庶民院
庶民院 House of Commons 国会議事堂 (ウェストミンスター宮殿) |
|
|---|---|
| 議会の種類 | 下院 |
| 所在地 | ウェストミンスター宮殿 |
| 任期 | 5年 |
| 定数 | 650 |
| 選挙制度 | 単純小選挙区制 |
| 議会運営 | 読会制 |
| 公式サイト | UK Parliament |
| イギリス |
|
|
|
|
|
他国の政治 · 地図 政治ポータル |
庶民院(しょみんいん、英語: House of Commons)は、英国議会を構成する議院のひとつで、下院に相当する。
目次 |
[編集] 議院構成
貴族院(House of Lords)と共に両院制を構成している。[1]。
定数は650人(2010年選挙より)。法律で定められた定数には幅があり、その範囲内で境界委員会(Boundary Commission)が選挙区を制定するため、人口の増減などで変化する。2007年現在、議員一人当たりの人口は約9万4000人。
会期は1年1会期で、通年開会。ただし休会はある。
定足数は40人(400人の誤記ではない)。しかし以前から、定足数確認動議が禁止されているので、事実上は議長のほか、与野党1人ずつが出席すれば審議は開始できる。この点、貴族院並みとなった。
[編集] 議員
- 任期:5年
- 選挙権:18歳以上
- 被選挙権:18歳以上
選挙制度は、一選挙区・一当選・比較多数・一回投票で、いわゆる単純小選挙区制。労働党・保守党の二大政党制化しているが、近年ではかつての二大政党の一方であった自由党の後裔である自由民主党も議席を伸ばしている(イギリスのBBCの選挙報道でも、労働・保守・自民を並べて扱っている)。また、単純小選挙区制度では民意を正確に反映できないとして、比例代表制の導入など選挙制度の改革を求める声も出てきている。主に自由民主党が中心となり優先順位付連記投票の導入を目指したが、2011年5月5日に行われた国民投票で反対70%の大差で否決され、実現はしなかった[2][3]。
2議席以上を有する政党には、2000年より補助的な政党助成制度が導入され、政策開発助成金が支給されるようになった(en:Political Parties, Elections and Referendums Act)。ただし、議会での宣誓もしくは確約も要件にあるため、女王への宣誓を拒否しているシン・フェイン党は支給の対象外となっている[4]。
[編集] 議事運営
法案は三読会制。伝統的に本会議(ないし全院委員会)審議を重視してきたが、最近は案件別(日本や米国のような所轄省庁別ではなく)常任委員会の設置など、委員会制度化へ向けての取り組みも見られる。ただ、やはり庶民院審議の花が、与野党対面の議席にて首相と野党党首が最前列で差し向かいに対決する本会議であることは、今も変わりないだろう。金曜日を除き8時間を超えるロングラン本会議である。しかも会期中平日は毎日開会されている。
その上、終了間際に延会動議が提出され、それの審議のためと称してさらに30分ほど審議を続行する。この30分間は毎日一人ずつの議員が、自分の選挙区の問題や社会の関心を集めている問題について政府に質問し対応を求める時間として使われており、特に無名の平議員にとっては活躍のチャンスとなる。
[編集] 議事日程
一般的な議事日程は以下の通りである(11:30開始の場合)
- 11:30 -
- 祈祷(Prayers) - 司祭により行われ、議長が着席する
- 諸手続
- 11:35
- 口頭質問(Oral Questions) - 大臣に対する質問
- 12:00
- 首相への口頭質問 - いわゆるクエスチョンタイム。水曜のみ
- 12:30 以降は討論(Debate)の時間となる。
- 政府報告 - 政府の方針や重要事項などがあれば大臣が発表
- 政府提出法案(Public Bill)の討論と採決
- 緊急討論(Emergency Debate)
- 19:00
- 延会討論(Adjournment Debate)
- 19:30 延会
基本的な開会時間は以下のとおり。ただし、開会時間は基本的なもので、自由に変更できる。
- 月曜 - 14:30-22:30
- 火曜 - 14:30-22:30
- 水曜 - 11:30-19:30
- 木曜 - 10:30-18:30
- 金曜 - 9:30-15:30(ただし金曜に開会することは少ない)
[編集] 議長
議長は「スピーカー」(Speaker of the House)と呼ばれる。議事運営の殆どを司り、金銭法案の認定権を握るなど、権限は大きいが、中立公平を貫き先例に従って慎重に行使するべきとされている。
