な共通性が見られた。八丈方言は東北方言に最も近い一方で、東北の南端の宮城・福島より茨城の方が近いと言うことになる。橘正一は、この理由として古語が残っているか否かによると推論している。言い換えれば茨城には統計的に古語が良く残っていることが証明されたことになる。

以上から、茨城方言すなわち東関東方言は、東北方言に近いだけでなく、関東圏では最も古い言葉を残していると言えよう。

茨城弁の特徴は、東関東方言と一致する。東関東方言は、茨城県の大半と、栃木県の南西部を除く地域、千葉県の北部の一部で話されている日本語の方言群である。

関東各県の方言は、時代の経過とともに、東京・神奈川の都市部の方言は、著しい速さで変化したと見られる。それが現代の方言分類にも現れている。一方、各地の方言のうち、動植物や生活文化・風習に関る語彙は種々雑多で使用範囲が限られる。また、関東各県には各々独特の語彙が存在する。さらに関東以外の周辺域の影響を受けた言葉がある。それらを除いた各地の古い方言は、実は関東圏にほとんど共通に見られるものである。東京西部の青梅市・多摩地域などの方言や神奈川西部の方言は茨城弁に驚くほど良く似ているのである。方言の比較は時間軸が作用して今ではなかなか難しく、現代ではことさらに茨城弁が特別に扱われている傾向があるが、茨城方言は関東では決して特別な方言ではないことが解かる。一方、動植物方言の中に意外な共有性があることもある。これは、方言の発生の図式にも関ることであり、現代の若者言葉の発生と同じであり時代が生んだ言葉が残ったか否かに関るとも思える。こうして見た時、それでは茨城弁とは何かという事になる。

茨城弁すなわち東関東方言のうち他の関東圏の方言には無い特徴は、

  1. 無アクセント(崩壊型アクセント)
  2. 語頭のイとエの混同(わずかながら関東各県にもその傾向がある)
  3. いわゆるズーズー弁(鼻に抜ける言葉)
  4. カ行・タ行音の濁音化(県西部及び栃木県では清音の傾向がある)

等が上げられる。これこそが茨城弁の特徴とも言え、またこれは東北方言の特徴と一致する。言い換えれば、関東方言に東北方言の要素が入ったものが茨城方言と言えよう。

一方、茨城あるいはその周辺地域が起源と思われる語彙がある。例えば、「べ」「べー」が変化した勧誘・推測の助動詞「ぺ」「ぺー」が上げられる。さらに霞ヶ浦周辺で使われる同じ意味の「へ」「へー」は、文献では1991年の調査報告(1991年玉造町史調査で口頭報告)で初めて現れるが、土浦市では、少なくとも昭和30年代にはすでに使われていた。ただしこれは、単純に「ぺ」「ぺー」が変化したと思われるほか、終助詞「や・よ」が変化した「い・え」に置き換えられた可能性もある言葉でもある。

もう一つ茨城にしか無い言い方がある。関東圏では一律に殴ることを「ぶっとばす」と言うが、茨城では「ぷっとばす」とも言う。一般に文中のバ行音は促音化した言葉に続く場合半濁音化するが、語頭で半濁音化するのは茨城弁だけである。

井上史雄がネット上に公開している『新方言辞典稿 増訂版』(新方言を中心に主に現代の若者語がどのように発生したかを解説するサイト)では、江戸言葉が単に上方語をベースにしながら漫然と生まれたのではなく、周辺地域の方言の影響を強く受けながら生まれた言葉であったと同じように、現代の若者言葉の発生のプロセスが丁寧に解説されている。関東内の周辺域は明治以降標準語化の波に押されたが、一方では都心の言葉も周辺域の言葉の影響を数多く受けていることが解かる。それには茨城弁も一役買っている。

現代の標準語は過去の長い歴史を背負いながら今も成長を続けており、不思議と思える若者言葉のうちの僅かなものは、いずれ将来の標準語となる可能性を持っている。例えば「違う」とは動詞であるが、現代日本語にはこれに当てられるべき形容詞形が無い。そのため、茨城では古くから使っていた「ちがくなる」という方言は、現代語の欠陥を補う言葉と言っても良く、今では都心の若者達が使うようになっている。つまり「ちがくなる」とは特殊形の形容詞と思ってさしつかえなく、「痛くなる」等と同じ表現なのである。

近年発表された過去の文献の総編纂としての『分類神奈川方言辞典』に示された神奈川方言は、同じく古い文献による茨城方言とことごとく一致する。これは、東北方言をベースにした東関東方言とは別に、関東方言のベースとしての方言群の存在を感じさせる。例えば「」を「わんこ」と言うのは、岩手の「わんこそば」に代表されるが、これは勿論茨城にもあり、神奈川の一部地域にも残る方言である。

これから、関東方言には東日本方言としての東北方言と同じ古い言語文化があったことを思わせ、西関東方言はもともとは現代の東北方言と同じ方言郡をベースにされている可能性を思わせる。これは、言い換えれば、関東の方言は、古くから東北方言と縁が深く、互いに長く影響しあいながら成立した可能性がある。

標準語との関係

標準語は明治維新以降、国策として当時の山手言葉を基に作られたもので、特にラジオ・テレビの普及に伴い、現在の茨城弁に強い影響を与えてはいるが、明治以前の茨城弁の成立には関係ない。

特徴

茨城方言に対して、次項のような研究報告は過去に無い。新説である。茨城には、アクセントが無いのは諸学者の総意である。しかし、なぜそうなるのか、実際のイントネーションは尻上がりというだけで、新たな分析は過去に無かった。以降は、40年前の茨城弁話者が、標準語圏で生活したときに気が付いた、茨城方言の型を論じたものである。茨城弁を話す人達が、いくら頑張っても茨城の領域を出られないと同じく、茨城弁を知らない人には茨城弁の本質やニュアンスは語れないのです。

