ジャージー (駆逐艦)

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HMS Jersey.JPG
艦歴
発注
起工 1937年9月28日
進水 1938年9月26日
就役 1939年4月28日
退役
その後 1941年5月2日に戦没
除籍
性能諸元
排水量 基準 1,760トン
満載 2,330トン
全長 108.6 m
全幅 10.8 m
吃水 3.9 m
機関
最大速 36ノット
乗員 218名
兵装

ジャージー (HMS Jersey, F72) は、イギリス海軍駆逐艦J級

艦歴[編集]

1937年9月28日起工。1938年9月26日進水1939年4月28日就役し第7駆逐群に配属。同年8月、XKO演習に参加。第二次世界大戦開始時はイングランド中部、リンカンシャーイミンガムを基地としていた。

1939年9月4日ドイツ商船Johannes Moikenbukerを発見。Johannes Moikenbukerは自沈し、ジャージーは乗員42人を収容した。9月23日北海で哨戒任務にあたるも僚艦ジャヴェリンの艦尾に衝突。艦首を損傷し10月9日まで修理を受けた。

12月6日、ジャージーは駆逐艦ジュノーと共にイミンガムを出港し、哨戒任務に就いた。7日未明ノーフォーク州クロマー沖で機雷敷設を終え帰投中のドイツ駆逐艦ハンス・ロディエーリッヒ・ギーゼに発見され、エーリッヒ・ギーゼの発射した魚雷1本がジャージーの左舷に命中した。ジャージーは沈没は免れたが9名が戦死、翌年9月末まで修理を受けることとなった。

その後地中海艦隊に転属。1941年5月1日、ジャージーと軽巡洋艦グロスター、駆逐艦ケリーカシミールキプリングケルヴィンジャッカルは、北アフリカへ向かう敵船団の攻撃にマルタから出撃した。だが敵船団は捕捉できず、翌日艦隊はマルタに帰投するが、ジャージーは入港寸前に港の入り口で触雷し沈没した。35名が戦死。ジャージーの残骸が港の入り口をふさいでしまったため、入港できなかったグロスター、キプリング、カシミールの3隻はジブラルタルへ向かった。