水素イオン指数
酸と塩基 |
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水素イオン指数(すいそイオンしすう)、水素イオン濃度指数(すいそイオンのうどしすう)またはpH(ピーエイチ、ペーハー)とは、水素イオンの濃度を表す物理量である。pHは物理量の名称としても、物理量の記号としても用いられる[1]。pH値が小さいほど水素イオン濃度が高くなり、pHが1違うと水素イオン濃度が10倍違うこととなる。
pHの読みは「ピーエイチ」(英語読み)、または「ペーハー」(ドイツ語読み)である。日本では1957年(昭和32年)にpHのJISを制定する際に読みが「ピーエイチ」と定められ、現在の法令[2]およびJIS[3]では「ピーエッチ」と定められている。
pHの由来は『新和英中辞典』[4]や『ジーニアス英和辞典』[5]によると英語potential of hydrogen、『新英和中辞典』[6]によるとフランス語pouvoir Hydrogène (英語の power of hydrogenに相当、ただしフランス語では『ディコ仏語辞典』[7]によればpotentiel d'Hydrogèneの略)、『オックスフォード英英辞典』[8]によるとドイツ語 Potenz Hである。ラテン語pondus hydrogeniiに由来するという説明もある。
概説
水素イオン指数とは、水素イオンの濃度を表す物理量である。その濃度を、mol/Lまたはmol/dm3単位で表した水素イオンのモル濃度の数値の逆数の常用対数で示したものである。
通常の場合は、水溶液中での値を指し、1 atm・25 ℃の状態においてpH = 7が中性で、pHが7よりも小さくなればなるほど酸性が強く、逆にpHが7よりも大きくなればなるほどアルカリ性が強い[9]。一般的な水溶液ではpHはおおむね0~14程度の範囲にある、と考えてよい(ただし、高濃度の溶液の場合、若干例外的なことが起きうる)。
簡単に言うと、物質の酸性・アルカリ性の度合いを示すための指標として考案されたものである。1909年にデンマークの生化学者セレン・セーレンセンにより提唱された。(その後、1924年に定義が改訂され、)現在ではモル濃度のかわりに「活動度」(活量)を用いて定義されているが[9]、モル濃度による指数と活動度による指数の差は通常0.1以下[9]なので、実用上はほぼ同一視して良い。
定義
水素イオン指数pHは水素イオン(H+)の活量 を用いて次式により定義される[10]。
希薄水溶液中においては、水素イオン活量はmol/Lまたはmol/dm3単位で表した水素イオン濃度 [H+] の数値にほぼ等しいと近似される。特に、水溶液が、酸性条件であり、かつ、pHの値が水の電離の影響が支配的な中性(pHが7付近)から充分離れている場合に限れば、以下の式で水素イオン濃度指数を求めることが出来る。
酸性の場合、水素イオン活量が「水酸化物イオン活量」より大きくなり、中性の場合は水素イオン活量と水酸化物イオン活量とが等しくなり、そしてアルカリ性の場合は水素イオン活量より水酸化物イオン活量が大きくなる。
水素イオン指数pHと同様にして、水酸化物イオン指数: pOHが、以下の式で定義される。
希薄水溶液中においては、水酸化物イオン活量もmol/Lまたはmol/dm3単位で表した水酸化物イオン濃度 [OH−] の数値にほぼ等しいと近似される。特に、水溶液が塩基性であり、pHの値が水の電離の影響が支配的な中性(pHが7付近)から充分離れている場合に限れば、水酸化物イオン指数を、以下の式で近似することが出来る。
水素イオン濃度 [H+] と水酸化物イオン濃度 [OH−] の積(水のイオン積)は1 atm・25 ℃でほぼ 1 × 10−14 (mol dm−3)² (実際の測定値は1.008 × 10−14 (mol dm−3)²)で一定なので、次式の関係が成り立つ。
25 ℃の純水の場合ほぼpH = 7(中性)となる。中性を境にpH < 7の場合を酸性、pH > 7の場合を塩基性(アルカリ性)と呼ぶ。
変域
pHの変域が特に存在するわけではない。
一方で、日本の高等学校の教科書などではpHが0~14の範囲で図表が掲げられ、水溶液のpHはほぼその範囲で変わると記述されている[11]。
また水溶液のガラス電極によるpH測定において、信頼性の高い値が得られるのはおよそpH = 1~12の範囲内、イオン強度は0.1以下である。まず濃厚な酸の水溶液をガラス電極により測定する場合、ガラス電極表面の膨潤および陰イオンの吸着などが影響し、酸誤差が生じる。次に濃厚な塩基水溶液の場合はガラス電極表面への陽イオンの吸着などの影響によりアルカリ誤差を生じ、これは陽イオンのイオン半径が小さいほど大きい傾向がある[12]。