  • 平板型アクセント:単語レベルでは、飴・雨(め)、箸・橋・端(し)、柿・牡蛎(き)、海・膿(み)、2時・虹(じ)等全て平坦に区別無く発音される。東関東方言の特徴。
  • イントネーション:会話になると、語尾が高めに発音されることが多いため、「水戸の尻上がり」などと呼ばれる。実際は最後に上がって下がるイントネーションになることが多い。一方、単語レベルでは平板だった単語は、文章になるとアクセントが発生することがあるがそれには一定のルールが見出せない。単語のアクセントが会話のイントネーションに支配されるのである。標準語の会話のイントネーションは、誰が話してもほぼ一定の形をとるが、茨城方言のイントネーションは、概ね五つのパターンに分類できる(尚、以下の名称は学会等で認知されたものではなく、筆者が仮につけた名称である)。
    1. 尻上がり型:日常的に最も多く使われるもので、読点が細かく刻まれ、読点音を高く発音するものである。上がって下がる言い方もある。多く人に説明する時のパターンである。「水戸の尻上がり」と言われる所以である。
    2. 尻下がり型:淡々と語る場合に使われるもので、尻下がりになる言い方である。
    3. 高揚尻下がり型:気分が高揚したり、相手の言葉に強く興味を示したり、特に強調したい時に使われるもので、センテンスの最初が高い音で始まり、尻下がりになる言い方である。多く問責する場合に使われる。
    4. 高揚尻上がり型:より強調した言い方で、最初高い音で始まり、最後にさらに高くなる。茨城方言が上ずって聞こえるのは、このイントネーションである。
    5. 狂言型:言葉の通り狂言の言い回しに酷似したイントネーション。低い初音がそのまま平坦に続き、最後に概ね1オクターブほど上がった後、初音にもどる。主に、相手に呆れかえった時に使うイントネーションである。初音がさらに低くなることもある。東関東方言の特徴。
  • リズムを大事にする:茨城方言のイントネーションは、時々米国語を思わせるようなときがある。歌っているようにも聞こえるときがある。東関東方言の特徴。
  • カ行音・タ行音の濁音化:カ行音・タ行音がしばしば濁音化する。畑は「はだげ」、土手は「どで」、崖は「がげ」などと言う。第1音が濁音化することは少ないが、カバンを「がばん」、蜂を「ばぢ」と言うことがある。東関東方言の特徴。ただし東関東方言以外の地域、例えば神奈川県西部等にも僅かに見られる。
  • 有声音化:標準語ではi、uが無声子音(k、s、t、h、p)に挟まれた場合や、無声子音の後で語末にきた場合は、母音の無声化が起こり、声門の振動が起こらない発音になる。例えば「行きたくない」の「き」、「聞くとき」の「く」、「遣らして」の「し」、「増す時」の「す」、「ナチス」の「ち」は無声化する。小学校の国語の時間ではこのルールは教育対象になっていない。ところが関西でははっきりと無声化せずに発音される。日本語を東西に分ければ、母音の無声化は東部方言の特徴の一つとして位置づけられるものである。ところが、カ行音・タ行音は茨城ではしばしば濁音化するため、無声化しないことがある。東関東方言の特徴。
  • 清音化:濁音化は東北弁にもあり東関東方言の特徴でもあるが、茨城には、現代標準語をベースにすれば清音化する言葉が多い。八丈方言にも見出すことができる。主に「じ・ず・ど」が清音「ち・つ・と」になったりする。この場合の「ち・つ」は関西弁に似て有声音で発音されることが多い一方、濁音が無声音発音されたときに清音化するとも考えられる。「ざ・ぜ」に限って清音化しにくい理由は無声音にならないためだろう。預かるを「あつかる」、同じを「おなし・おなち」、三時間を「さんちかん」、短いを「みちかい・みしかい」、静かを「しつか」、ほとんどを「ほとんと・ほどんと」、よっぽどを「よほと・よっぽと」などと言う。尚「短い」の最も有力な語源は、「身近し」であり、「ほとんど」の語源は「ほとほと」で、清音化したのではなく語源を残した方言とも言える。「水海道」(現・常総市)が「みつかいどう」、下妻が「しもつま」など、地名にもこの傾向が反映されている。
  • 濁音化と清音化の共存:濁音化した言葉と清音化した言葉が共存して使われるも特徴的である。「短い」を「みぢがい・みちかい・みしかい」、「静か」を「しずが・しつか」などと言う。東関東方言の特徴。
  • 「び・ぶ・ぼ」等の半濁音化:「び・ぶ・ぼ」は半濁音になることがある。手袋を「てぷくろ」、座布団を「ざぷとん」、ぶっ飛ばすを「ぷっとばす」、川に浸ることを「かぴたり」、カビが生えているを「かぴてる」などと言う。東関東方言の特徴。
  • ずうずう弁:東北弁の別称でもあるが、鼻に抜けるためそう呼ばれる。茨城方言も同様でかつては鼻が悪いのではないかと思われるほど顕著だった。一見、流暢な標準語を話している人でも、かすかに鼻に抜けるひとは今でも少なくない。東関東方言の特徴。
  • 男女の区別や敬語が無い:基本的に男女は同じように話す。また、1950年代頃までは、特に江戸言葉の流れの敬語や丁寧語が数多く残っていたが、その後廃れ、今では標準語化の道を辿っている。これは、関東近郊の地域の方言と一致する。
  • 江戸言葉が良く残る:江戸時代の文献の「浮世風呂三」には「うぬらばかり買切居る湯ぢやああんめへし。」がある。ほとんど現代の茨城方言である。多かれ少なかれ関東の方言は江戸言葉の影響を受けている。
  • 助動詞「〜ぺ、〜べ、〜へ」:「〜だろう、〜しよう」は、「〜ぺ、〜べ、〜へ」で表現される。もともとは、古語の「〜べし」が訛ったもので、由緒ある表現である。いずれも長音形を併用する。「〜ぺ、〜べ、〜へ」は新旧こそあるが、接続する動詞や助詞との相性によって使い分ける。(1)「」は、中世後期からの語法である「べい・べえ」に由来するものである。関東から東北にかけて広く使われる。連用形の動詞や助詞に付く他、撥音便化した動詞や助詞と組み合わせる。促音便を伴うことが多いので次第に「ぺ」に移行したと考えられる。(2)「」は、は茨城方言の印象を決定づける代表的助動詞である。福島や千葉でも使われる。多く促音便を伴う動詞を選ぶ傾向がある。(3)「」は、茨城県内でもまだ利用エリアは狭い。促音便の有無にかかわらず使われる、撥音便と組み合わされることはない。
  • 動詞の複合語または接頭語の多用:二つ(まれに三つ)の動詞を組み合わせた複合動詞が顕著に使われる。最初の動詞は促音化または撥音化し見かけ上接頭語のようになる。これは、標準語にもある語法であるが茨城方言ではより顕著である。「うっ、うん、おっ、おん、かっ、かん、くっ、くん、すっ、つ、つっ、つん、とっ、はっ、ひっ、ひん、ぶっ、ぷっ、ふん、ぶん、へっ、ぼっ」等を動詞の頭につけて、より威勢の良い言葉にする傾向がある。これらは各々「打つ、売る、押す、追う、折る、掻く、書く、食う、突く、取る、張る、引く、挽く、吹く、踏む、振る」等の動詞が変化したものだが、本来の意味を失って勢いだけの表現になっているものも少なくない。このうち「うっ、おっ、かっ、くっ、すっ、つっ、とっ、はっ、ひっ、ひん、ぶっ、ふん、ぶん、ぼっ」等は標準語にもある接頭語であるが、「うん、おん、かん、くん、つ、つん、へっ」等は茨城方言特有のものである。半濁音の「ぷっ」は、特に茨城弁らしい個性的な表現である。
  • 直音化と拗音化:(1)拗音がしばしば直音化する。おまんじ:お饅頭。ぎーにー:牛乳。きーり:キュウリ。さしん:写真。さぶろ:シャベル。ちーさ:注射。〜ちった:〜ちゃった。ちーん:チェーン。よーて:両手。よーり:料理。(2)直音が拗音化する。きゅーろい:黄色い。しじゅん:主人。しゃび:錆び。しゃびる:錆びる。じょーり:草履。拗音化は全国に散在する。標準語でも鮭を「シャケ」と言う類である。
  • 豊かな言葉のバリエーション:茨城県人は言葉遊びが好きな傾向があり、しばしば造語を作り出す。また、そのような遊びに寛容である。言葉のバリエーションが多いのは、県内地域の特性だけではなく、様々な訛りのパターンを駆使すると結果として新たな言葉が生まれるからだと考えられる。例えば「小さい」という言葉は、「ちーこい、ちいせー、ちーちー、ちーちゃい、ちーちぇー、ちーぷくせー、ちっこい、ちっこくせー、ちっせー、ちっちゃい、ちっちゃこい、ちっちゃけー、ちっちぇー、ちっぷくせえ、ちっぽい、ちっぽけ、ちっぽげ、ちっぽくせえ、ちゃんこい、ちゃんけえ、ちびくさい、ちびくせー、ちびちぇー、ちびちゃい、ちびっけー、ちびっこい、ちびっちー、ちびっちぇー、ちびっちゃい、ちんけー、ちんこい、ちんこくせー、ちんさい、ちんちー、ちんちゃい、ちんちぇー、ちんちくせー、ちんぷくせー、ちんぽくせー、ちんぼくせー、ちんぽけ、ちんぽけー」等がある。これらは、決して気ままにうまれたのではなく、茨城方言の訛りのルールにきちんと従っているものであるから、県内の一部の地域によっては違和感がある言葉があったとしても、寛容に迎えられてしまう。
  • イ段とエ段の混同:(1)「い」と「え」の混同:東北を中心に、北海道南部・千葉県北部・栃木県東部・新潟県北部・富山県の大半・島根県東部にも見られ、茨城県では全域で見られる。ただし、青森県東部を除く大半の地域・秋田県全域・山形北西部では区別される。また標準語または標準語圏域の中にも特定の言葉で稀に見つけることができる。落語を注意深く聴くと「ハエ」を「はい」、「声」を「こい」、「カエル」を「かいる」、「お前」を「おまい」と言ったりする。女言葉の「おまいさん」は誰でも知っている訛りである。(2)イ段とエ段の混同:「い」と「え」の混同に比べてやや少ない傾向はあるが、イ段とエ段の混同も見られる。これは、茨城方言は合理性を好む傾向があり、イ段音を口蓋化しない音で発音していることによると考えられる。ちなみに、標準語の五十音で口蓋化するのは、ほとんどイ段音に集中する。このうち特に「し」「ち」「じ」音は特徴的で、「し」は「し」と「す」の間のような音即ち英語の「si」に近い。箸は「はすぃ」のように発音する。同じように「ち」は英語の「ti」、「じ」は英語の「zi」に近い。古語の「じ」と「ぢ」の識別は茨城には残っていないが、標準語の格助詞の「で」は「でぃ:di」と発音する。これらは、ほとんど東北方言にも言えることで、時に「き」が「ち」のように聞こえることがある。実際東北では「き」が「ち」に変化することがある。イ段とエ段の混同は、全国的にあるが、エ段をイ段に絞った地域は過去の著名な方言書では北関東から東北東部とされているが、さらにイ段音がエ段音に変化する地域は関東各地にあり、逆もある。
