ナイル・ロジャース

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ナイル・ロジャース
Nile Rodgers
Nile Rodgers, 2012.}
Nile Rodgers, 2012.
基本情報
出生名 Nile Gregory Rodgers
出生 1952年9月19日(62歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州 ニューヨーク
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州 ニューヨーク
ジャンル ポップ・ミュージック
ロック
R&B
ディスコ
職業 音楽プロデューサー
コンポーザー
アレンジャー
ミュージシャン
ギターリスト
担当楽器 エレクトリック・ギター
活動期間 1970年 〜
レーベル Sumthing Else Music Works
共同作業者 シック, マドンナ, ダイアナ・ロス
公式サイト Official Website
Official MySpace

ナイル・ロジャースNile Rodgers, 1952年9月19日 - )は、アメリカ音楽プロデューサーギタリストである。ニューヨーク州出身。

略歴[編集]

幼少の頃より、ジャズに親しみ、15歳の時にグリニッジ・ビレッジを拠点に音楽活動を開始する。アポロ・シアターでの音楽監督の仕事を経て、1977年に音楽仲間であったベーシスト、バーナード・エドワーズと共に、ファンクバンド、シックを結成。同バンドでは、ソングライター、ギタリストとして活躍し、洗練された楽曲と斬新で力強いリズムは評判を呼び、当時隆盛であったディスコの影響も受け、幅広い層から支持を受ける人気バンドとなった。

1980年代からは、バーナードとコンビを組み、デボラ・ハリーブロンディ)を初めとして、プロデューサーとしての活動を開始。メインプロデューサーを務めたマドンナのアルバム「ライク・ア・ヴァージン」、デヴィッド・ボウイの「レッツ・ダンス」がそれぞれ世界中で大ヒットを記録し、以降、ダイアナ・ロスデュラン・デュランミック・ジャガー等、数々の大物アーティストを手がけ、1980年代の音楽シーンを席巻する名プロデューサーとなった。

1992年には、シックとして新作を発表、1996年には、日本で開催された「JTスーパーサウンド」のプロデューサーを務め、同イベントを成功に導くも、来日していたバーナード・エドワーズが客死するという悲劇に見舞われる。

しかし、映画・ゲームのサウンドトラックや自社レーベルの立ち上げなど裏方を中心に活動を続ける。2000年代にはグラミー賞の音楽監督を務め、近年では、旧友であるオマー・ハキムを従え、シックを再結成。各地でツアーを行うなど、精力的に活動している。

2011年1月、ウェブサイトで癌であることを明らかにし、手術を受けたことも公表した。

2013年にリリースされたダフト・パンクの『ランダム・アクセス・メモリーズ』内の3曲に参加し、「ゲット・ラッキー」や「ルーズ・ユアセルフ・トゥ・ダンス」のミュージック・ビデオに出演している。

ギタリストとして[編集]

カッティングと呼ばれるギターテクニックを得意とし、正確で躍動感あふれるリズムと多才なフレージングを特徴としている。ジャズの知識を活かし、3本や4本など少ない弦を使い、曲調に多才な彩を加えるコードボイシングは、様々なジャンルのミュージシャンに大きな影響を与えている。白い1950年代のストラトキャスターを長年愛用しているが、一時期はトーカイやESPなど日本製のギターを使用していたことでも知られる。

主なプロデュース作品[編集]

書籍[編集]

「ナイル・ロジャーズ&バーナード・エドワーズ Chic、友情という名のメロディー」(ソウルサーチン R&Bの心を求めて Vol.4 [電子書籍版] ) 吉岡正晴 (著)

外部リンク[編集]