ラリー・キング

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ラムズフェルド国防長官(右・当時)にインタビューするラリー・キング(2006年5月)

ラリー・キングLarry King、本名:Lawrence Harvey Zeiger1933年11月19日 - )は、アメリカ合衆国のブロードキャスター。世界で最も有名な放送人のひとりである。

CNNの看板トーク番組ラリー・キング・ライブ』(Larry King Live)の番組ホストとして知られる。テレビラジオの番組ホスト以外にもコラムニスト俳優としても活躍している。

大きめの縁眼鏡・いかり肩・捲り上げた袖・サスペンダーがトレードマークで、アメリカ放送人随一とも言われる巧みな話術によりトークの帝王マイクの名匠などの異名を持つ。

目次

[編集] 経歴

ベラルーシユダヤ人移民の二世としてニューヨーク州ブルックリンに生まれる。22歳の時にラジオ局の働き口を求めてフロリダ州へ移り、マイアミの小さなラジオ局WAHRに就職。雑用係として雇われたのだがアナウンサー欠員のため1957年5月1日に初めて番組のディスクジョッキーを務めた。その後、ゼネラル・マネジャーから本名が覚え難いと指摘されてラリー・キングに改名し、ニュース専門AMラジオ局WIODでマイアミ・ビーチのレストランを舞台にしたインタビュー番組を開始。来店客などにインタビューしていたが、番組開始から2日後、コンサートを終えてレストランに来店した当時のアイドルスター ボビー・ダーリン(Bobby Darin)へのインタビューが初のセレブリティインタビューとなる。

マイアミのラジオ番組は評判となり、1960年ABCネットワーク傘下、フォートローダーデールの地元テレビ局WPLG(Channel 10)で討論番組のホストを務め、今日の礎を築いた。

ところが、金融取引に関係した不祥事で1971年12月20日に逮捕され、3年間放送の世界から遠ざかっている。この間、ルイジアナ州のレース場でPRディレクターを務めたり、「Esquire」誌にスポーツ記事を書く等の仕事をしている。

その後、WIODに再雇用されてラジオ界に復帰し、1978年全米ネットの夜のトークショー番組を担当する事により全米規模で知られる存在になった。

1994年まで続いたこの番組の成功により1985年6月からCNNの番組に出演するようになるが、大量の喫煙が原因で1987年2月27日心臓発作を起こし生死の境をさまよう。心臓のバイパス手術によって一命は取り留めたが、この時の教訓から禁煙活動や心臓病克服の活動に尽力している。

1997年5月に放送業界40周年を迎え、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに名を刻んだ。

2007年5月に放送業界50周年を記念しCNNが組んだ三つの特番には、ジョージ・H・W・ブッシュコンドリーザ・ライスバリー・ボンズセリーヌ・ディオンジョン・ボン・ジョヴィ等の著名人が祝辞を寄せた。

[編集] 家族

ラリー・キングは7度結婚(妻は6人だがAlene Akinsとは2度結婚している)し、7人の子供がいる。現在の妻はShawn Southwick

[編集] 出演作品

俳優として出演した主な作品。ただし、カメオ出演のようなものが多い。

[編集] 映画

[編集] テレビ

[編集] 著書(翻訳されたもの)

  • ブルックリンの先はどこもトウキョウ 白水社, 1994.10
  • CNNラリー・キングの話し上手のコツ 東急エージェンシー出版部, 1995.11

[編集] 外部リンク