議長は先任者が総選挙に出馬しないで議員職を引退するか、在職中に死亡した場合に原則として全会一致で選ばれる。その際は、政府と野党の中立公平を守るために、大臣経験者ではなくあまり政府に関わりの無かった重鎮議員が好まれる。議長は引退を申し出ないかぎり、総選挙を経ても留任するのが原則である。政権が交代したとしても議長は交代しない。このため政府与党と議長の出身政党が一致しない場合がある。総選挙の際には議長の選挙区には対立党(主に保守、労働、自由民主の主要政党)は候補を出さないなどの配慮がなされる。地域政党やミニ政党が議長の選挙区に対抗馬を立てることはあり、選挙戦が行われる事はある。
[編集] 庶民院の優越
1911年に制定された議会法(イギリスの憲法の一)によって、庶民院の優越が定められている。
連続2会期(つまり足かけ2年)、庶民院で可決した法案は、貴族院が否決・修正しても、庶民院案のまま法律となる。貴族院は成立を13か月引き延ばせるだけということになる。金銭法案[5]であると庶民院議長が認定した法案は、貴族院で1か月しか成立を遅らせることができない。
首相はもはや貴族院から選ばれることはないだろう(2010年時点での最後の貴族院議員の首相は1964年のアレック・ダグラス=ヒューム)。また貴族院で不信任されても首相は辞職の必要はないが、庶民院が不信任した場合、首相及び内閣は国王に庶民院を解散するよう助言し庶民院を解散するかまたは総辞職しなければならない。首相信任への優越は憲法的習律(慣習法)である。
[編集] 歴史
[編集] 庶民の召集される議会の誕生
かつて王会(キュリア・レジス、Curia Regis)から発展した英国議会「The Parliament」は貴族と国王が中心だったが、1254年にシモン・ド・モンフォールが反乱を起こし、1265年に彼が招集した議会では各州を代表する2名の騎士と各特権都市を代表する2名の市民(ブルジョワ)が選ばれて招集された。註:ここで言う庶民(Commoner)とは、貴族(Peer)ではないという意味で、選ばれるのは騎士とブルジョワであり、いわゆる一般庶民ではない。
その後、1295年にエドワード1世がこの方式を採り入れて招集した議会は「模範議会」と呼ばれ、後世の議会召集のモデルとなった。
[編集] 庶民院の独立と発展
当初は庶民は貴族たちと一緒に会議を開いていたが、貴族の前では自由に発言しづらかったため、エドワード3世の頃に、本会議から分かれて協議をするようになった。その後国王と貴族が待つ本会議へ一同出向き、議長が代表して庶民の決議を伝えた(議長を「speaker」と呼ぶのは、これに由来する)。
こういう歴史的経緯から、議長は国王の不興を買いやすかったため、議長が選ばれた際には、新しい議長はその危険な職務を嫌がる仕草を見せ、それをまわりの議員が無理矢理議長席に連れて行くというパフォーマンスが儀式となって残っており、ジェフリー・アーチャーの小説『めざせダウニング街10番地』でも、この儀式が描写されている。
[編集] 主な政党と議席数
| 政党 | 議席数 |
|---|---|
| 保守党 | 306 |
| 労働党 | 258 |
| 自由民主党 | 57 |
| 民主統一党 | 8 |
| スコットランド国民党 | 6 |
| シン・フェイン | 5 |
| プライド・カムリ | 3 |
| 社会民主労働党 | 3 |
| 緑の党 | 1 |
| 同盟党 | 1 |
| その他 | 1 |
| 合計 | 649[6] |
2010年イギリス総選挙より。
[編集] 脚注
- ^ 英国議会は、二院制ではなく国王を含めた三院制であるとする古い法律学説もある。この点は、イギリスに於ける庶民院の発展史・学説史をたどる際に、想起すべき知識である。
- ^ “英国民投票:下院の選挙制度改革を否決、連立政権内で緊張の兆し”. ブルームバーグ. (2011年5月7日) 2011年5月7日閲覧。
- ^ “英下院の選挙制度変更、国民投票で大差の否決”. 読売新聞. (2011年5月7日) 2011年5月7日閲覧。
- ^ 間柴泰治 「2000年政党、選挙及び国民投票法」の制定とイギリスにおける政党助成制度
- ^ 歳入や歳出を決定する法案。イギリスには統一的な「予算」はない。各税法等や各支出法の総体が、その年の財政の現況であるにすぎない。
- ^ 定数は650議席だが、候補者死亡を理由に投票が延期された選挙区が一箇所あるため、5月8日時点では649議席。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- UK Parliament(公式サイト)(英語)