ハイパーボリア (クトゥルフ神話)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Coptic Light (会話 | 投稿記録) による 2016年4月1日 (金) 13:27個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

ハイパーボリア(Hyperborea)は、クトゥルフ神話に登場する架空の地名。ヒュペルボレオスヒュペルボリアヒューペルボリアハイパーボレアなどと表記されることもある。

概要

主にクラーク・アシュトン・スミスの諸作品に登場する地で、北極海と北大西洋の間のグリーンランド近辺にあったとされる[1]大陸である。今日のグリーンランドそのものであるという解釈もある。

この大陸は、文明の栄えた都市が存在した一方、アブホースツァトゥグァといった暗黒に潜む神々や多くの恐るべき生物が生息していたと言われている。しかし、氷河期の訪れとともに、この大陸は人の住まぬ地となり、住人達はムー大陸アトランティスに移り住んだという。

この設定は当初、スミスがパルプ・マガジンの同僚作家、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトロバート・E・ハワードの作品等を参考にして独自に築いたものであった。しかし、作品の刊行以前に書簡でこれを受け取ったラヴクラフトはスミスへの返信でこの設定を激賞、更にはこの世界に登場する神格、ツァトゥグァを借りて自身のクトゥルフ神話小説に登場させた[2]。スミスはそのためその後、このハイパーボリア世界にラヴクラフト的要素をより積極的に取り入れていく。よってこの世界は先史時代版のコズミック・ホラーともいえる性格を持つこととなった。ロバート・E・ハワードも早い段階から自作において固有名詞を借りている。

地理

コモリオム (Commoriom)

ハイパーボリアの首都。かつてこの地に住む人間により築かれた、もっとも栄えた都市で、大きな外壁や純白の尖塔が立ち並び、「大理石と御影石の王冠」とも形容され、その繁栄をほしいままにしていた。アトランティスやムー大陸から貢物が献上され、北方の半島ムー・トゥーランから南方のツチョ・ヴァルパノミにまで至る広い地域から多くの交易商人たちが訪れていたという。

この都市は王が支配し、また行政や裁判制度も整った高度な文明が存在していた。しかし、ヴーアミ族出身の無法者クニガティン・ザウムが、3度の斬首刑を受けながら3度とも復活を果たし、またほのめかされていたツァトゥグァとの血の繋がりを証明するかのように悍ましい姿を現したことにより、住民は全て逃げ去り、コモリオムは廃都となった[3]

コモリオムが廃棄された後、この地から丸1日かかる場所に新たにウズルダロウム(Uzuldaroum)という首都が建設された。コモリオムが無人の地となってから数百年を経て、都市が放棄された理由は次第に忘れ去られていった。この都市に残された財宝を狙ってやって来た盗賊が、ツァトゥグァの神殿に潜んでいた不定形の怪物に襲われたという手記が残されている[4]

ヴーアミタドレス山 (Mount Voormithadreth)

首都コモリオムから、徒歩で1日かかる距離にあるエイグロフ山脈の中でもっとも高い山がヴーアミタドレス山である。この山には4つの火口があるが、活動を停止した休火山となっている。この山にはその名の由来となったヴーアミ族という凶暴な野蛮人が住み着いている。山頂で妖しい儀式を執り行っている妖術師の姿を見たという者もいるが定かではない。

この山の地下洞窟にはツァトゥグァが潜んでおり、この地の人間がツァトゥグア崇拝の儀式を行うに際して、崇拝者たちは常にヴーアミタドレス山の方向に体を向けていた。それ以外にもアトラク=ナクアが巣を作り続け、さらにその地下深くにある粘液で満たされた湾では、宇宙の不浄すべての母にして父であるアブホースが、いとわしい分裂を永久に行っている。アトラク=ナクアの巣の近くには、妖術師ハオン=ドルが館を築き、その下の暗い階層には高度な知性と文明を有する蛇人間の集落がある。他にも人類の始祖と称するアルケタイプが生息している[5]

ムー・トゥーラン (Mhu Thulan)

ハイパーボリア大陸の最北端にある半島。この地は現在のグリーンランドとほぼ同じ位置にあったとされている。この半島には、ウボ=サスラが護る神々の智慧が記された銘板から知識を得ようとした魔術師ゾン・メザマレックや[1]、『エイボンの書』の著者である魔道士エイボンが住んでいた。

その昔、この地で、ツァトゥグァを信仰する魔道士エイボンと、ヘラジカの女神イホウンデーの神官達との間に諍いが生じた。イホウンデーの神官モルギは、エイボンを捕らえ宗教裁判にかけようとするが、それをいち早く察知したエイボンは、ツァトゥグァから託された金属板を利用してサイクラーノシュ(土星)へと逃走。それを追ったモルギともども2度とハイパーボリアの地に帰ってくることはなかったが、この事件は「エイボンがツァトゥグァから学びとった強力な魔法の力で脱出し、そのうえ神官モルギをも連れ去ったのだ」と世間では信じられていく。これにより、イホウンデーへの信仰は衰退し、氷河期によって大陸の文明が滅びるまでの1世紀の間、ムー・トゥーランではツァトゥグァを信仰する者たちの礼拝が盛んになった[6]

大陸を襲った氷河期により、ハイパーボリアの北にあるムー・トゥーランがまず氷河に覆われ始めた。しかし、この地の氷結は明らかに超自然によるものであった。氷に閉ざされたムー・トゥーランに軍を率いて遠征した王は、随行した魔術師に擬似太陽を魔術で生み出させ氷を溶かしたが、やがて発生した霧により陽光は遮られ、王と魔術師は軍勢の大半とともにその場で氷に閉じ込められ息絶えたと、わずかに生き残った兵士が証言している[7]

その他

コモリオムの都市の南方、湿地帯の密林を横切り、名も無き様々な川を進み続けた先に、伝説の王国ツチョ・ヴァルパノミがあったといわれる。そこには沸きたつ瀝青の湖があり、金剛石の砂と紅玉の小石でできた浜辺に火花を発する大洋が炎の泡を放って押し寄せていたという[4][8]

出典

脚注

  1. ^ a b 『ウボ=サスラ』(Ubbo-Sathla)
  2. ^ ツァトゥグァの初出はスミス作「The Tale of Satampra Zeiros」(英語版)、この作品は1929年執筆、1931年発表。ラヴクラフトは1929年12月にZelia Reed (Zelia Bishop)のために添削/ゴーストライトした「The Mound」にツァトゥグァを登場させている。また、1930年2月より発表の「The Whisperer in Darkness」 (「闇に囁くもの」)でも言及している。
  3. ^ 『アタマウスの遺言』(The Testament of Athammaus)
  4. ^ a b 『サタムプラ・ゼイロスの物語』(The Tale of Satampra Zeiros)
  5. ^ 『七つの呪い』(The Seven Geases)
  6. ^ 『魔道士エイボン』(The Door to Saturn)
  7. ^ 『氷の魔物』(The Ice-Demon)
  8. ^ 『皓白の巫女』(The White Sybil)