  • 段の変化:段の変化は標準語の過去の歴史にも数多くある。ことに、現代「き」が「ち」標準語を基本形にすると茨城方言にもその傾向が見出せる。主にイ段とオ段がウ段に収束する傾向があるが、逆のケースもある。遊ぶ:あすぶ(そ→す)、動く:いごく(う→い)、億劫:おっこ・おっこう(く→こ)、少し→しこし、敷く:すぐ(し→す)、そんな:すった(そ→す)、印:するし(し→す)、そしたら:そすたら(し→す)、損する:すんする(そ→す)、土:ちぢ(つ→ち)、手ぬぐい:てぬぎ・てぬげ・てねげ・てのぐい・てのげ・てのげー・てのごい・てんげ、潜る:むぐる(も→む)、漏る:むる(も→む)、婿様:もごさま(む→も)、留守番:りすい(る→り)、やったぞ:やったどぅ、そこに行くから:すぐにいんから 等がある。このうち「ひ」が「ふ」に変化する傾向は、偏った傾向がある。例えば、一つ→ふとつ・すとつ(ひ→ふ・す)の変形がきっかけになっているようで、それに関わる大半の単語が訛っている。拡大して「ひと〜」が「ふと〜」になることが多い。この訛は、調べてみると東北地方に特徴的な訛でもある。なぜ、このようになるかは不明だが、もともとイ段とエ段の混同があること、曖昧な発音から口をあまり開けないウ段に収束するのではないかと思われる。しかしながら、関東圏では同様の方言が各地にあり、茨城方言だけに限定はできない。
  • 「し」と「ひ」の混同:東京方言に見られるのと同じである。必要を「しつよう」、百円を「しゃぐいん・しゃぐえん」、質屋を「ひちや」、下を「ひた」、額を「したい」、七を「ひぢ・ひち」、浸すを「したす」等と言う。
  • 「しゃ」が「ちゃ」になる:ちゃがる・しゃがる:下がる。ちゃがれる:しゃがれる。ちゃーちゃー:しゃあしゃあ。「し」と「ひ」は、五十音が成立する前は庶民の理解の中で曖昧だったことに起因するだろう。しかし、今でも間違う人は多い。
  • その他の音通現象:音通現象とは発音が似た音が混同する現象である。広義には「い」と「え」の混同、「し」と「ひ」の混同、「しゃ」が「ちゃ」になることも含まれる。正しくは「五十音図の同行または同段の音の転換」のことである。この現象は標準語にもあり、現代標準語は、この音通現象によって古代の言葉が中世・近世を経て変化した結果生まれた訛りの産物とも言える。一般に指摘されるのは、「ありく」が「歩く」、「ゆく」を「行く」、「竹箒」が「たかぼうき」、「煙」を「けぶり」、「気味悪い」を「きびわるい」、「ぬかご」と「むかご」等がある。中には古語に由来するものがあり、単純な訛とは言えないものが多い。
  • 音通(1):「ぞ」が「ど」になる。ゆったどー:言ったぞ。全国的に散在する。
  • 音通(2):「い・う・ぎ・に・ゆ・り」の混同:いごく:動く(古い標準語)。りごく:動く。〜ぎ:〜に。いー:結い。い・り:雪。いば・りば:湯(お湯・お風呂)。いすぐ・りすぐ:濯ぐ(ゆすぐ)。いー・りー:言う。ですっぱぎ:出ずっぱり。めやぎ:目脂、りーのひげ・ゆうのひげ:リュウノヒゲ。りぎ:雪。いわく・りわぐ::結わく。りお・りよ:魚(いを)。りおー:硫黄。りおぐし・りよぐし・りーぐし:魚串(いをぐし)。りっかだ:夕方。りび:指。りょぎ:斧(よき)。りんべ:夕べ。全国的にある方言の図式である。
  • 音通(3):ハ行音とマ行音の混同:くぼ:蜘蛛。しろぶ:窄む(しろむ)等。全国的にある方言の図式である。
  • 音通(4):ア行音とハ行音の混同:おしー:欲しい。ほしー・ほっしー:惜しい。おっとげ:放っておけ 等。これは、子音の脱落とも言えるが、音通現象と呼ぶのが正しいと思われる。全国的にある方言の図式である。
  • 順行同化と逆行同化:言葉の原型の一部の発音がそれに続く言葉に影響を与える場合は順行同化、逆に続く音韻の影響を受けて前の音韻が変わることを逆行同化と言う。一般に、古語や関西では順行同化が多く、関東では逆行同化が多いと言われる。この現象は、副次的に連母音変形としても現れる。全国的にある方言の図式である。
  • 逆行同化:いじゃげる:腹が立つ(意地が焼ける意味)。きょーつける:気をつける。ぎょーん:祇園(祭り)。まぎょーしみ:負け惜しみ。ia→iya、io→iyo。全国的にある方言の図式である。
  • 連母音変形:連母音変形は英語にもあるものでだが、標準語では一般に避けられるが、口語では使われ江戸言葉でもある。「べらんめえ言葉」が代表的である。原型がすでに訛っている場合もある。あら・あらー:あれは。おらーほー:俺の方。でーぐ:大工。けーる:帰る。つかめーる・つかめる:捕まえる。しゃーせ:幸せ。うっとせー:鬱陶しい。するす:磨り臼。さみー・さめー:寒い。そげー:そこへ。やざ・やざー:奴は。でーだらぼっち:だいだらぼっち。たかぼーぎ:竹箒。てーし:亭主。きーれー:黄色い。こーたもな・こーたもなあ:こんな物は。もどでがいら:資金が必要だ。ai→ee、ae→ee、ae→e、ii→ee、iu→u、ui→ee、ua→aa、ei→ee、oa→aa、oi→ee。全国的にある方言の図式である。
  • 長音化と単音化 / (1)強調表現としての長音化。おーもい:重い。かーるい:軽い。(2)二音語の長音化:なぜか二音語が長音化することが多い。三音を好む傾向がある可能性があるのかもしれない。まーめ:豆。ざーる:笊。かーぜ:風・風邪。なーが:中。まーだ:まだ。(3)形式的長音化:格助詞が前の語の母音と同じになって見かけ上、長音になるものである。きーつかー・きーつかう:気遣う・気を使う。たーうえ:田植え。はーいで:歯が痛い。きーとり:木を取ること。くーにする:苦にする。けーながい:毛が長い。ちーでだ:血が出た。ひーたぐ:火を焚く。へーたれる:おならをする。めーむぐ:目を剥く。ゆーいれる:お湯を入れる。ひーくれる:日が暮れる。あしたーいがねー:明日は行かない。ちぐーぬぐ:嘘をつく。おらーやんねー:俺はやらない。(4)変幻自在の長音化と単音化:標準語では定められた名詞発音はかたくなに守られる。ところが、茨城方言は単語にアクセントが無いので、単語のアクセントは心を表す茨城流のイントネーションパターンに支配される。従って、例えば会話の代表語である、俺とお前は、イントネーションパターンによって、「おめ・おめー・おーめ・おーめー」と変化する。「まだ」も「まーだ」「まーだー」と変化する。全国的にある方言の図式である。
  • 長音発音の特徴:標準語の長音発音の中にもある。茨城方言の多くの長音の発音は前音の母音をそのまま受けて平坦に発音されることが多いが、逆の場合がある。これは順行同化と逆行同化現象が働いている。関西では、この現象の一種にウ音便があるが、茨城ではウ音便はめったにない。かー:買う。くー:食う。けー:食え。いー・ゆー:言う。ひらー:拾う。
  • 促音化:促音化は東国方言に特徴的なものである。また、標準語でもしばしば見られる。茨城方言では、標準語では促音化しないものまで促音化する。取り分け「〜しまう」意味の「〜ちゃう」の場合に顕著に現れる。「食べちゃう」を「食べっちゃー」などと言う。
  • 撥音化:(1)「ら」の撥音化。東京方言にもある。いんない:要らない。しんない:知らない。やんない:遣らない。(2)格助詞「に」の撥音化。東京方言にもある。やんなっちゃー:嫌になっちゃう。(3)鼻濁音が行音・ナ行音・マ行音の前の音の撥音化:これは、鼻濁音が行音・マ行・ナ行音の子音にm・n音があるため撥音化すると考えられる。ごんご:午後。やんぎ:ヤギ。はんげ:禿げ。やんな:嫌な。まんめ:豆。やんま:山。こんも:桃。全国的にある方言の図式である。
  • 音位転倒:標準語の口語にもある「毎度、おさがわせ致しております。」等の類である。事例は決して多くはないが、次が代表的なものである。そっこり:こっそり。くすむ:すくむ。するびぐ・すりびぐ:引き摺る。ちゃまが:茶釜。つもごり:つごもり。とーみぎ:トウキビ(トウモロコシ)。まぎめ:まみげ(まゆげ)。
  • 省略化:h音、r音、w音が省略されることがある。(1)h音の省略:実は、完全に省略されているわけではなく、本人は一応発音しているが、曖昧なためにそう聞こえる。早い:あやい。おはよう:おあよ。ほっとけ:おっとげ。ご飯:ごあん。ハマグリ:あまぐり。(2)r音の省略:茨城ではr音を特に嫌う傾向がある。東北弁の特徴でもある。くいる:呉れる。やられる・やらいる:遣れる。ささいる・ささえる:刺される。(3)「れ」音の省略:おごらった:怒られた。やらった:遣られた。つぇーでいぐ:連れて行く。怒られた:おごらった、遣られた:やらった。(4)「ろ」音の省略:おもしー:面白い。
  • 標準語には無い発音がある:五十音は、それまで「いろは」だったものを明治政府によって音声学を駆使して学術的に定められたものである。従ってそれまでの「いろは」とは一線を画すものである。ところが茨城には、五十音には無い発音が残っている。(1)「い」「え」の間の発音即ち口蓋化しない音。これは別項でも説明したものだが、茨城方言の発音にはイ段よエ段の中間音があり、これが一方ではイ段とエ段音を識別できないと言われる理由になっていると考えられる。(2)ヤ行音及びワ行音のイ段エ段音:多く使われるのは「いぇ」「うぇ」である。かいぇー:痒い。はいぇー:速い。いぇーひ:灸。かうぇー:可愛い。ぐぇー:具合。こぅえー(こわい):疲れる。(3)「つぁ、つぇ、つぉ」:ドイツ語やイタリア語ではしばしば使われる発音だが、標準語には無い発音である。英語にも見当たらない。ただし、東京の下町で使われた落語にも出てくる人名の「八っつぁん」は誰もが知っている表現である。おどっつぁん:お父さん。じっつぇん:10銭。ごっつぉー:ご馳走。(4)英語の「ae」即ち「あ」と「え」の中間音:中学校英語で最初に習う「cat」の母音は、日本語にはないんが茨城方言にはかなり近い発音がある。静岡や愛知で良く使われる「〜きゃーのー」の「きゃー」の母音をやや濁らせた発音である。いぁいひ:灸。けぁーる:カエル。えぁーわりー:間が悪い。へぁーる:入る。にぁーば:土間。れぁーさま:雷。⑤「じ」と「ぢ」、「ぞ」と「ど」:古い日本語では「じ」と「ぢ」は識別されていたと言われる。茨城方言の特徴を決定付ける「じ」が「ぢ」(di)、「ぞ」が「どぅ」(du)となる発音は今でも注目に値する発音である。
  • その他独特の特徴(事例は少ない。今ではほとんど使われない。):(1)促音便の後の濁音:日本語では普通ありえない語法である。いっだ:行った。おっがぐ:折る。やっだいよー:嫌だよ。ぶっばだぐ:殴る。あっだ:有った。(2)ラ行音がダ行音になる:ラ行音の濁音形は本来はないが、R音の巻き舌音は、擦過音とも言える。これは八丈方言に特に顕著にあるもので、古代の関東方言を受け継いでいる可能性がある。おぢる:降りる。だんぷ:ランプ。どんご:論語。しんどい:親類。せんどっぽん:千六本。(3)格助詞「に」が「ぎ」になる:音通現象の一つと考えられるが、古い格助詞「が」と方向を示す「に」が一体化した「〜がに」が逆行同化して「ぎ」になった可能性がある。

