セルジオ・リンランド

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セルジオ・リンランド英語: Sergio Rinland1952年3月17日 - )[1]は、アルゼンチン出身のエンジニア。現在は、自動車工学および管理コンサルティング会社のAstauto Ltdのオーナー兼マネージングディレクターを務めている。

初期の経歴

ブエノスアイレス出身。アルゼンチンのスール大学で機械工学を学び1978年に卒業。アルゼンチンのF2選手権で2年間働いた後、1980年にイングランドに移り、フォーミュラフォードコンストラクターであるPRSのデザイナーとしてフォーミュラフォード1600とフォーミュラフォード2000の車を設計した。1982・1983年のシーズンにおいて、彼が設計した車両はイギリス、ヨーロッパ、アメリカで成功を収めた。

F1へ

短期間ラルトで勤務後、1983年RAM F1チームに加入。デイヴ・ケリーやグスタフ・ブルナーと共にRAMの自製マシンの開発を進めた。1986年ウィリアムズに移り、パトリック・ヘッドの下でFW11の設計に携わった。

ブラバム、ダラーラ在籍期

1987年ブラバムに移籍し、デイビッド・ノースとジョン・ボールドウィンと共にBT56を設計するも、ブラバムは1988年シーズンの参戦を休止。そのためダラーラに移籍し、この年からF1に参戦したBMSスクーデリア・イタリアBMS188を設計した。ブラバムは1989年にF1に復帰し、同時にリンランドもチーフデザイナーとして戻りBT58BT59、画期的なデザインの[2]BT60を設計した。

アスタウトを設立

1991年にブラバムを退社すると、イギリスのトルワースに自身のデザイン会社であるアスタウトを設立。アスタウトはフォンドメタル とF1カーを設計および製造する契約を結ぶ。 この車は、フォンドメタル・GR02と名付けられ、非常に革新的なデザインとしてプレスから高く評価された[3][4]が、1992年にわずかなレースを戦ったのみで、財政難のためにチームは撤退した。

フォンドメタル撤退後は、ダン・ガーニー率いるオール・アメリカン・レーサーズにおいてトヨタエンジンを搭載した独自シャシーでのCART参戦に向けた調査を行っていた。

1995年にヨーロッパに戻り、新規参戦チームのフォルティで一時的に働いた後、1995年の残りの期間、ケケ・ロズベルグによってオペルのドイツツーリングカー選手権プロジェクトに雇われた。

再評価

1996年から1999年にかけて、リンランドはベネトンで働いていたが、1999年末、ザウバーにヘッドハンティングされてチーフデザイナーを務め、C19、さらにはザウバーで最も成功したF1カーとされるC20を設計した。これらの車は手堅くも随所に革新的なデザインを特徴としており、最も顕著な「ツインキール」フロントサスペンションは、2002年にはマクラーレンアロウズも追随するに至った。

アロウズに移籍

2001年9月、アロウズにチーフデザイナーとして移籍するも、1年後にチームは財政難で消滅。

アロウズ消滅後

アロウズ消滅後、コンサルタント会社Astauto Ltdを立ち上げることを決め、オーストリアのF1サプライヤーや、IRLレッドブル・チーバー・レーシングGP2コローニやトライデントレーシング、2006年と2007年のル・マン24時間レースル・マン・シリーズに参戦したチーム・モデナなどのレース参戦に携わった。2006年には、ロンドンのキングストン大学でMBAの学位も取得した。

2007年12月から2011年1月まで、スペインのエプシロン・エウスカディのエンジニアリングディレクターを務め、さらにヨーロッパと米国でコンサルタント会社を経営していた。エプシロン・エウスカディでは、2008年のル・マン24時間レース参戦プロジェクトをはじめ、その他のレースプロジェクトおよび非レースプロジェクトの責任者も務めていた。

最近の活動

2011年2月以降は、コンサルタント会社であるAstauto Ltdをヨーロッパ、アメリカ、南アメリカで運営している。

最近では、オックスフォードブルックス大学で、AVL VSMラップタイムシミュレーションソフトウェアで学生のスキルアップに携わっており、また、オックスフォードブルックス大学の学生レーシングフォーミュラチームと協力して正確なラップタイムシミュレーションモデルの開発を支援している。

脚注

  1. ^ Sergio Rinland”. oldracingcars.com. 2012年6月25日閲覧。
  2. ^ Car Graphic, Japan, 12/1992
  3. ^ Autosprint Nr 24, Italy, 1992
  4. ^ Racecar Engineering Nr11 Nov 1992

参考文献

  • Grandprix.comの経歴 、2006年12月7日取得。