万田邦敏

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まんだ くにとし 
万田 邦敏
生年月日 1956年
出生地 日本の旗 日本 東京都
職業 映画監督脚本家映画批評家
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1996年 -
配偶者 万田珠実

万田 邦敏(まんだ くにとし、1956年 - [1])は日本映画監督脚本家映画批評家東京都出身[2]立教大学現代心理学部映像身体学科教授[3]。妻の万田珠実とは『Unloved』『接吻』で共同脚本を執筆している[4]

経歴[編集]

1975年、立教大学に入学し、蓮實重彦の教えを受ける[5]。大学在学中に黒沢清らとパロディアス・ユニティーで8mm映画を製作する[6]。その後、黒沢の『神田川淫乱戦争』に助監督、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』に共同脚本および助監督として参加した[要出典]

雑誌での映画批評の執筆、PRビデオやテレビドラマの演出を経て、1996年、『宇宙貨物船レムナント6』で劇場映画監督デビューを果たす[6]

2001年、『Unloved』が第54回カンヌ国際映画祭「批評家週間」部門に出品され、エキュメニック新人賞とレイル・ドール賞を受賞した[7]

2006年、赤井英和を主演に迎えて阪神・淡路大震災を描いた『ありがとう』が公開される[8]

2009年、『接吻』が第23回高崎映画祭最優秀作品賞を受賞する[9]。同年、批評集『再履修 とっても恥ずかしゼミナール』を出版する[10]

2014年、『イヌミチ』を監督する[11]

フィルモグラフィー[編集]

長編[編集]

短編[編集]

  • 宇宙貨物船レムナント6(1996年)
  • 夜の足跡(2001年)
  • 夫婦刑事(2003年) - 『刑事まつり』
  • 続・夫婦刑事2(2004年) - 『電脳刑事まつり』
  • う・み・め(2004年)
  • 新・新夫婦刑事 プロゴルファーナースの巻 その2 Part III(2006年) - 『ROUND2』
  • 真夫婦刑事外伝 逃げ去る不邪見(2007年) - 『十善戒』
  • X4(2008年)
  • 土曜日(2009年) - 『葉子の結婚』
  • 面影(2010年)

テレビ[編集]

ビブリオグラフィー[編集]

単著[編集]

  • 再履修 とっても恥ずかしゼミナール(港の人、2009年)

共著[編集]

  • ヴィム・ヴェンダース(キネマ旬報社、2000年)
  • 映画の授業 映画美学校の教室から(青土社、2004年)
  • フランシス・F・コッポラ(エスクァイア マガジン ジャパン、2008年)
  • 映像と身体 新しいアレンジメントに向けて(せりか書房、2008年)

脚注[編集]

  1. ^ フィクション・コース講師紹介”. 映画美学校. 2014年3月23日閲覧。
  2. ^ 闘いなくして、映画はない - 映画狂人 meets 万田邦敏(映画監督)”. あなたに映画を愛しているとは言わせない (2002年4月27日). 2014年3月23日閲覧。
  3. ^ 特別ゲスト講座 - 万田邦敏 画面にしていくことで"気持ち"が見えてくる”. シネアスト・オーガニゼーション大阪 (2013年9月22日). 2014年3月23日閲覧。
  4. ^ トークイベント「究極の恋愛映画」万田邦敏x蓮實重彦”. 東京フィルメックス (2007年11月22日). 2014年3月23日閲覧。
  5. ^ 講演「映画作家への白紙委任状」”. アテネ・フランセ文化センター (2001年6月5日). 2014年3月23日閲覧。
  6. ^ a b 日本映画名画鑑賞会+映画講座 万田邦敏監督による「溝口健二論」”. 神戸映画資料館 (2009年6月21日). 2014年3月23日閲覧。
  7. ^ カンヌで万田邦敏監督が新人賞を受賞!”. CINEMA TOPICS ONLINE (2001年5月18日). 2014年3月23日閲覧。
  8. ^ 語り継ぐ復興文化史 - 第五部 阪神大震災と新たな船出 (5)”. MSN産経ニュース (2012年2月16日). 2014年3月23日閲覧。
  9. ^ 最優秀作品賞に『接吻』万田邦敏監督と『ぐるりのこと。』橋口亮輔監督 高崎映画祭”. 高崎新聞 (2009年1月15日). 2014年3月23日閲覧。
  10. ^ 三浦哲哉 (2009年11月25日). “恥ずかしさの戦略 万田邦敏『再履修 とっても恥ずかしゼミナール』”. Flowerwild. 2014年3月23日閲覧。
  11. ^ 四方田犬彦 (2014年3月14日). “万田邦敏監督『イヌミチ』”. STUDIO VOICE. 2014年3月23日閲覧。

外部リンク[編集]