文法における標準語との差異/動詞と助動詞

茨城の文法は基本的に標準語と同じである。しかし、茨城には現代標準語と異なる助詞や助動詞があり、これらは主に古語や近世語に由来するもので茨城方言ではないことが多い。また現代標準語の言い方とそれらが共存して使われるのも茨城方言の特長とも言える。また、現代標準語では可能動詞が一般化しているが、茨城では古語または文語の受身・可能・自発・尊敬の助動詞「れる・られる」が使われる。このうち自発形はやや特殊で、「行く」の自発形の「いけられた」は、「いつのまにか行けてしまった」というニュアンスを含む。これは栃木でも同じである。

  • 未然形(~ない。~(しよ)う。):ラ行五段活用動詞の「遣る」は、「やんない・やんね・やんねー」のように撥音化する。撥音化するのは、東京方言でも同じだが、「やんね」のように単音化するのが茨城方言として特徴的である。しかし、茨城では「見えないけれど」を「みいねども」などというが、これは上代語の「みえねども」に当たる。また、茨城では「遣ろう」とは言わず「遣っぺ」と言うため、四段活用となる。
  • 連用形(~ます。~て。):活用形は標準語と同じ。ただし、「ます」に該当するのは、「あす・あんす・やす・やんす」が使われる。このうち「あんす」は、江戸時代の遊里訛、「やす・やんす」は、近世前期の上方語で後期になると江戸で用いられるようになった助詞である。
  • 終止形:活用形は標準語と同じ。
  • 連体形(~とき):ラ行五段活用の動詞では、乗るは「のっとぎ」、有るは「あっとぎ」、蹴るは「けっとぎ」、上一段活用の場合は「強いる」以外は、「着る」は「きっとぎ」、「煮る」は「にっとぎ」、「見る」は「みっとぎ」、「居る」は「いっとぎ」等、促音化する。
  • 仮定形(~ば):基本的に標準語と同じ。「~なら、~だら」の場合は、標準語同様連用語扱いになる。このようになる理由は、「なら」は、完了の助動詞「た」の仮定形で、ガ・ナ・バ・マの各行の五段活用の動詞に付く時に限って「だら」になり、助動詞の活用に順ずることになるからである。尚、茨城では「だら」は動詞を選ばず、また名詞でも使われる。「書くなら」は「かぐんだら」、「お前なら良い。」は「おめだらいー」と言う。一方、茨城では命令形の活用形と同じ表現をすることがある。主に終止形が「る」で終わる動詞で使われ、「居れば」は「いろば」、「混ぜれば」は「まぜろば」、「出せれば」を「だせろば」などと言う。
  • 命令形(~ろ。~よ。):ラ行五段活用動詞の命令形に一律化しようとしたのか、「止めろ」を「やめれ」などと言うことがある。
  • 自発・可能・受身・尊敬:古語の助動詞「れる」「られる」が残る。主に可能と受身で使われる。特に、否定形を「やらいね・やらんねー、よめらいね・よめらんねー、かがらんねー」(遣れない、読めない、書けない)、「開かない」を「あがんない」、疑問形を「よめらいっか・よめらっか、かがっか」(読めるか、書けるか)などと言う。長塚節の土には、可能形として「威張(えば)らっる理由(わけ)ぢやねえが、俺(お)ら俺(お)れでやんべと思(おも)ってんだから。」、受身形(尊敬形)として「なあに俺(お)れ、蜀黍(もろこし)伐(き)った時(とき)にゃ勘辨(かんべん)しめえと思(おも)ったんだっけがお内儀(かみ)さんに來(き)らったから我慢(がまん)したんだ。」がある。
  • 使役:標準語では五段動詞の未然形に「せる」、一段動詞の未然形に「させる」をつける。茨城方言では、一段動詞に「らせる」形をとることが良くある。これは、一段動詞を五段動詞化する合理化の一環と思われる。「来させる」を「きらせる」、「起きさせる」を「おぎらせる」などと言う。
  • 完了:完了形は「ちゃー、しゃー」が使われ活用は独特に変化する。サ行音で終わる動詞に限って「しゃー」が使われる。「見せてしまった」は、「みしちゃった・みせちった」、「死んじゃった」は「しんちゃった・しんちった」、「終わらせてしまえ」は、「おわっしぇー」と言う。
  • 依頼:「~らっせ」「~さっせ」「~(して)くろ・~(して)くれろ」がある。「らっせ」は、助動詞「られる」に、「しゃる」の命令形が変化した「せい」の短縮形がついたもの。「さっせ」は、古語の尊敬の動詞「させる」の命令形「させ」が変化したもので江戸言葉の「さっせえ」に当たる。本来は「さっしゃい」。「くろ」以外は、昭和30年代頃まで残っていたが、今では高齢者しか使わない。
  • 推測・勧誘:未然形と重複するが、茨城では「べ・ぺ・へ」が使われる。このうち「べ」は、中世後期からの語法である「べい・べえ」に由来するもの。「ぺ・へ」が茨城方言の代表的表現である。
  • 丁寧語:「ございます」に該当する言葉として、「がす・がんす・ごす・ごんす」がある。「がんす・ごす・ごんす」は近世語で、いずれも「ござんす」がさらに訛ったものだが、今では高齢者しか使わない。
  • 指示代名詞を含んだ連体語の特徴:あんな・こんな・そんな・どんな:あーた・こーた・そーた・どーた:「あんな」は八丈方言では「あだん」と言う。「あれにてある・あれなる・あれたる」意味。茨城でも濁音化して「あんな」を「あーだ」、促音化して「あった」と言う。もともとは「あーたる」だったと考えられる。形容動詞の「ナリ活用・タリ活用」の影響を受けて、標準語はナリ活用の方向に進み、茨城方言は、タリ活用を選択したと考えられる。