しかし、濃厚な強酸、強塩基水溶液あるいは超酸、超塩基ではpHの値がマイナスの値となる場合や、14を超える場合が存在する。この場合、pHやpOHではあまり意味をなさないため酸度関数によって表現するのが一般的である。
応用
pHを求める応用例として、弱酸溶液のpHを酸解離定数を使って求めることができる。弱酸は、溶液中では一部しか電離しておらず、平衡状態にある。今、弱酸が
で電離している時、酸解離定数Kaは、
と表すことができる。ここで、酸の初期濃度をc、電離度をαとすると、平衡時には表のような濃度になる。
HA | H+ | A- | |
---|---|---|---|
初期濃度(mol/L) | c | 0 | 0 |
平衡後の存在比 | 1-α | α | α |
平衡後の濃度(mol/L) | c(1-α) | cα | cα |
従って、酸解離定数Kaは、
ここで、α≒0であるため、1-α≒1とすると、Ka = cα2となるため、水素イオン濃度[H+]は、
したがって、溶液のpHは、
測定法
以下の方法よりpHを測定できる。
リトマス紙
単に酸性、中性またはアルカリ性かのみを確認する場合、リトマス紙を用いる。
pH指示薬(pHインジケーター)
液タイプとテープ(紙帯)タイプがある。
- 液タイプ
- 必要に応じ、試験管などに分取した液に指示薬を加え、判定する。通常、指示薬の一覧にあるような色素が用いられ、市販されており、それぞれ色が異なる。複数試すことで、液のpHがおおむねいくつかを判断することができる。
- pH試験紙
- 一般的には指示薬を紙(紙の帯)に染み込ませ乾燥させたものが販売されている。調べたい液にインジケーターの紙を浸す。すると液のpHに応じて色が変化し、変化後の色と参照表上の様々な色を見比べてほぼ一致する色をみつけ、その色に対応する数値を読み取る。一般的には一種類の紙で済ますが、なかには複数(2 - 4種類程度)の小さな試験紙によるものもあり、このタイプではそれぞれの色の組み合わせによりpHを読み取ることができる仕組みになっている。
水素電極
水素電極(白金黒水素電極など)は白金板の表面が微粒子の白金黒で覆われたもので、105 Paの純粋な水素ガスを通じながら使用する。
その電極反応は以下の通りで、ネルンストの式によりpHと電極電位との間には以下の関係が成立し、水素イオン活量と電極電位には直線関係がある。
- 2H+ (aq) + 2e− = H2 (g), E°= 0 V
参照電極(照合電極、reference electrode)としては銀-塩化銀電極あるいはカロメル電極などが用いられ、それらと水素電極との電位差をpHに換算する。
pH計
pH電極(ガラス電極など)を接続したpH計を使用し、電気的に測定することができる(pHメーター)。
電極内部にpH一定の緩衝溶液が封入され、ガラス膜の内部および測定溶液に接触する外部にそれぞれ水素イオンが吸着し電位差を生ずる。ガラス電極と参照電極との電位差をpHに換算する。
- 内部電極 | 内部液 | ガラス膜 | 試料溶液 | 外部照合電極
操作的定義
水素イオン指数は前述したように水素イオンの活量で定義されるが、電気化学的に測定されるものは陽イオンおよび陰イオンの活量の積であり、単独イオンの活量を直接測定することは不可能である。このため単独イオンの活量で定義される厳密な意味でのpHは測定が不可能であることになる。
そこで実験的にpHを測定するためには、デバイ-ヒュッケルの式などから推定される活量に基いて仮定される操作的な定義が必要となる。そこでJIS規格では15 ℃における0.05 mol/Lのフタル酸水素カリウム水溶液のpHを4と定義している[12]。
また米国のアメリカ国立標準技術研究所 (NBS) では以下のように一次標準溶液を定義している[12][13][14]。一次標準物質には緩衝溶液としての作用が強く、再結晶などにより純品が得やすいものが選定されている。
- 酒石酸塩標準溶液:25 ℃における酒石酸水素カリウムの飽和水溶液
- フタル酸塩標準溶液:フタル酸水素カリウム0.05 mol kg−1 水溶液
- リン酸塩標準溶液(1):リン酸二水素カリウム0.025 molおよびリン酸水素二ナトリウム0.025 molを水1 kgに溶解
- リン酸塩標準溶液(2):リン酸二水素カリウム 0.08695 molおよびリン酸水素二ナトリウム 0.03043 molを水1 kgに溶解
- ホウ酸塩標準溶液:四ホウ酸ナトリウム十水和物(ホウ砂)0.01 molを水1 kgに溶解
