造田駅
| 造田駅 | |
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駅舎
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| ぞうだ - Zōda | |
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◄T18 オレンジタウン (2.6km)
(2.1km) 神前 T16►
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| 所在地 | 香川県さぬき市造田野間田698 |
| 駅番号 | ○T17 |
| 所属事業者 | 四国旅客鉄道(JR四国) |
| 所属路線 | ■高徳線 |
| キロ程 | 21.3km(高松起点) |
| 電報略号 | ソタ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
248人/日(降車客含まず) -2011年- |
| 開業年月日 | 1926年(大正15年)3月21日 |
| 備考 | 無人駅 |
造田駅 配線図 |
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造田駅(ぞうだえき)とは、香川県さぬき市造田野間田にある四国旅客鉄道(JR四国)高徳線の駅である。駅番号はT17。
駅名は「ぞうだ」と「た」は濁るが、地名は「ぞうた」と濁らない。
目次 |
駅構造 [編集]
相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、1番のりばが一線スルー。ここで特急列車の行き違いがよく行われる。駅がカーブ上にあることもあって、1番線は列車とホームとの間がかなり広く開いており、駅構内にはその旨注意事項がある。また、隙間の部分に黄色の回転灯が数カ所設置されている。
かつては、造田駅止まりの列車があったが[1]、1998年10月3日のダイヤ改正において同列車は廃止された(三本松駅まで延長運転[2][3])。この列車は車庫等に引き揚げるものではなく、2番のりばに停車し、十数分停車した後、当駅始発の普通列車となり高松へ折り返していた。
駅舎の高松寄りには保線車両留置用の線路及び資材置き場がある。
戦前は桑苗出荷、戦中は軍需輸送や兵士派遣、終戦後は生活物資、特に米の買い付けに来る「ヤミ商人」などで連日混雑を繰り返していたが[4]、今日では住宅街に立地し、朝夕の通勤・通学に利用されている。一方、昼間の利用者数はかなり少ない。JR四国の経費節減のため2010年9月1日より無人化された。
かつては急行「阿波」が短期間ではあったが停車していた。[4][5][6]
利用状況 [編集]
1日平均の乗車人員は以下の通り。
| 乗車人員推移 | |
|---|---|
| 年度 | 1日平均人数 |
| 2008 | 271 |
| 2009 | 257 |
| 2010 | 252 |
| 2011 | 248 |
駅周辺 [編集]
駅は元長尾町の北端にあり、長尾町にある唯一のJR(国鉄)の駅であった。
- さぬき市役所造田出張所
- さぬき市立造田小学校
- 造田郵便局
- 香川県道142号造田停車場線
- 香川県道37号三木津田線
接続する他の交通機関 [編集]
バス [編集]
- さぬき市コミュニティバスJR造田駅バス停(市内循環線)
歴史 [編集]
- 1926年(大正15年)3月21日 - 高徳線の駅として開業。
- 1935年(昭和10年)3月20日 - 高徳線全通に伴う路線名称変更により、高徳本線の駅となる。
- 1979年(昭和54年)3月 - 1977年(昭和52年)3月に、高徳本線がCTC化されたことに伴い、乗客人員基準に達しないことから、業務委託駅となり、当時の株式会社日本交通観光社が業務を担当。[4]
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、四国旅客鉄道の駅となる。
- 1988年(昭和63年)6月1日 - 線路名称改正により、高徳線の駅となる。
- 2010年(平成22年)9月1日 - 無人化[7]。
その他 [編集]
高徳本線が志度駅まで開通した後の1921年(大正10年)頃、中央政界では政友会と憲政会が対立していた。憲政会には旧長尾町出身の小西和が、政友会には旧寒川町(神前村)出身の蓮井藤吉が所属していた。1917年(大正6年)に長尾町役場で結成されていた「阿讃鉄道東讃線期成同盟会」のメンバーらが請願運動を行った。その為、高徳線は志度から南に大きく迂回するように敷設されるように具体化された。[4]
当時長尾町は、森貞(秀円寺南側:北緯34度16分21秒東経134度10分32.7秒付近)へ駅を設置するように誘致したが、町負担であった補助金2万円(当時)を捻出することができず、紆余曲折することとなった。結局造田駅の設置が決定したのは1924年(大正13年)である。[4]
ところが、駅の位置については、最初に決定した地点から200m程度西よりの現在地に設置した。これは最も長尾寄りに駅を設置することを強く要望した、小西和の意見によるものである。[4]
隣の駅 [編集]
ギャラリー [編集]
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構内 1番のりばから 停車中の列車は特急「うずしお」(運転停車)
脚注 [編集]
関連項目 [編集]
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