県内全域における共通単語

以下、現代標準語に対して茨城県内で使われる代表語を列挙する。語源が判明または推定されるものについては、合わせて解説する。

尚、厳密には、茨城全域で押しなべて使われる方言は決して多いとは言えないため、主に広域に使われる方言を紹介する。茨城弁には古語に由来するものや近世語が数多くあるが、使用頻度や使用地域が広いものを除きここではそれらを含めない(太字は代表語)。また全国各地の方言書とされるものには現代では使われなくなったやや古い言葉や近世語が含まれることが多いが本稿ではそれらは含まない。

ここに紹介したわずかな言葉には茨城特有の方言があるが、過半の言葉は、関東あるいは東北各地の明治期等の古い方言書を調べると一致または類似しているものが多い。重ねての説明になるが、これは、現代の特に東京を中心とした視点で見た時、関東各地の言葉は、形式的に方言とみなされてしまうが、現代の標準語または共通語は明治期に政治的・政策的に定められたものであり、大半が関東にあった古い方言と考えて良いと思われる。その中で茨城方言らしい言葉は東北方言の影響を受けたか、関東圏の中で唯一古い東国方言を残していると言える。また俗語の存在も無視できない。主に江戸に発祥したいわゆる「べらんめえことば」は、標準語ではないにしても実際は俗語として今も残っているのである。一方、関東各地だけでなく東北圏にまであることを考えるとどちらが先立ったかは疑問が残る。

実際、今では使われない言葉の中に、明治期の関東各県の方言書に残された言葉の多くが、今も東北圏内で使われているものがある。そうなると、残ったか残っていないかが重要になる。

また、江戸中期の江戸言葉は、原型は上方語をベースにした言葉でありながら、東国言葉の影響をすでに受けていたことが小田切良知の『国語と国文学』(1946)第20巻の「明和期の江戸語について」に描かれている。詳細は避けるが、江戸中期の江戸では上方語は半ば衰退し東国語と融合して、江戸を中心とした様々な文学作品が生まれたことが解かっている。

名詞(複合語を含む)

  • あおなじみ:青あざ。
  • いっちぐたっちぐ、いっちくだっちく等:①服のボタンを掛け違えた状態。②ちぐはぐ。③互い違いちぐはぐ。
  • おれげー:俺の家。
  • がさやぶ:藪。
  • ごじゃっぺ・ごじゃらっぺ:でたらめ、いい加減な奴、事。
  • しが:①つらら。②薄氷。②は特に川を流れる薄氷を言い県北の方言。
  • ちぐ・ちぐ(鼻濁音)・ちく・ちぐらぐ・ちくらぐ・ちくらく・ちぐらっぺ・ちくらっぺ・ちぐらっぽ・ちくらっぽ・ちくらっぽー:嘘。「ちぐ・ちく」は広域で使われ他は使用地域が限られる。
  • ちぐたぐ:①ちぐはぐ。②互い違い。「ぐ」は鼻濁音。
  • どどめいろ:濃い紫色。プールに入った後の唇などの色を言う。全域ではない。
  • とーきび:トウモロコシ
  • にんこ:お握り。「おにんこ」とも言う。全域ではない。
  • へだかす・へだっかす:下手なこと。下手な人。
  • まっつら:稲を束ねる藁。「まるきつる」(束ねる紐)の意味。全域ではない。
  • もぐ、もく:川藻。下総と共通。
  • もだら:藁で作ったタワシ。全域ではない。
  • やげっぱだ・やげっぺだ・やげっぽだ・やげばだ・やげぱだ・やげぽた:火傷。全域ではない。
  • やせころげ・やせっころげ・やせっぴ:痩せっぽち。
  • やっちゃごっちゃ:でたらめの状態。めちゃくちゃ。
  • ゆーべかた・ゆんべかた・ゆんべ:昨夜。
  • よひて・よひてー・よぴて・よぴてー:よっぴて。一晩中。
  • よわっかし・よわっかす・よわっぴ:弱虫。
  • らいさま・らいさん:雷。

動詞(複合語を含む)