温度/℃ | 酒石酸塩 | フタル酸塩 | リン酸塩(1) | リン酸塩(2) | ホウ酸塩 |
---|---|---|---|---|---|
0 | 4.003 | 6.984 | 7.534 | 9.464 | |
5 | 3.999 | 6.951 | 7.500 | 9.395 | |
10 | 3.998 | 6.923 | 7.472 | 9.332 | |
15 | 3.999 | 6.900 | 7.448 | 9.276 | |
20 | 4.002 | 6.881 | 7.429 | 9.225 | |
25 | 3.557 | 4.008 | 6.865 | 7.418 | 9.180 |
30 | 3.552 | 4.015 | 6.853 | 7.400 | 9.139 |
35 | 3.549 | 4.024 | 6.844 | 7.389 | 9.102 |
38 | 3.548 | 4.030 | 6.840 | 7.384 | 9.081 |
40 | 3.547 | 4.035 | 6.838 | 7.380 | 9.068 |
45 | 3.547 | 4.047 | 6.834 | 7.373 | 9.038 |
50 | 3.549 | 4.060 | 6.833 | 7.367 | 9.011 |
55 | 3.554 | 4.075 | 6.834 | 8.985 | |
60 | 3.560 | 4.091 | 6.836 | 8.962 | |
65 | 4.108 | 6.840 | 8.942 | ||
70 | 3.580 | 4.126 | 6.845 | 8.921 | |
75 | 4.145 | 6.852 | 8.903 | ||
80 | 3.609 | 4.164 | 6.859 | 8.885 | |
85 | 4.184 | 6.868 | 8.867 | ||
90 | 3.650 | 4.205 | 6.877 | 8.850 | |
95 | 3.674 | 4.227 | 6.886 | 8.833 |
試料測定前にこれらの一次標準溶液を用いて pHメーターの校正を行う。校正は中性付近のリン酸塩標準溶液および酸性側のフタル酸塩標準溶液または塩基性側のホウ酸塩標準溶液を用いて2点、あるいは3点で行う。
脚注
- ^ J.G.Frey, H.L.Strauss著、独立行政法人 産業技術総合研究所 計量標準センター訳、『物理化学で用いられる量・単位・記号 第3版』、講談社サイエンティフィク、2009年 [ISBN 978-4-06-154359-1]、p.84またはオンライン
- ^ 計量法および計量単位令
- ^ 日本工業規格 JIS Z 8802 pH測定方法(1984年改正)
- ^ Martin Dollick, David P. Dutcher, 田辺宗一, 金子稔『新和英中辞典』(第5版)研究社、2002年9月、1524頁。ISBN 9784767420585。
- ^ 小西友七・南出康世『ジーニアス英和辞典 第4版』(第4版)大修館書店、2006年12月20日、1447頁。ISBN 9784469041705。
- ^ 竹林滋・東信行・諏訪部仁・市川泰男 編『新英和中辞典』(第7版)研究社、2010年12月、1349頁。ISBN 9784767410784。
- ^ 山田𣝣・宮原信 監修『ディコ仏語辞典』(第1版)白水社、2003年3月10日、1154頁。ISBN 9784560000380。
- ^ “pH”. Oxford Dictionaries. オックスフォード大学出版局. 2016年2月2日閲覧。
- ^ a b c 広辞苑【pH】
- ^ Covington, A. K.; Bates, R. G.; Durst, R. A. (1985). “Definitions of pH scales, standard reference values, measurement of pH, and related terminology”. Pure Appl. Chem. 57 (3): 531–542. doi:10.1351/pac198557030531 .
- ^ 渡辺 正ほか『新版 化学I』大日本図書
- ^ a b c 吉村壽人, 松下寛, 森本武利 共著 『pHの理論と測定法』 丸善、1968年
- ^ 日本化学会編 『改訂4版 化学便覧 基礎編』丸善
- ^ 田村英雄・松田好晴 共著『現代電気化学』培風館、1978年
関連項目
外部リンク
- pH (英語) - Encyclopedia of Earth「水素イオン指数」の項目。