サリドマイド
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IUPAC命名法による物質名 | |
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臨床データ | |
胎児危険度分類 | |
法的規制 |
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投与経路 | 経口 |
薬物動態データ | |
血漿タンパク結合 | 55% and 66% for the (+)-R and (–)-S enantiomers, respectively |
半減期 | mean ranges from approximately 5 to 7 hours following a single dose; not altered with multiple doses |
識別 | |
CAS番号 | 50-35-1 |
ATCコード | L04AX02 (WHO) |
PubChem | CID: 5426 |
DrugBank | APRD01251 |
KEGG | D00754 |
化学的データ | |
化学式 | C13H10N2O4 |
分子量 | 258.23 g/mol |
サリドマイド (thalidomide) とは1957年にグリュネンタール社から発売された睡眠薬の名称である。副作用により多くの奇形児が誕生して大きな社会問題となり、販売中止となった。しかしサリドマイドは催眠作用以外にも様々な薬理作用を持つことがわかって見直しの声が高まり、現在はアメリカ合衆国等でハンセン病治療薬として、また多発性骨髄腫治療薬などとしても販売が再開されている。
生体に対する作用
もともとはてんかん患者の抗てんかん薬として開発されたが、効果は認められなかった。その代わりに催眠性が認められたため、睡眠薬として発売された。しかし、1961年ごろから副作用として四肢の発育不全を引き起こし手足が極端に未発達な状態で出産、発育する(アザラシ肢症)があることが報告され、大きな問題となった(知覚や意識、知能に影響はほとんど見られない)。当初、副作用も少なく安全な薬と宣伝されたことから妊婦のつわりや不眠症の改善のために多用されたことが後の被害者増加につながった。
化学的性質
サリドマイドは一般名であり、化合物名は 3'-(N-フタルイミド)グルタルイミドである。水に溶けにくい針状結晶。無水フタル酸とアミノグルタルイミドの縮合反応により合成できる。分子の中に1箇所不斉炭素を持ち、R体とS体の鏡像異性体が存在する(R体はCAS番号[2614-06-4]、S体はCAS番号[841-67-8])。
光学異性体と薬理作用の関係
市販のサリドマイドは等量のR体とS体が混ざったラセミ体として合成される。開発された当時の技術では分離が難しく、ラセミ体のまま発売された。後にR体は無害であるがS体は非常に高い催奇性をもっており高い頻度で胎児に異常をひき起こすとの報告がなされた。
現在の技術ではR体・S体の分離(光学分割)、および一方のみを選択的に合成(不斉合成)することも可能である。ただし、R体のみを投与しても比較的速やかに(半減期566分)動物体内でラセミ化するという報告がある[1][2]。このため単純にR体が催眠作用のみを持ち、S体が催奇性だけを現すという報告[3]は疑問視されている。
副作用による被害
- 西ドイツ - 被害者3,049人
- 日本 - 被害者309人
- アメリカ
- アメリカでは1960年9月に販売許可の申請があったがFDA(食品医薬品局)の審査官フランシス・ケルシーがその安全性に疑問を抱き審査継続を行ったため、治験段階で数名の被害者を出しただけだった。1962年にケルシーはケネディ大統領から表彰されている。
- その他の国
全世界での被害者は約3,900人、30%が死産だとされているので総数はおよそ5,800人とされている。
現状と問題点
サリドマイドの毒性が確認された後、薬に対しての副作用、安全性、妊婦および胎児への影響の調査が強化された。しかし、深刻な薬害の発生はその後も続いている。また製剤の中には鏡像異性体を持つものも多いため、これについても注意が払われるようになった。
かくして当初の用途で用いられることがなくなったサリドマイドだが、1965年にイスラエルの医師がハンセン病患者に鎮痛剤としてサリドマイドを処方したところハンセン病特有の皮膚症状の改善がみられた。さらに、1989年にがん患者の体力消耗や食欲不振の原因である腫瘍壊死因子α(TNF-α)の阻害作用が発見された。また、サリドマイドには「血管新生阻害作用」があることがわかった。これは胎児に対しては手足の毛細血管の成長をさまたげ奇形を発生させる原因となっている可能性がある。一方、がん組織への毛細血管の成長を阻害する結果、多発性骨髄腫などのがんへの治療効果があることがわかってきた。サリドマイドが奇形を引き起こすのは、胎児の手足の末端の血管新生が阻害されて十分に成長しないためである。現在では、この作用を利用して抗がん剤としての利用が試みられている。がん細胞は急速に分裂増殖するため、血管を引いてきて栄養を補給しようとする。サリドマイドでこの血管新生作用を妨げることで、がん細胞の増殖を抑えようという発想である。
その他サリドマイドはさまざまな疾患に効果があるとされている。以下それを列挙する。
こうした効果が報告されるにつれ、ハンセン病の患者が多いブラジルでは再びサリドマイドがハンセン病治療薬として認可された。また、1998年には米国FDAがハンセン病治療薬として承認している。
ただし、新たな問題も発生しつつある。ブラジルでは貧困層でのハンセン病の罹患が多く、無料でサリドマイドが配られている。薬のパッケージには妊婦の使用を禁止するマーク(ピクトグラム)がついているが、これが中絶する薬と誤解され、誤って服用した妊婦から奇形児が生まれるという悲劇が起きている(これはブラジルの貧困層の識字率が低いことが背景にある)。