  • いじやげる・いじゃげる:①いらいらする、②腹が立つ
  • いしゃる:退く。
  • おぢる・おちる:降りる
  • おっかく・おっかぐ:折る。
  • おっちぬ:死ぬ。強意の接頭語がついたもの。
  • おっぴしゃぐ・おっぺす:①へこます。②押しつぶす。全域ではない。
  • おんのまる:(ぬかるみなどに)埋まる。はまる。のめり込む。全域ではない。
  • かせる:食べさせる。全域ではない。
  • かっこぽす:こぼす。強意の接頭語がついたもの。
  • かっぱぐ:剥ぐ、掻き回す、寄せ集める、削ぐ。強意の接頭語がついたもの。
  • かっぽる:放る。捨てる。強意の接頭語がついたもの。
  • かんます:かきまわす。
  • きめかする:人見知りする。
  • きる:来る。カ行上一段活用。
  • くんのむ:飲み込む。
  • しる:する、為る。
  • せーる:仲間に入れる。
  • そべる・そべーる:甘える。じゃれる。「戯える(そばえる)」。
  • ちぐ、他派生語:嘘をつく。全域ではない。
  • ちゃぶす:潰す。千葉県と共通。ひっちゃぶす。自動詞はちゃぶれる。
  • つ-げる:寒々とする。
  • つこでる・つっこでる:落ちる。「突き落ちる」意味。他動詞は、つこどす・つっこどす。
  • つっぱいる・つっぺーる・つっぺる:たんぼや川などにはまる。落ちる
  • でっこじゃす・でっこじゃれる:間違って作る。出来そこないをつくる。
  • とっぱずす:取り外す。失敗する。
  • のざいる・のぜーる・のぞいる:吐きそうになる。喉につかえる。のざく:吐く。
  • はねる:①据え付ける。仕掛ける。設置する。②準備する。③始める。
  • びだける・びだげる:甘える。
  • びだばる・びだまる:①動けなくなる。病気等で伏せてしまうこと。②死ぬ。③挫折する。④損をする。⑤疲れる
  • びちかる・ぴちかる・びっちかる・ぴっちかる:座る。地面にどっかりと座る。
  • ひやす:(水に)ひたす。
  • ぶっくらす・ぷっくらす・ぶっくらせる・ぶっくらーせる・ぷっくらせる:殴る。
  • ぶっちかる:座る。地面にどっかりと座る。
  • ぷっころす:ぶっ殺す。他と広く共通。
  • ぶっつぁぐ・ぷっつぁぐ:裂く。破く。
  • ぶどげる・ぶどける・ぶとける:ふやける
  • ふんぐらげーす・ふんぐらけーす・ふんぐりげーす・ふんぐるげーす・ふんげりげーす・ふんぐりげーる・ふんげるげーす:①踏み違える。②足を捻る。
  • ふんぢゃす・ふんぢゃぶす・ふんじゃぶる:踏み潰す
  • ぶんぬぐ・ぶんぬく:①抜く。②穴を開ける。③底蓋を開けて流す。④追い抜く。⑤除名する。
  • ぽぎだす・ぽきだす:吐き出す。死語となった「ほきだす」が訛ったもの。
  • ほぎる・ほきる:①植物などが育つ。繁茂する。②植物が芽を吹く。生える。萌える。③(火が)起きる。燃える。
  • ぽげる:①風化する。②湿気で木材が腐る。
  • ぼでる・ぼてる:餅などがふやけでどろどろになる。
  • ぼなる:①うなる。②声を立てて泣く。
  • ぽろがす・ぽーろかす・ほーろく・ぽろぐ・ぽーろぐ・ぽろげる・ぽーろげる・ぽーろける:無くす。ぽろりと落す。
  • まるぐ・まるく・まーるぐ:束ねる。
  • まちる:混じる。清音化。
  • まびらかす・まぶらがす・まぶらせる:見せびらかす。
  • むすぐる:くすぐる。
  • むっくりげーす・むっくるけーす:繰り返す。
  • めっかさる:見つかる。見つけられる。
  • めっける:見つける。
  • やずす:略す。「約す」が訛ったもの。
  • やっちめる:やっつける。こらしめる。とっちめる。
  • やーぶ:歩く。
  • やれる・やーれる:①言われる。②やられる。③叱られる。④できる。
  • ゆごぐ:動く。
  • よろばる・よろぼる:よろける。
  • わっかく・わっかぐ・わっつぁぐ:割る。
  • わっかげる・わっつぁげる:割れる。

形容詞(複合語を含む)

茨城には形容詞のカリ活用が今でも日常語に残っている。

  • あつこい:厚みがある。
  • いしこい・いしけー:①醜い。見た目が悪い。②粗末な様。③出来が悪い。④良くない。
  • うっとさい・うっとせー:①うるさい。②鬱陶しい。
  • おもしー:面白い。
  • こっぺくせー:でしゃばりな様。小生意気な様。
  • こわい:疲れた様。
  • すっかい・すっけー:酸っぱい。
  • すっこい:ずるい。こすい。
  • せまこい・せまっこい:狭い。
  • ちんこい・ちんちゃい:小さい。
  • つらっぱじねー:厚かましい。恥知らずの様。
  • とほーずもねー:途方も無い.
  • なめこい・なめっこい:滑らか。
  • なんちゃない・なんちゃねー:何と言うことは無い。
  • にくさい・にくせー:どこか似ている様。
  • ぬるっこい:温い。
  • びたっこい:平べったい。
  • ぶでない・ぶでねー・ぶてーねー・ぶてねー:①気が利かない。②役に立たない。
  • へづまんねー:つまらない。
  • まじっぺー・まじっぽい・まじぽい・まじらっぽい・まずらっぽい・まちぽい:眩しい。
  • まぶたい・まぶったい:眩しい。
  • みぐさい・みぐせー:見苦しい。醜い。
  • むじゃっぺねー:物を粗末にすること。
  • むすい・むせー・むそい:長持ちする。食べ物の減り方が遅いこと。くちがむすい・くちがむそい:余計なことを言う。減らず口をたたく。
  • むすぐったい:くすぐったい。
  • めごい:可愛い。めんこい。
  • めじらっぽい:眩しい。
  • めんごい:可愛い。
  • もそい:長持ちする。食べ物の減り方が遅いこと。
  • やーくい・やーこい・やーっこい・やっこい:柔らかい。
  • やすぽい:安っぽい。「易い」意味でも使われることがある。
  • やっけ・やっけー・やっこい:柔らかい。

副詞

茨城方言には、副詞方言がなぜか少ない。

  • ぐらしゃら・ぐらちゃら・ぐらっしゃら・ぐらっちゃら:ぐらぐら。
  • げーに:あまりに。過分に。近世語の「我意に」が訛ったもの。
  • しみじみ:①しっかり。きちんと。しゃきっと。②心に染みるように十分に満足した状態。③真面目に。
  • なじ・なじー・なじゃ:なぜ。
  • なじょ・なじょー:なんとして。どうして。(死語となった古い言葉。)
  • ねんばりねんばり:くどくど。
  • はー:もう。
  • ほどんと:ほとんど。
  • まーちんと:もうちょっと。
  • まっと:もっと。
  • よっぱらすっぱら:さんざん。充分に。よほど。

助動詞(複合語を含む)

茨城方言の助動詞は、主に近世語に由来すると考えられる。

  • け・けー・げ・げー:~かい。話の相づちで、「そうなの」の意で「そっけ」の使用頻度が高い。他県民にはそっけなく感じるが、まったく悪意は無い。
  • さる:~される。主に自発・可能・受身の助動詞。「れる」とほぼ同じ。やらさる:遣らされる。かがさる:書ける。めっかさる:見つかる。現代標準語に至る過程の言葉が残っていると考えられる。
  • しけ・すけ:~(だ)そうだ。「ちけ」とも言う。
  • だっぺ:~だろう。茨城方言の代表的な言い回し。古い関東方言の「だべい・だべえ」に当たる。「だっへ」と言う地域がある。
  • だんべ・だんべー:~だろう。「だっぺ」の方が多く使われる。
  • ちけ:~(だ)そうだ。「しけ」とも言う。
  • なんしょ・なんしょー:~なさい。主に女言葉。
  • らさる:自発・可能・受身の助動詞。
  • らる:自発・尊敬・可能・受身の古い助動詞「らる」そのもの。茨城では終止形を使うことは少なく、促音便を伴うことが多い。やらっか:出来るかい。
  • れる:自発・可能・尊敬・受身の助動詞。このうち可能形については、標準語は可能動詞を使うことが大半だが、茨城では古い言い方が残っている。書ける:かがれる。行ける:いがれる。喋れない:しゃべらんねー。

助詞(複合語を含む)

