ヤン・ハマー

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ヤン・ハマーJan Hammer1948年4月17日 - )はチェコスロバキア出身のキーボーディスト作曲家

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[編集] 略歴

プラハ出身。10代よりジャズ・ピアノを始める。1968年ソ連によるプラハ侵攻(プラハの春)が起きた事がきっかけとなってアメリカに渡航し、バークリー音楽院に留学した[1]

1971年マハヴィシュヌ・オーケストラに参加。脱退後は主にスタジオ・ミュージシャンとして活動する。

1975年、自身初のリーダー・アルバム『万物の創造 (The First Seven Days)』をリリース。さらに1976年にリリースされたジェフ・ベックのアルバム『ワイヤード』及び1977年の『ライヴ・ワイアー』、アル・ディ・メオラの『エレガント・ジプシー』などに参加し、ジャズに加えてフュージョンロックのファンからも注目されるに至る。1980年には増尾好秋の日本ツアーに帯同、その後も増尾と共演。

1984年にアメリカの人気テレビドラマ『マイアミ・バイス』の音楽を担当。サントラ盤のみならず、シングルカットされたテーマ曲(Miami Vice Theme)もインストゥルメンタルの曲としては異例の[2]ビルボード1位となり[3]、1986年度のグラミー賞[4]も受賞した。

[編集] 概要

母国のチェコでは、10代の頃から既にジャズ・ピアニストとして高い評価を得ていた。渡米後はフュージョンロック、更にテレビ番組の音楽などを手がけている。

シンセサイザーのプレイヤーとしての評価が高く、リード音でピッチベンドを多用したディストーションギターのようなソロを弾くのが特徴。特に1979年にリリースしたソロ・アルバム『ブラック・シープ (Black Sheep)』では、ギターのパートをシンセサイザーに置き換えるという実験的な試みを行っている。各分野のギタリストとの共演も多く、前述のジェフ・ベックやアル・ディ・メオラのほか、ジャーニーニール・ショーンとジョイント・アルバムを制作するといった活動を繰り広げている。

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

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  1. ^ ただしシンコー・ミュージック刊『マルチ・キーボードの全貌』によると、1966年(18歳の時)に渡米してバークリー音楽院に学んだとなっている。
  2. ^ それ以前は1982年5月に1位となったヴァンゲリスによる炎のランナー (ヴァンゲリス)のテーマ曲まで遡る。
  3. ^ 1985年11月9日付け。Hot 100 number-one hits of 1985 (USA)を参照の事。
  4. ^ Grammy Awards of 1986のBest Instrumental Composition及びBest Pop Instrumental Performanceの2部門。