このほか世界各国で抗がん剤として臨床試験を行っているが、その結果は必ずしも楽観的ではない(寿命の延長が証明されているものは極めて少ない)。
再評価
日本国内ではメディアによる「一定のがんに効果がある」という報道や海外での血管新生の阻害物質としての利用による研究発表により、サリドマイドが主にブラジル、英国から医師を通して個人輸入されている。しかし個人輸入によりどれだけの量が輸入されたのか把握するのは難しく、患者に処方したサリドマイドの一部が未回収のまま自宅などに残されているという問題がある。これを放置しておけば再び被害が出ないとも限らない。
(特に末期の)がん患者らは、自分たちの命をつなぎとめる薬として厚生労働省にサリドマイドを再承認するように求めている。一方、サリドマイド被害者団体は承認する際に十分な審査と規制を設けるように要請している(承認に反対しているわけではない)。
厚生労働省薬事・食品衛生審議会は2005年1月21日、藤本製薬による申請を受けてサリドマイドを希少疾病用医薬品に指定した。藤本製薬は2005年8月からサリドマイドを多発性骨髄腫の治療薬として、治験を開始すると明らかにした。同社は2006年6月30日に治験を終え、8月8日、厚生労働省に製造販売の承認申請を行った。申請を受けて厚生労働省は、安全管理方策について「サリドマイド被害の再発防止のための安全管理に関する検討会」および医薬品等安全対策部会において検討を行い、2008年9月18日に以下の条件の下でサリドマイドの製造販売を再承認する方針を明らかにした[4]。
- 承認を申請した藤本製薬が、患者・医師・薬剤師を登録し、処方量や服用量を管理する
- 妊娠の可能性のある患者には、処方の前に妊娠の有無を検査する
- 飲み残さず、不要になったら返却する
など。
2008年10月3日、厚生労働省「薬事・食品衛生審議会 薬事分科会」は、「藤本製薬によるサリドマイド製剤の治療薬としての製造販売承認を可として差し支えない」と厚生労働大臣へ答申した[5]。
2008年10月16日、厚生労働省は、多発性骨髄腫の治療薬としてサリドマイドの製造販売を承認した。
催奇形性の解明へ
サリドマイドの催奇形性のメカニズムについては長い間、謎とされてきた。
2010年、東京工業大学の半田宏教授と東北大学の小椋利彦教授らにより、サリドマイドがプロテアーゼの一つ、ユビキチンリガーゼを構成するセレブロン(Cereblon)というタンパク質と結合してその働きを阻害することが発見された[6][7]。その結果、手足の成長を促すタンパク質FGF8が阻害されて奇形を引き起こすと考えられている[1]。
この発見により、サリドマイドの催奇形性及びガンなどの病気への作用の解明や、副作用のない類似薬開発の可能性が期待されている。
著名なサリドマイド被害者
- 荒井貴
- 著書(厳密には著者名は荒井良、家族と思われる)に『貴(たかし)への手紙――サリドマイド児成長の記録』(1970年)。テレビでも紹介された。
- 吉森こずえ
- 国際年の1つ「国際障害者年」の1981年に「NHK特集」で紹介された。料理も足だけでできる。
- 白井のり子
- 2006年3月まで熊本市役所に勤務。現在は講演会等で活躍。ドキュメント映画『典子は、今』が制作された。
- トーマス・クヴァストホフ(Thomas Quasthoff)
- ドイツのバリトン歌手。身長134cm。
- マット・フレイザー(Mat Fraser)
- イギリスのミュージシャン、俳優。
- アルヴィン・ロウ(Alvin Law)
- カナダのラジオキャスター。
- トニー・メレンデス(Tony Meléndez)
- ニカラグア出身のギタリスト。腕が無く、足だけで演奏する。
参考文献
- Rock Brynner, Trent Stephens著『神と悪魔の薬サリドマイド』本間徳子 訳 日経BP社 2001年 ISBN 4-82-224262-5
- ^ B. Knoche, G. Blaschke "Investigations on the in vitro racemization of thalidomide by high-performance liquid chromatography" J. Chromatography A 1994, 666, 235-240.
- ^ Nishimura K, Hashimoto Y, Iwasaki S. "(S)-form of α-methyl-N(α)-phthalimidoglutarimide, but not its (R)-form, enhanced phorbol ester-induced tumor necrosis factor-α production by human leukemia cell HL-60: implication of optical resolution of thalidomidal effects." Chem. Pharm. Bull. 1994 42(5):1157-9. PMID 8069968
- ^ G. Blaschke, H. P. Kraft, K. Fickentscher, F. Kohler. "Chromatographische racemattrennung von thalidomid und teratogene wirkung der enantiomere." Arzneim. -Forsch. 1979, 29, 1640-1642.
- ^ 読売新聞2008年9月19日朝刊
- ^ サリドマイド製剤の薬事分科会における審議結果等について厚生労働省報道発表資料、2008年10月3日
- ^ サリドマイド副作用、関与のたんぱく質発見 東工大など、2010年3月12日8時38分閲覧、asahi.com
- ^ 特集記事:サリドマイドの催寄性のメカニズムを解明、naturejapanjobs、2010年