寺田紳一
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 寺田紳一 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | チン | |
| カタカナ | テラダ シンイチ | |
| ラテン文字 | TERADA Shinichi | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1985年6月10日(24歳) | |
| 出身地 | 大阪府茨木市 | |
| 身長 | 170cm | |
| 体重 | 65kg | |
| 血液型 | O型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | ガンバ大阪 | |
| ポジション | MF | |
| 背番号 | 8 | |
| 利き足 | 右足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2004- | ガンバ大阪 | 57 (4) |
| 1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月8日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
||
寺田 紳一(てらだ しんいち、1985年6月10日 - )は、大阪府出身でガンバ大阪所属のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。向陽台高等学校卒業。
目次 |
[編集] 来歴
ガンバ大阪の下部組織で育ち、2004年にトップに昇格(三木良太、丹羽大輝が同時昇格である)。ユース3年時は、一学年下の家長昭博を左SHに従え、トップ下での出場が主だった。
離脱者が相次いだ2005年終盤の優勝争いの時期に出場機会を得ると、レギュラー選手と遜色ないパフォーマンスを見せ、ガンバ大阪の初タイトル獲得に貢献した。
2006年は、途中出場が中心ながらも出番は増え、更なる成長を見せていたが、コンタクトプレーではまだ弱さが見え、フィジカル面での向上が今後の課題であった。この年のオフシーズン、レッドブル・ザルツブルクに移籍した宮本恒靖と二人一組で準備運動を行った際、「細いなー、筋トレしてるか?」と聞かれ、筋力アップの必要性を自覚したと後にインタビューで語っている。
2007年序盤は遠藤、二川、明神、橋本からなるG大阪中盤の層の厚さを乗り越えられずにいたが、代表メンバーの疲労の蓄積などによりリーグ戦終盤に出場機会を得ると、筋力アップの効果により人に対する強さを身に付けたこともあり、試合を決定付けるゴールを数試合連続で決めるなど活躍を見せた。
2008年は、ACLに挑戦するガンバ大阪の貴重な戦力として、更なる活躍が望まれる一人であったが。怪我をしたために出場は出来なかった。
[編集] プレースタイル
テクニシャン揃いのガンバ大阪の中でも高い技術を誇るチャンスメーカー。密集の中で、ターンをしながら相手と入れ替わるようにすり抜けるドリブルが持ち味。トップ下やサイドハーフといった攻撃的な中盤のポジションをこなす。
[編集] 人物・エピソード
- 小学生の頃(1993年)、所属していたサッカーチームのチームメイトのライバル役として『探偵!ナイトスクープ』にTV出演したことがある。また2007年5月11日放送のナイトスクープではこの二人は再会を果たす。当時の愛称は寺紳(てらしん)であった。
- ガンバ大阪のユースチーム在籍中にトップチームに昇格(正確には帯同)した選手は、稲本潤一、新井場徹、家長昭博に次いで寺田は4人目となった(試合出場はなし)。
- 2人だけの卒業式(2004年3月25日)
- 三木良太と寺田は向陽台高校の同級生だったが、学校の職員が2人の校外でのサッカー活動を、体育の単位としてコンピューターに入力し忘れたため、卒業単位が足りないと誤認されて卒業生名簿に名前を掲載されていなかった。高校側は25日に急遽、2人のために卒業式を行った。2日前の卒業式直後、生徒などからの指摘でミスが判明した。
[編集] 所属クラブ
ユース経歴
- 1998年 - 2000年 ガンバ大阪ジュニアユース
- 2001年 - 2003年 ガンバ大阪ユース
プロ経歴
- 2004年 - 現 在 ガンバ大阪
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2004 | G大阪 | 20 | J1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 3 | 0 |
| 2005 | G大阪 | 20 | J1 | 2 | 0 | 3 | 1 | 2 | 1 | 7 | 2 |
| 2006 | G大阪 | 20 | J1 | 20 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 23 | 1 |
| 2007 | G大阪 | 20 | J1 | 21 | 2 | 6 | 1 | 4 | 3 | 31 | 6 |
| 2008 | G大阪 | 8 | J1 | 13 | 2 | 3 | 0 | 3 | 0 | 19 | 2 |
| 2009 | G大阪 | 8 | J1 | ||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 57 | 4 | 12 | 2 | 14 | 5 | 83 | 11 | |
| 総通算 | 57 | 4 | 12 | 2 | 14 | 5 | 83 | 11 | |||
| 国際大会個人成績 | FIFA | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | クラブW杯 | ||||
| 2008 | G大阪 | 8 | 3 | 0 | 1 | 0 |
| 2009 | G大阪 | 8 | - | |||
| 通算 | AFC | 3 | 0 | 1 | 0 | |
[編集] 経歴
- Jリーグ初出場 - 2004年11月20日 J1 2nd第13節 vs横浜F・マリノス(万博記念競技場)
- Jリーグ初得点 - 2007年10月21日 J1 第29節 vsヴァンフォーレ甲府(万博記念競技場)
[編集] 代表歴
- U-18 日本代表
- U-19 日本代表
- 2004年 - AFCユース選手権
- U-20 日本代表
- U-21 日本代表
- U-23 日本代表
[編集] 外部リンク
|
|||||||||||||||||||||||||

