朝嵐大三郎

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朝嵐 大三郎(あさあらし だいさぶろう、1943年7月8日 - )は、大阪府大阪市南区(現在の中央区)出身で高砂部屋所属の元大相撲力士。本名は笹木 淳二(ささき じゅんじ)。現役時代の体格は183cm、112kg。最高位は前頭12枚目(1969年5月場所)。得意手は突っ張り、右四つ、吊り、寄り。

略歴[編集]

エピソード[編集]

  • 朝嵐は大関2代朝潮が名乗っていた部屋ゆかりの四股名で、それだけ期待もされていたが、和晃戦でも見られたような人の良さが災いしたのか、力士として大成できなかった。
  • 湯島神田明石で相撲料理店「振分」を経営した。
  • 自著には小錦先代高砂が不仲であるという主張が記述されている。1991年3月場所後に小錦が横綱昇進を見送られた際に小錦が「人種差別のせい」と話したとされる(本人は付き人が電話でなりすましたと主張)記事を巡って先代高砂が叱責したことで不仲が頂点に達したといい、それ以前からも祝儀の取り分を巡って意見が対立することが多かったという。同著では当代高砂についても「タニマチを紹介したのに礼の1つも無かった」「高砂を継いだ後も昼のちゃんこを他の親方と一度も食べた事が無い」などと否定的に記述されている。他にも、自身が定年を迎えたのちにも年寄株・振分の一時金が債務として残っており高見盛に現金一括払いで返済してもらったことも明かしており、上述のちゃんこ屋も買い取らせるつもりであったという(こちらは実現しなかった)。

主な成績[編集]

  • 通算成績:269勝295敗7休 勝率.477
  • 幕内成績:5勝10敗 勝率.333
  • 幕内在位:1場所

場所別成績[編集]

朝嵐大三郎
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1959年
(昭和34年)
x (前相撲) (番付外) (前相撲) 西 序ノ口 #24
4–4
 
東 序二段 #148
0–8
 
1960年
(昭和35年)
東 序ノ口 #11
4–4
 
東 序二段 #130
4–4
 
東 序二段 #106
2–6
 
東 序二段 #116
5–2
 
東 序二段 #71
1–6
 
東 序二段 #97
2–5
 
1961年
(昭和36年)
東 序二段 #108
5–2
 
西 序二段 #43
2–5
 
東 序二段 #70
4–3
 
西 序二段 #27
3–4
 
西 序二段 #37
6–1
 
東 三段目 #84
5–2
 
1962年
(昭和37年)
東 三段目 #43
3–4
 
西 三段目 #50
4–3
 
西 三段目 #38
3–4
 
東 三段目 #42
5–2
 
西 三段目 #6
6–1
 
東 幕下 #72
2–5
 
1963年
(昭和38年)
東 幕下 #95
5–2
 
西 幕下 #65
4–3
 
西 幕下 #58
2–5
 
東 幕下 #71
5–2
 
西 幕下 #47
3–4
 
東 幕下 #54
3–4
 
1964年
(昭和39年)
東 幕下 #58
3–4
 
東 幕下 #59
1–6
 
西 幕下 #84
5–2
 
西 幕下 #66
4–3
 
西 幕下 #57
3–4
 
東 幕下 #63
4–3
 
1965年
(昭和40年)
西 幕下 #57
4–3
 
西 幕下 #50
5–2
 
東 幕下 #30
4–3
 
西 幕下 #26
4–3
 
西 幕下 #24
5–2
 
東 幕下 #10
4–3
 
1966年
(昭和41年)
東 幕下 #7
3–4
 
西 幕下 #8
5–2
 
西 幕下 #2
5–2
 
東 十両 #18
9–6
 
西 十両 #9
7–8
 
西 十両 #9
6–9
 
1967年
(昭和42年)
西 十両 #13
6–9
 
東 十両 #17
5–10
 
西 幕下 #9
5–2
 
西 幕下 #3
6–1
 
西 十両 #10
6–9
 
東 十両 #13
7–8
 
1968年
(昭和43年)
東 幕下 #1
4–3
 
西 十両 #13
3–12
 
東 幕下 #5
4–3
 
西 幕下 #2
5–2
 
西 十両 #13
8–7
 
東 十両 #11
9–6
 
1969年
(昭和44年)
西 十両 #5
9–6
 
東 十両 #1
8–7
 
東 前頭 #12
5–10
 
西 十両 #4
6–9
 
東 十両 #8
8–7
 
西 十両 #5
7–8
 
1970年
(昭和45年)
西 十両 #7
9–6
 
西 十両 #3
8–7
 
東 十両 #2
5–10
 
東 十両 #9
5–10
 
西 十両 #13
9–6
 
東 十両 #9
8–7
 
1971年
(昭和46年)
西 十両 #5
6–9
 
西 十両 #11
4–11
 
東 幕下 #7
4–3
 
西 幕下 #4
4–3
 
西 幕下 #1
6–1
 
東 十両 #11
8–7
 
1972年
(昭和47年)
東 十両 #9
6–9
 
東 十両 #11
8–7
 
西 十両 #6
6–9
 
西 十両 #9
8–7
 
東 十両 #6
7–8
 
東 十両 #7
5–10
 
1973年
(昭和48年)
西 十両 #11
3–12
 
東 幕下 #9
引退
0–0–7
x x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 笹木 淳二(ささき じゅんじ)1959年3月場所 - 1959年7月場所
  • 朝響 淳二(あさひびき - )1959年9月場所 - 1964年3月場所
  • 朝嵐 大三郎(あさあらし だいさぶろう)1964年5月場所 - 1973年3月場所

年寄変遷[編集]

  • 高田川 大三郎(たかだがわ だいさぶろう)1973年3月 - 1973年5月
  • 高田川 勇次( - ゆうじ)1973年5月 - 1974年3月
  • 振分 勇次(ふりわけ - )1974年3月 - 2008年7月(停年退職)

著書[編集]

  • グローバルエディット『大相撲 型破り交遊録』

脚注[編集]

  1. ^ 武蔵丸は引き続き借株で「振分」を襲名していたが、2012年8月に「大島」(借株)、2013年2月に武蔵川(取得)を襲名している。

関連項目[編集]