神保哲生
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
神保 哲生(じんぼう てつお、1961年 - )はビデオジャーナリスト。日本ビデオニュース株式会社代表取締役。ビデオニュース・ドットコム代表。東京都出身。国際基督教大学(ICU)教養学部社会科学科卒。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。
目次 |
[編集] 人物
東京生まれ。世田谷区立瀬田小学校を卒業後、神奈川県横浜市にある桐蔭学園に入学し、ラグビー部主将として活躍するも、15歳にして自らの意思で桐蔭学園を退学し渡米。米国ニューヨーク州郊外ロングアイランドにある全寮制のプレップスクール『ストニーブルック・スクール』に編入する。高校時代は野球、レスリングとアメリカンフットボールで活躍した。1980年ニューヨーク州ニューヨーク市のコロンビア大学に入学。途中一次帰国し、国際基督教大学(ICU)を卒業した後、再度コロンビア大学に復学し、1986年、コロンビア大学ジャーナリズム大学院で修士号を取得。
大学院卒業後は、米紙クリスチャン・サイエンス・モニター、AP通信など米国の報道機関で約10年間の記者生活を送った後、1995年に独立。ビデオカメラによる撮影・取材・編集という一連の作業を記者自身が行うビデオジャーナリストとしての活動を世界に先駆けて開始。ビデオジャーナリストという呼称も、神保自身が当時パートナーとして神保と一緒に活動をしていたコロンビア大学の先輩マイケル・ローゼンブラムらと考案して、最初に使ったという。1995年に日本初のビデオジャーナリストとしてテレビ朝日『ニュースステーション』でテレビデビュー。その後、テレビ朝日『ニュースステーション』にレギュラー出演した後、TBS『筑紫哲也 NEWS23』、NHK『ETV』、米ABC放送『ナイトライン』、米PBS放送『ニューズアワー・ウイズ・ジムレーラー』『フロントライン』など国内外のメディアに対して100本を越えるレポートやドキュメンタリー作品を提供する。
フリーのビデオジャーナリスト活動を展開する一方で、1996年に日本ビデオニュース株式会社を設立し代表取締役に就任。1998年、委託放送事業者免許(放送免許)を取得して、米ケーブルテレビで経済ニュース専門チャンネルのCNBCと提携したCS放送『CNBCビジネスニュース』をスカイパーフェクTV上で運営する。1999年11月、日本ビデオニュース株式会社はCNBCジャパンの株式を日本経済新聞系列の日経サテライトニュースに売却。CNBCジャパンは日経サテライトニュースと合併し、日経CNBCとなる。一方、神保の日本ビデオニュース株式会社はその売却益をもとに、2000年1月ニュース専門のインターネット放送局ビデオニュース・ドットコムを立ち上げ、現在に至る。神保自身は、CS事業やインターネット放送事業について、「ビデオジャーナリストがその真価を発揮できる場所がないため」と説明し、地上波テレビが公共性よりも視聴率を優先した娯楽路線にシフトしたことを批判している。
2000年1月開局のビデオニュース・ドットコムは、広告を取らない会員制のニュース専門放送局として、この世界では珍しく安定的な成長を遂げるが、その成長はゆっくりとしたもので、2008年夏の時点で会員数はようやく1万人を突破したと報告している。しかし、新しいネットメディアが現れては消え現れては消えを繰り返す中で、9年間事業を持続し、しかも着実に成長している事業者は恐らく他に例を見ないという意味では、一定の評価には値する。神保自身は、「広告も取らず、上場も目指さず、ゆっくりマイペースで、しかしジャーナリズム基準だけは鬼のように厳しく」やってきたことが、ビデオニュース・ドットコム生き残りの最大の要因だと、様々なメディアでのインタビューで語っている。
現在同放送局では、社会学者の宮台真司と共に神保自身がパーソナリティを務める『マル激トーク・オン・ディマンド』が毎週放送され、2009年1月現在でその放送回数は400回を数える。また宮台とは共著も多い。
神保自身は、地球環境問題と開発経済、特に対人地雷問題と地球温暖化問題、アメリカ政治に造詣が深い。また、近年はメディア論でも発言が多い。
尚、神保自身はアメリカのオバマ大統領とコロンビア大学の同級生(コロンビア大学1984年卒)にあたるが、オバマ氏が大学3年からの転入生だったのに対し、逆に神保はコロンビア大学は大学2年次から日本に帰国してICUに編入していたため、オバマ氏と一緒に学ぶ機会は無かったと、神保自身が朝日ニュースターの『武田鉄矢の週刊鉄学』に出演した際に語っている。ICUを卒業した後、1985年に神保がコロンビア大学に戻った時は、オバマ氏は既にコロンビア大学を卒業し、シカゴでコミュニティ活動を始めていた。
2005年より立命館大学産業社会学部情報メディア学科教授として、主にメディア論の実習科目を担当し、同大学におけるジャーナリズム実習教育のベースを作るが、2009年3月で同学を退職。本人はジャーナリスト活動とビデオニュース・ドットコムの経営に専念するためと、自身のブログで報告している。「ジャーナリスト、会社経営、大学教授の三足の草鞋で少し疲れた」とも。
立命館大学では、神保ゼミは学生によるインターネット放送局『VJ道場』を主宰するなど、新しいタイプのメディア実習ゼミとして注目される。また、神保ゼミは外部からの潜りの参加者が最も多いゼミとしても有名だった。もっぱら取材実習に費やされるゼミと併行して、メディア問題を考える私塾も主宰していた。尚、2009年4月現在、立命館大学産業社会学部と早稲田大学政経学部大学院ジャーナリズム学科の非常勤講師を兼務している。
評論家関岡英之とは東京都世田谷区立瀬田小学校時代の同級生。当時について神保は関岡を「絵に描いたような優等生」、関岡は神保を「過激なやんちゃ坊主」と紹介している。
[編集] 著書
- 『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるのか?』(ダイアモンド 2009年)
- 『ツバル 増補版』(春秋社 2008年)
- 『教育をめぐる虚構と真実』(宮台真司らとの共著 春秋社 2008年)
- 『中国 隣の大国とのつきあい方』(宮台真司らとの共著 春秋社 2007年)
- 『アメリカの日本改造計画―マスコミが書けない「日米論」』(関岡英之らとの共著 イーストプレス 2006年)
- 『天皇と日本のナショナリズム』(宮台真司との共著 春秋社 2006年)
- 『ビデオジャーナリズム カメラを持って世界に飛び出そう』(明石書店 2006年)
- 『ネット社会の未来像』(宮台真司との共著 春秋社 2006年)
- 『ジャーナリズムの可能性』(野中章弘らとの共著 岩波書店 2005年)
- 『ツバル 地球温暖化に沈む国』(春秋社 2004年)
- 『アメリカン・ディストピア』(宮台真司との共著 春秋社 2003年)
- 『漂流するメディア政治』(宮台真司との共著 春秋社 2002年)
- 『9・11メディアが試された日』(外岡秀俊らとの共著 本とコンピュータ 2001年)
- 『地雷リポート』(築地書館 1997年)
- 『ビデオジャーナリストの挑戦』(ほんの木 1996年)
- 『重要政策全比較』(ほんの木 1995年)
- 『自民党につける薬、社会党につける薬』(共著 ほんの木 1993年)
[編集] 翻訳書
- 『オルタナティブ・メディア -変革のための市民メディア入門-』(大月書店 2008年)
- 『粉飾戦争』(インフォバーン 2004年)

