黄金糖

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株式会社 黄金糖
OGONTOH Co.,Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
558-0033
大阪府大阪市住吉区清水丘3-8-21
設立 1923年1月
業種 食料品
事業内容 飴の製造・販売
代表者 代表取締役社長 加用光生
従業員数 50名
決算期 12月
外部リンク http://www.ogontoh.co.jp/
特記事項:営業本部・工場は奈良県大和郡山市小泉町1255-2に所在する。
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株式会社 黄金糖(おうごんとう)は、大阪府大阪市住吉区に本社を置くを専業とする製菓会社である。1923年創業。

会社概要[編集]

片方がやや細い四角柱形状で琥珀色をした飴で有名な「黄金糖」の製造元として知られる。創業から今日まで「黄金糖」を中心に製造を続けている。

「黄金糖」は発売当初から砂糖水飴のみでの製造を旨とし、奈良県大和郡山市に所在する工場で今日まで生産され続けており、現在は日本だけの流通のみならず、台湾・アメリカ・アジアなどの諸外国にも輸出されている。

地元の関西では、味覚糖から同じく長年にわたって発売されている「純露」と並ぶ知名度を誇り、近鉄線などには時計の横に「レジャーのお供に」という一文を添えられた広告も多く見かけられる。なお一部のサイトでは、紅茶味の「黄金糖」が発売されていたという記述をよく見かけるが、正しくは味覚糖が発売している「純露」に、紅茶味のものが3分の1の割合で入っており、紅茶味の「黄金糖」は一切製造されていない。関東では、「純露」の方が有名だが、地元関西では「黄金糖」が主流で、どちらの飴も高温で溶かした砂糖と水飴を型に流し込む為、独特な形状の飴に仕上がる。その型を製造している業者が、味覚糖に持ち込んだため、後発で「純露」が製造されたものである。

かつては朝日放送制作・テレビ朝日系列全国ネットの番組スポンサーとしてCMも放送された他、毎日放送などでもスポットCMを流していたが、2012年現在『ありがとう浜村淳です』(MBSラジオ)のスポンサーの一社としてCMが放送されている。

沿革[編集]

  • 1919年 - 初代・瀬戸口伊勢松が宮崎県都城市で「金銀糖」で売り出す。
  • 1923年 - 大阪で名前を「黄金糖」と変えて瓶詰め形態にする。現在の黄金糖の形式である「四角柱」もこの時に誕生。大阪府堺市で「瀬戸口商店」創業。
  • 1944年 - 太平洋戦争砂糖が入手困難になり休業。
  • 1945年 - 空襲で堺市の工場が焼失。
  • 1946年 - 黄金糖の生産を再開。
  • 1950年 - 株式会社に改組。「丸十製菓株式会社」設立。
  • 1952年 - 大阪市住吉区清水丘に本社移転。社名を「株式会社瀬戸口製菓所」に変更。
  • 1965年 - 黄金糖の製造工程をオートメーション化。
  • 1967年 - 黄金糖の海外販路拡張のため、大阪税関長から保税工場の認可を受ける。
  • 1976年 - 社名を「株式会社黄金糖」に変更。

事業所[編集]

主な商品[編集]

外部リンク[編集]