ポワチエ
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| Poitiers | |
|---|---|
| 行政 | |
| 国 | |
| 地域圏(Région) | ポワトゥー=シャラント地域圏 |
| 県(département) | ヴィエンヌ県 |
| 郡(arrondissement) | ポワチエ郡 |
| 小郡(canton) | 7 |
| INSEEコード | 86194 |
| 郵便番号 | 86000 |
| 市長(任期) | アラン・クレイ (2008年-2014年) |
| 人口動態 | |
| 人口 | 89 200人 (2007年) |
| 人口密度 | 2124人/km² |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯46度34分55秒 東経0度20分10秒 / 北緯46.581945度 東経0.336112度 座標: 北緯46度34分55秒 東経0度20分10秒 / 北緯46.581945度 東経0.336112度 |
| 標高 | 平均:75m 最低:65m 最高:144m |
| 面積 | 42 11km² (4 211ha) |
ポワチエ(Poitiers)またはポワティエは、フランスの西部に位置する都市で、ポワトゥー=シャラント地域圏の首府、ヴィエンヌ県の県庁所在地である。
目次 |
[編集] 歴史
古くから、政治上の縦深防御の要衝として位置付けられて来た。このため、ポワティエは行政都市という色が今でも濃い。
732年、フランク王国のカール・マルテルはポワティエでアラブの軍勢と戦い、勝利を収めた(トゥール・ポワティエ間の戦い)。これによって、ヨーロッパ大陸でのイスラム圏の拡大は、イベリア半島のみに留められた。また、百年戦争中にもポワティエの戦いがあった場所として知られている。
1980年代後期、フランスは外国からの輸入超過の対策として、特定品目の輸入をポワティエ税関のみに限る政策を取った。導入に際して各国はこれを非難したが、フランス政府はこの抗議を省みず、当時、日本のマスコミなどでは、この非関税障壁の新設を「ポワティエの戦い」と呼んだ。後にこの制限は撤廃された。
現在のポワチエは先端技術開発と研究機関の集中する街である。
[編集] 文化
ポワティエ近郊には、映像のテーマパーク、フュチュロスコープ(Futuroscope)がある。
[編集] 教育
- ポワティエ大学
- パリ政治学院-ポワティエキャンパス
- ポワティエのエンジニアの国立学校 (ENSIP)
[編集] 姉妹都市
[編集] 著名な出身者
- ポワティエのヒラリウス - ラテン教父
- ミシェル・フーコー - 哲学者
- ブライアン・ジュベール - フィギュアスケート選手、2007年世界フィギュアスケート選手権優勝者
- ジャン=ピエール・ラファラン - 政治家、元首相
- ジョエル・ロブション - シェフ
- ジャン=ピエール・ティオレ - 作家