海原やすよ・ともこ
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海原やすよ・ともこ(うなばら やすよ・ともこ)は、実の姉妹による漫才コンビ。どちらも大阪府寝屋川市出身。所属事務所はよしもとクリエイティブ・エージェンシー。
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[編集] メンバー
- 姉。ボケ担当(結成当時はツッコミ)。
- 2003年に1度離婚したが、2006年8月16日に、元男闘呼組の前田耕陽とできちゃった再婚(前田もバツイチなのでお互い再婚)。2007年4月12日、第1子となる女児を出産。6月7日よみうりテレビ『なるトモ!』より復帰。
[編集] 概要
- 海原お浜・小浜の小浜の孫で、「海原かける・めぐる(後の池乃めだか)」のかけるを父、マジシャンのワンダーのり子を母に持ち、母方の母にワンダー天勝がいる。親子3代で漫才師であり、親子3代で上方漫才大賞を受賞している、いわゆるお笑い界のサラブレッドである。
- 幼い頃から2人でよく漫才をしており、1992年2月に正式にコンビ結成。師匠は中田ボタンであり、本来ならば「中田やすよ・ともこ」となるはずだが、「女流漫才の名門である海原姓を名乗ったほうが良いと思う。おばあちゃん(小浜)に海原姓を名乗っていいかどうか、相談しておいで」という師匠の計らいと、それを快諾した小浜のおかげで海原姓を名乗る運びとなった(小浜は2代目『海原お浜・小浜』を名乗っても良いとまで言ったそうであるが、やすよ・ともこの2人が拒否したとの事、このエピソードは朝日放送の番組『ナンバ壱番館』で紹介されている)。従って、海原小浜の弟子ではなく、海原一門とも直接的な関係はない。またコンビ名で妹・やすよの名が先にくるのはボタンへの師事がやすよが先・ともこが後であったからだったことに起因する。
- 結成当初はやすよがボケ、ともこがツッコミを担当していたが、2年目から現在のスタイルに交替。
- 大阪NSC10期生は先輩に当たるが、水玉れっぷう隊とはデビューがほぼ同時期である。中川家、ケンドーコバヤシ、たむらけんじら11期生は厳密には後輩であるはずだが、やすよはほぼ同期として扱われている(ともこは先輩として扱われている。)。きっかけは、たむらがやすよを呼び捨てで呼ぶようになったためであるという。
- やすよは16歳で姉と一緒にデビューしたこともあり、年上の後輩が比較的多い。(千原兄弟の千原ジュニアが同様のケースにあたる)
- 元漫才師の高僧・野々村の2人とはすんげー!Best10出演時より交流があり、野々村は芸人を引退した後も構成作家としてやすよ・ともこの漫才を2人と共同で制作していた。現在は構成作家としても一線を退いているが、やすともの漫才作家の仕事だけは継続している。高僧と交流があるかは不明である。
- ネタは、「東京と大阪の女の子の違い」を示すものが多い。大げさに大阪の女の子を表現するともこのボケをやすよが宥める。例外として安倍なつみの盗作疑惑をネタにし、本人を「素敵な歌詞があって書いてしまったというけどそれが盗作だから」とイジリ倒した。
- 格闘家の武蔵・TOMO兄弟と仲が良く、ともこは梅宮アンナとも親交が深い。
- 二人とも華流スターのファン(特に姉ともこがF4の大ファン)で、同じF4ファンからはファン代表のように慕われている。
- 姉妹でアメリカ村にある「ちゃんこ屋うなばら」をプロデュースしている(経営者は実父)。
- ともこは結婚(再婚)の際、前田耕陽と付き合っていることを、『なるトモ!』で同じ番組に出演している芸能リポーター駒井千佳子に相談していた。
[編集] 受賞歴
- 今宮子供えびすマンザイ新人コンクール 1994年/第15回 香川登枝緒賞
- ABCお笑い新人グランプリ 1995年/第16回 最優秀新人賞
- NHK新人演芸大賞 1995年 演芸部門大賞
- 上方漫才大賞 1995年/第30回 新人奨励賞
- 上方漫才大賞 1997年/第32回 新人賞
- NHK上方漫才コンテスト 1994年/第25回 優秀賞
- ネイルフェスティバル1998 1998年 ネイルクイーン (ともこのみ)
- 上方お笑い大賞 2005年/第34回 最優秀技能賞
- 上方漫才大賞 2008年/第43回 奨励賞
[編集] 出演テレビ番組
- なるトモ!(2005年~)
- 爆笑オンエアバトル(NHK総合)戦績 6勝3敗 最高517KB
- バラエティー生活笑百科(NHK総合)
- 笑点(日本テレビ系列)(2005年7月10日、2007年11月18日 ゲストで出演)

