五箇荘駅
| 五箇荘駅 | |
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駅舎
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| ごかしょう - Gokashō | |
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| 所在地 | 滋賀県東近江市五個荘小幡町467-4 |
| 所属事業者 | 近江鉄道 |
| 所属路線 | 本線 |
| キロ程 | 20.9km(米原駅起点) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 相対式2面3線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
68人/日(降車客含まず) -2010年- |
| 開業年月日 | 1899年(明治32年)3月19日 |
| 備考 | 1899年から1910年までは小幡駅。 |
五箇荘駅 配線図[1] |
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五箇荘駅(ごかしょうえき)は、滋賀県東近江市五個荘小幡町(旧神崎郡五個荘町)にある近江鉄道本線の駅。駅名は「五箇荘」、地名は「五個荘」であることに注意。
目次 |
駅構造 [編集]
相対式2面3線の無人駅で、構内のすぐ南を東海道新幹線が交差している。西側の米原方面ホームと東側の貴生川方面ホームは構内踏切で結ばれている。米原方面ホームに隣接して駅舎が設置されており、現在の駅舎は近江商人発祥地・五個荘の景観に合わせた瓦葺の木造平屋建て。東近江市シルバー人材センター五個荘事業所が併設され、センター職員が駅舎管理やレンタサイクルの貸し出しを行っている。
貴生川方面ホームの東側には側線があり、その貴生川寄りから引き込み線が延びる。引き込み線は愛知川河岸の砂利採取場(西武建設[2])のために引かれたもので、採取場廃止後は愛知川河岸付近(滋賀県道52号栗見八日市線との交点以東)の線路は撤去され、近江鉄道のバラストの積載線として使用されている。現在は滅多に使用されないので、近所の子供たちの恰好の遊び場となっている。
駅周辺 [編集]
駅周辺は住宅街であり、商店はほとんどない。五個荘地区の中央部から東にずれた位置であるため、同じく地区東寄りに集中する行政サービス諸施設には比較的近いが、観光の中心である金堂地区までは2kmほど離れており、レンタサイクルが便利である。
駅前からは東近江市が近江タクシーに委託運営している乗り合いタクシー「ちょこっと号」の五個荘循環線が運行されている。乗車するには事前予約が必要。旧町時代は「五個荘町内循環バス」が運行され、便数は少なかったものの、五箇荘駅(バス停名は「五個荘駅」)と町内各地とを結ぶ路線があった。大正末から昭和初期には五個荘自動車によって金堂から五箇荘駅を経由して能登川駅まで乗合自動車が運行され、昭和16年頃までは五箇荘駅と能登川駅を結ぶ乗合馬車もあった[3]。
- 東近江市役所五個荘支所
- 五個荘郵便局
- 東近江警察署五個荘交番
- 東近江市五個荘福祉センター
- 東近江市五個荘保健センター
- 東近江市立五個荘中学校
- 東近江市五個荘中央公園
- 東近江市五個荘体育館
- 小幡人形工房
- 国道8号
- 滋賀県道210号五個荘停車場線
- 中山道
- 御代参街道
歴史 [編集]
- 1899年(明治32年)3月19日 - 中山道との交点付近に小幡駅として開業。
- 1910年(明治43年)1月1日 - 200mほど南へ移転、改称。
- 1943年(昭和18年)頃 - 引き込み線敷設[4]。
- 1948年(昭和23年) - 砂利採取場および引き込み線の所有を西武建設が引き継ぐ。
- 1982年(昭和57年) - 老朽化に伴い、駅舎解体[5]。以後現駅舎完成まで、駅舎と呼べる建物が存在しなかった。
- 2000年(平成12年)9月21日 - 現駅舎竣工。
隣の駅 [編集]
脚注 [編集]
- ふるさと小幡史編集委員会編『ふるさと小幡史』サンライズ印刷、1999年。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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