茨城方言の助詞は、主に近世語に由来すると考えられる。

  • が・がー:詠嘆・疑問・問い・反語・同意等の意味の「か」に相当。
  • ::格助詞。①~の。②体言の省略形。~の(~)。~のもの。③体言の省略形。~分。現代口語では死語となった言葉。茨城では受け継がれている。鼻濁音。
  • がい:~に。「がへ」がさらに訛ったもの。
  • がす・がんす・やす・やんす:~ございます。~です。「~ござんす」が訛ったもので、「がんす・やす・やんす」は江戸言葉。茨城では今でも高齢者が使う。
  • がな・がの・がんの:~の。~の分。格助詞の複合語。「が」は「の」に同じ。おらがなたびはどごだ:俺の靴下はどこだ。ひゃぐいんがなはあんな:百円分はあるな。
  • がな・がの:~のものは。~の分は。格助詞の複合語。「がのは」がさらに訛ったものと言えるが「がな・がの」は実質的に同じ。
  • がなでは:~では。~分では。格助詞の複合語。おめがなではまいった:お前では参った。
  • がなに:~に。~の分に。格助詞の複合語。おめがなにやっから:お前に遣るから・お前の分として遣るから。
  • がなは:~は。~のものは。~の分は。格助詞の複合語。ひゃぐいおんがなはあんな:百円分はあるな。
  • がに・がんに:~に。~にとって。~の分として。格助詞の複合語。おめがにやっから:お前に遣るから。
  • がには・がにゃ・がんにゃ:~には。~にとっては。おれがにゃいがい:俺には大きい。
  • がへ:~に。格助詞「が」に「へ」がついたもの。
  • け・けー・げ・げー:~かい。「が・がー」より丁寧な言い回しに当たる。多く目上の人に使う。詠嘆を示す終助詞「か」に近世多く遊女・町娘などが用い、親しみの意を表す終助詞「え」がついた「かえ」が転じた可能性が高い。江戸でも「~けい」が使われた。
  • げ・げー:~に。下の体言が省かれた格助詞「が」に所・方角を指定する格助詞「に」または「へ」がついた「がに・がへ」の逆行同化したもの。「がに・がへ」は国語辞書には無い。長塚節の小説「土」に頻繁に出て来る。鼻濁音。
  • :~の家。主格を示す格助詞「が」に「家」のついた「~が家」の逆行同化。
  • けっと:【助・接】~(だ)けれど。
  • けんと:【助・接】けれど。
  • :方向を表す古語の「様」が転じたもので室町時代の言葉。格助詞。~へ。~に。まれに、目的を示す格助詞(~を)として使うこともある。
  • だら:①~な。~なら。②~とやら。~だとか。~とかいうことだ。③(体言について)~なら。④~だと(すると)。~(する)のなら。
  • だり:~だの。物事列挙する時の言葉。標準語では、撥音化した動詞について並立を示すが、名詞の列挙には使われない。「~なり」。
  • ち・ちぇ:~て。
  • ちゃ:過去や完了を表す終助詞「~た」に相当。やっちゃがー:遣ったかい。
  • ど・どー:①~ぞ。②~と。~そうだ。
  • なや:①~な。②~なあ。①禁止の終助詞「な」に感動詠嘆・反語の終助詞「や」がついたもの。はーやんなや:もう遣るなよ。②感嘆の終助詞「なあ」に感動詠嘆・反語の終助詞「や」がついたもの。いがいなや:大きいね。
  • なんちゃ・なんちゃー:~など。~なんて。「~なぞは」が訛ったもの。
  • に・にー・にぇ・にぇー:否定の終助詞「ない」にあたるもの。しんにぇ:知らない。
  • べ・べー:①~だろう(推量)。②~しよう(確実な推量)。③~しよう(意思・勧誘)。
  • ぺ・ぺー:同上。茨城方言の代表語。足音便を伴う動詞と組み合わされる。
  • へ・へー:同上。茨城でもまだ使用地域は狭く、霞ヶ浦周辺地域で使われる。
  • め・めー:~まい。否定の推量の助詞。
  • や・やー:①命令・勧誘・希望表現。②感動詠嘆をしめす。③反語・反問。④反語。単音形は方言ではないが、現代口語では死語。茨城では今でも使われる。

指示代名詞

指示代名詞の語幹「そ」が、「ほ」になるのは西国方言でもある。これは、「それは」が訛った感嘆詞「そら」を「ほら」と言うのは標準語にもあるが、なぜかそれ以外は使われない。 数ある指示代名詞の中で、「そ」「ほ」はどうやら感嘆詞に近いようで、類似の表現は世界中にある。

  • したっけ:そうしたら。
  • ほご:そこ。
  • ほしたら:そうしたら。
  • ほれ:それ。
  • ほった:そんな。
  • ほんで:それで。

接尾語

  • か・かー・が・がー:側(がわ・かわ)。多く促音化した言葉につく。そっちっかー:そっちっかー側。
  • かい・けー・こい:促音化した名詞・形容詞ついて状態を表す体言を作る。「けー」は「かい」の逆行同化形。いずれも標準語にある表現だが、茨城では使用範囲が広く独特の言葉を形成する。の口語にすっかい・すっけー:酸っぱい。やっけー:柔らかい。ふとっこい:太い。ぐじゃっこい:ぬかるむ様。
  • がし・かし:端。側。あっちがし:向こうの端・向こう側。「~が尻」の意味の可能性もある。
  • かだ・けだ:方。~の方。ひがしっかだ:東の方。
  • くさい・くせー:状態を示す接尾語。にくさい・にくせー:似ている。ちっぽくさい・ちっぽくせー:小さい。
  • ぐし・ぐち:~ごと。~を含めて全部。上代上方語の「共(ぐち)」。茨城弁になぜか生きている。ほねぐしくえっと:骨ごと食べられるよ
  • :標準語にもわずかにある接尾語。東北方言に特に顕著な接尾語。①小さなものや子供を示す。あまっこ・おんなこ・おんなっこ・むすめっこ:女の子。②愛称。よめっこ:嫁。③場所を表す。すまっこ:隅。④体言等が約されているもの。ひざっこ:膝っ小僧。⑤意味を持たない接尾語。きれっこ:布切れ。ぜにっこ:銭。あなこ・あなっこ:穴。
  • だ・た:指示の連体詞の語尾の「な」に当たるが国語辞書には単独での定義は無い。助動詞の「だ」の連体形は「な」だが、標準語には「それだのに」のような変則的な言葉も残る。一方文語形容動詞にはカリ・タリ・ナリ活用があるように、標準語の「な」と「た」はかつて二手に分かれていたが、その後「な」に移行し、茨城では「た」に移行したと考えられる。いずれも連体形の「なる」「たる」の変化したものと考えられるが、「な」と「た」の大系的な関係は一般の国語辞書からは読み取れない。こーた:こんな。あーた:あんな。どーた:どんな。
  • ちょ:「処・所」の意味と考えられる。標準語にもある表現だが茨城では多用する。
  • て・てー・てーら(てーの複数形):~(の)人。~(の)人(達)。「おらいんてー」(家の人)、「わけーてーら」(若い衆)などと言う。
  • ぱだ・ぱた・ぺだ・ぺた:~端。~の表面。「べた・ぺた」は標準語で「尻臀」があるが、茨城では多用する。
  • ぱな:~端(はな)。
  • みっち・みっちー・みっちょ:~みたい。
  • :動物や昆虫等の呼称につける接尾語。
  • ぼ・ぼー・ぽ・ぽー:人の性(さが)を示す接尾語。「坊・法師」。
  • ぽい:体言・動詞の連用形に付いて形容詞を作る。茨城では標準語に比べ使用範囲が遥かに広い。まるっぽい:丸い。ふとっぽい:太い。かぐっぽい・かくっぽい:四角っぽい。
  • ぼったい:標準語にもある表現だが接尾語としては定義されていない。あおぼったい:青っぽい。ほそぼったい:細い。ぬるぼったい:温い。やせぼったい:やせている。
  • ら・り:~と。~て。標準語の副詞を形成する接尾語に当たる。茨城方言では使用範囲が広く、「り」も「ら」もほぼ同じ意味で同じ言葉に等しく使われる。状態を示す際に使用。主に擬音語の後につける。どすーり:どすんと。

接続詞

  • そんだがら:だから。
  • そんだけんと:そうだけれど。
  • そんで:それで。
  • ほんだがら:だから。そうだから。
  • ほんで:それで。
  • んだが:だが。
  • んだがら:だから。そうだから。
  • んだけんと:だけれど。

