海原お浜・小浜
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海原お浜・小浜(うなばらおはま・こはま)は、上方の女流漫才師である。戦後は角座などの松竹系の劇場やトップホットシアター等に出演。
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[編集] メンバー
- オク目で長身。
- 肌が白く小太り。
[編集] 来歴
月の家桃子として4歳でデビューし舞台などで活躍していた小浜が、当時17歳の叔母のお浜と1933年コンビ「ハッピー姉妹」結成。奈良県高田市高田劇場でデビュー。戦前・戦時中の敵性語忌避の風潮により、「愛国お浜・小浜」と改称。後「海原お浜・小浜」となった。戦中、戦後は冷遇を受け、小浜を座長に一座を組みドサ回りをする。 その後、漫才作家秋田實に見出され、實によって書き下ろしたロマンスシリーズなどで人気を博す。
1976年、お浜の白内障による引退に伴いコンビ解消(その後、お浜は1994年に死去)。1978年5月17日のサンケイホール(現在のサンケイブリーゼ)にてサヨナラ公演を行った。小浜はその後司会者・タレントとして活躍、現在でも芸能界で活動を続けている。所属事務所はケーエープロダクション。
2006年3月、上方演芸の殿堂入りを果たした。その際に小浜は「最近の若手は勉強が足りん」と辛口なコメントを残した。
家庭ではお浜は家具職人と結婚、小浜は浪曲師に石川玉若と結婚し一男一女を授かる。長男は海原かける・めぐるのかける(めぐるの名は二代有り、初代が後の玄ゴローで二代が後の池乃めだか)で長女は幼くして死別している。
[編集] テレビ・ラジオ・ドラマ
- 「チンドンヤ万才」(1961年、読売テレビ)
- 「夫婦百景」(1961年、読売テレビ)
- 「お浜・小浜の先客万来」(1965年 - 1972年 毎日放送)
- 「ドーンとしゃべって90分」(1975年から後に「海原小浜の太陽におはよう」とタイトルを変え1995年まで、ラジオ関西)ラジオ関西の土曜の朝の顔として長らく活躍。
- 「夫婦でドンピシャ!」(1976年 - 1982年、朝日放送)
- 「おてんば人生」(1978年、日本テレビ)
- 「2時のワイドショー」(1979年 - ??、読売テレビ)
- 「大奥」(1983年、関西テレビ)
- 「わが歌ブギウギ」(1987年、NHK)
- 「部長刑事」(1980年10月25日、朝日放送)
- 「見上げればいつも青空」(1987年、読売テレビ)
- 「いっしょに住もうよ」(1991年6月23日、毎日放送)
- 「ああ重度痴呆病棟」(1991年、FBS福岡放送)
- 「許さへんで悪質商法」(1991年、毎日放送)
- 「ヒロイン! なにわボンバーズ」
- 「真夏のクリスマス」(2000年、TBS)
- 「オクト暮らしのショッピング」
他多数
[編集] 関連人物・海原一門
- 海原さおり・しおり
- 海原かける・めぐる(かけるは小浜の息子。めぐるの名は二代有り、初代が後の玄ゴローで二代が後の池乃めだか)
- 海原はるか・かなた
- 海原千里・万里(千里は後の上沼恵美子)
- 海原やすよ・ともこ(小浜の孫であるが、師匠は中田ボタン)