代表的成句及び語法表現

  • あっと・あっど:有るぞ。
  • いぐべ・いんべ:行こう。茨城弁の独特な言い回しだが、出先から帰る際にも使用する。んじゃぁ、いってみっから:それじゃ、帰りますので。
  • きーだ:①(身や心に)利いた。②困った。
  • こでらんね・こでらんねー:①うれしくてしょうがない。②美味くてしょうがない。③たまらない。
  • ~ごど・~こと:~の事を。おら、おめごどきれーだ:俺はお前の事が嫌いだ。
  • ~しないちった・~しないちゃった・~しねーちった・~しねーちゃった:しないでしまった。
  • しゃーんめ・しゃーんめー:しょうがないだろう。
  • しんちった:死んでしまった。「死んじゃった」。
  • しんちまう・しんちまー:死んでしまう。「死んじゃう」。
  • しんちゃった:死んでしまった。「死んじゃった」。
  • そーたの:そんなもの。そんなの。
  • だっくれ・たっくれ:~(し)たなら。~(し)たらば。二つのルーツが考えられる方言。古語に由来する「~したりければ」、「~した位」の意味。
  • だんだ:誰だ。「だんじゃ」とも言う地域がある。
  • だんに:誰に。
  • ち・ちー:~という。
  • ちー・~ちぇ・~ちぇー:~(し)てしまえ。~(し)ちゃえ。
  • ちった:~(して)しまった。~ちゃった。
  • ちった:~(して)しまった。~ちゃった。
  • ちのに・ちーのに:~というのに。やだっちのに:嫌だと言うのに。
  • ちば:~というのに。~てば。
  • ちゃ・ちゃー:~とは。あしたいぐっちゃなんでだ:明日行くとは、どうしてだい。「ちゃあ」。
  • ちゃった:~(し)ちゃった。標準口語では、撥音便を伴う場合は「~じゃった」となるが、茨城弁では全て「ちゃった」となる。「しんちゃった」などと言う。
  • ちゅよ・ちゅーよ・ちよ・ちーよ:~(だって)よ。~(だ)そうだよ。
  • ちめ・ちめー:~(し)てしまえ。~ちまえ。しんちめ:死んでしまえ。
  • ちる・ちぇる:~(し)ている。「~てる」。
  • ちろ・ちぇろ:~(し)ていろ。「~てろ」。
  • ちんだ:~と言うのだ。「~てんだ」。
  • ちんで:~と言うので。「~てんで」。
  • っちゃった:~(して)しまった。~ちゃった。「たべっちゃった」などと言う。
  • ていめ・ていめー・てめ・てめー:~(し)ていないだろう。「~(し)ていまい」。
  • どーしにいく:一緒に行く。
  • なじして・なして・なじょして・なちて:どうして。
  • なしたー・なじったー・なじょったー・なちたー。どうした。
  • なじに・なじょに・なじょーに:どのように。
  • なじにも・なじょにも・なじょーにも:どうにも。
  • なじにもかじにも:なじょにもかじょにもどうにもこうにも。
  • なんちけ:何だって。何て言っていた。なんちけあれ:何と言うんだっけ、あれは。なんちけやざ:何て言っていた。あいつは。
  • はぐる・はごる:~(し)損なう。「逸る」は死語に近い標準語。
  • みたぐ・みたく:~みたいに。清音形は、近年都心の若人が使うようになってきている。「みたい」を形容詞として扱って、その連用形として使っていると考えられる。類似の語法に動詞の「違う」を形容詞として扱い、その連用形としての「ちがくなる」(間違える)がある。
  • やーべ:行こう。もともとは「あい行かん」の意味の「あいいぐべ」と考えられる。
  • やらっしょ・やらっしょー・やらっせ:おやりなさい。
  • やんだねーど:遣るんじゃないぞ。
  • らっしょ・らっせ:~なさい。
  • んだ:そうだ。
  • んだしけ・んだすけ・んだちけ:そうだって。だそうだ。
  • んだぺちか:そうだろうか。古語の「べし」には確実な推量を示す語法が有る。「べし」の反語。茨城方言の著名書には無く、かなり古い表現と思われる。

関連項目

外部リンク

県内全域
県内各地域

参考資料等

全国方言等

  • 俗語考:橘守部:天保12年(1830)
  • 物類称呼:越谷吾山:安政4年(1857)
  • 俚言集覧:近藤圭造:明治32年(1899)
  • 方言学概論:橘正一:昭和11年(1936)
  • 日本言語地図:国立国語研究所:昭和41年-49年(1966-1974)
  • 日本方言辞典:日東書院:昭和58年(1983)
  • 日本方言大辞典:小学館:平成1年(1989)
  • 方言文法全国地図:国立国語研究所:平成1年-18年(1989-2006)

東西方言比較

  • 浪花聞書:江戸後期

他県の方言

  • 千葉県印旛郡方言訛語(1):大正11年(1922)。
  • 香取郡誌:明治33年に発刊された千葉県香取郡の地誌。
  • 河内郡方言集:明治36年(1903):栃木県河内郡私立教育会。
  • 東京方言集:1976年:国書刊行会。
  • 分類神奈川県方言辞典(I-IV/2003.2005.2006.2007):神奈川県立歴史博物館。
  • 八丈島の言語調査:1950年:国立国語研究所。

県内全域

  • 新編常陸国誌:明治32年(1899)
  • 茨城方言集覧:茨城教育協会:明治37年(1904)
  • 茨城県産魚類の方言について:県立那珂湊水産高等学校:第1報・第2報:昭和38・39・40年(1963/1964/1965)
  • ふるさとのことばと唄:外山善八:昭和41年(1966)
  • なんだんべぇ歳時記:横山俊珠:昭和61年(1986)
  • 常磐沿線ことば風土記:伊藤晃.崙書房:昭和56年(1981)
  • 茨城のことば 上 :遠藤忠男. 筑波書林:昭和58年(1983)
  • 茨城のことば 下 :遠藤忠男. 筑波書林:昭和59年(1984)
  • 茨城弁今昔:根本亮.崙書房出版:昭和62年(1987)
  • 茨城方言民俗語辞典:赤城毅彦. 東京堂出版:平成3年(1991)
  • 方言事典:山形巍[他].北茨城民俗学会:平成15年(2003)
  • 茨城弁よかっぺ教室:茨城放送の番組:全122回終了。茨城大学の川嶋秀之助教授が解説する茨城弁の番組。他県の方言との比較や語源などが丁寧に解説されている。ポッドキャスト番組。
  • とことん茨城:茨城放送の番組:茨城県内の地名を書いたクジを無作為に選び、その土地の現地取材によって名産を紹介する番組。現代の茨城弁をそのまま楽しめる。放送継続中。ポッドキャスト番組。

県内各地域

  • (水戸弁)水戸地方の方言資料. 第1/外山善八,金沢直人. 茨城民俗学会, 1966. --(茨城民俗資料;2)
  • (水戸弁)水戸市の動植物方言/更科公護/昭和61年(1986)
  • (石岡弁)石岡誌:明治44年(1911):石岡市の地誌。
  • (土浦弁)土浦市史 民俗編 /土浦市史編纂委員会.1980.
  • (土浦弁)土浦の方言/土浦市文化財愛護の会. -- 土浦市教育委員会, 1997.8
  • (土浦弁) 続土浦の方言/土浦市文化財愛護の会. -- 土浦市教育委員会, 2004.2
  • (牛久弁)牛久ことば/木村有見/平成7年(1995)
  • (常総弁)水海道方言の四つの斜格/佐々木冠. 「一般言語学論叢第2号」(1999)
  • (常総弁)水海道方言における格と文法関係/佐々木冠. -- くろしお出版, 2004.3
  • (神栖弁)波崎のことば/波崎町文化財保護審議会. -- 波崎町教育委員会, 1990.3

学術研究書

  • シリーズ方言学2:方言学の文法:岩波書店。
  • シリーズ方言学4:方言学の技法:岩波書店。
  • 水海道方言の4つの斜格:筑波大学:佐々木冠:1995/1999改定公開。

所論

  • なんだんべぇ歳時記 / 横山俊珠・横山静子. -- 川又書店, 1986.9

茨城弁が描かれた小説等

  • 月見の夕(長塚節、明治36年)
  • 土浦の川口(長塚節、明治37年)
  • 利根川の一夜(長塚節、明治37年)
  • 才丸行き(長塚節、明治38年)
  • 芋掘り(長塚節、明治42年)
  • 太十と其犬(長塚節)
  • 栗毛虫(長塚節)
  • 土(長塚節、明治45年)
  • 宣伝:戯曲大関柊郎、大正11年)
  • 泥の雨(下村千秋、大正8年)
  • ねぐら(下村千秋、大正12年)
  • 旱天實景(下村千秋、大正15年)
  • 五位鷺:戯曲(小泉卓、大正15年)
  • 彼岸前:戯曲(小泉卓)
  • 田舎の新春(横瀬夜雨、昭和9年)

  茨城弁が使われるアニメーション

  • 47都道府犬 - 声優バラエティー SAY!YOU!SAY!ME!内で放映された短編アニメ。郷土の名産をモチーフにした犬たちが登場する。茨城県は、納豆がモチーフの茨城犬として登場。『このネバネバがいつか世界を救うっぺぇ。』など話す。声優は、茨城県出身の飛田展男