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渡瀬線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
渡瀬線はトカラ列島の悪石島と小宝島の間を通る。

渡瀬線(わたせせん)とは、トカラ列島悪石島小宝島の間を通る生物の分布境界線である[1][2][3][4]屋久島奄美大島の間を通るとされる場合もある[5][6]生物地理区において旧北区東洋区の境界であり、気候についても温帯亜熱帯の境界となっている[4][3][7]。1912年に渡瀬庄三郎が提案し[5][7]岡田弥一郎が命名した[8]動物相および植物相の双方において重要な境界線とされ[9]ブラキストン線などとともに日本における重要な分布境界線の一つとされる[7]

哺乳類爬虫類両生類などの境界線は渡瀬線にあるとされているが、昆虫の分布境界線は大隅海峡にあるとされ、これは三宅線と呼ばれている[8][10]。ただし、チョウ以外では渡瀬線を北限とする種も多い[10]。また、植物相についても大隅海峡を境界線とする属が多いとする意見もある[11]

沖縄諸島先島諸島の間(慶良間海裂)でも生物相が大きく変化し、蜂須賀線と呼ばれている[4]。渡瀬線と蜂須賀線の間の奄美群島と沖縄諸島は生物相の共通性が高く、生物地理学の区分で中琉球と呼ばれる[4]鳥類については渡瀬線ではなく蜂須賀線が境界線であるとされる場合もある[10]

発見

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旧北区と東洋区の境界線については古くから多く議論されてきた[8][12]

1912年に渡瀬庄三郎が[7]、1918年には青木文一郎が、奄美大島と屋久島の間に哺乳類の分布に境界線があると発表した[8]。これを1921年に江崎悌三が青木線と命名したが、1927年に岡田弥一郎が渡瀬線と命名したことで、現在では渡瀬線という名称が広まっている[8]

現在では渡瀬線はトカラ列島の悪石島と小宝島の間を通る海底谷に対応すると定義することが通説となっているが、元々は屋久島と奄美大島の間を通ると定義されており、渡瀬や岡田はトカラ列島については議論していなかった[5]。また、現在でもハブを除けば悪石島と小宝島の間で明確に生物分布が変わるわけではないとする意見もある[5]

成立

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琉球諸島の生物分布は島の形成によって影響を受けていると考えられている[1]。悪石島と小宝島の間にある海底谷は水深1,000メートルを超え、現在では西側の水深が火山堆積物により浅くなっているが、鮮新世から更新世においても海で隔てられていたと考えられている[2]鮮新世琉球諸島日本列島から切り離されていくつかの大きな島ができたと考えられており[2]更新世に入ると隆起により大陸から台湾を経て沖縄、奄美、トカラ列島南部までの伸びる陸橋が形成されたが、現在の悪石島と小宝島の間は海で隔てられていたと考えられている[2][13]。ただし、大隅諸島から悪石島、および奄美大島から小宝島まで陸橋で繋がっていたかについては諸説ある[5]

生物相

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動物相

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渡瀬線以北の大隅諸島では哺乳類相、爬虫類相、両生類相は九州本土および本州と大きな違いがないとされる[10]

哺乳類

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渡瀬線以南の南西諸島には、アマミノクロウサギルリカケスアマミトゲネズミケナガネズミイリオモテヤマネコなど多くの固有分類群が存在する[4][10]。また、オオコウモリは渡瀬線を北限とする[10]

爬虫類

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ハブヒメハブリュウキュウアオヘビアカマタキノボリトカゲアオカナヘビは渡瀬線を北限とする[10]

両生類

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渡瀬線以南では、有尾類ではシリケンイモリイボイモリ無尾類ではヒメアマガエルリュウキュウカジカガエルナミエガエル類などが生息している[10]。渡瀬線以南の南西諸島には固有種が多いと同時に、近縁種が中国南部や台湾東南アジアに分布しているものが多いという特徴が見られる[10]

その他

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昆虫においては三宅線が境界線であるとされる場合もあるが、チョウ以外では渡瀬線を北限とする種も多い[10]

サンゴ礁の北限はトカラ列島となっている[4]

植物相

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渡瀬線以南の沖縄・奄美にはアダンリュウキュウマツの海岸林、アコウガジュマルといったイチジク属ヤエヤマヤシビロウのようなヤシ科ヘゴヒカゲヘゴなどの木生シダなどが出現し、河口域にはオヒルギメヒルギなどからなるマングローブ林が発達している[14]。ただしメヒルギは九州本土にも分布する[14]。また、渡瀬線はヒメツバキ属の北限である[14]

照葉樹林については、渡瀬線をはさんで南北で構成種にある程度の交代は見られるが、大きな差はないと考えられている[14]。植物については大隅海峡を境界線とする属が多いとする意見もある[11]

脚注

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  1. ^ a b Motokawa, Masaharu、Kajihara, Hiroshi 編『Species Diversity of Animals in Japan』Springer Japan、Tokyo、2017年、4頁。doi:10.1007/978-4-431-56432-4ISBN 978-4-431-56430-0http://link.springer.com/10.1007/978-4-431-56432-4 
  2. ^ a b c d 正博, 柴「島嶼固有動物の分布と中期更新世後期以降の1,000mの海水準上昇」『化石研究会会誌 = Journal of fossil research』第53巻第1号、2020年7月、1–17頁、CRID 1520854804959624320 
  3. ^ a b 琉球の植物「琉球の植物区系と自然」”. 国立科学博物館. 国立科学博物館. 2023年4月1日閲覧。
  4. ^ a b c d e f 慎一郎, 相場、志歩, 藤田、真理子, 鈴木、信, 鵣川、基博, 川西、旬子, 宮本「世界自然遺産候補地奄美群島の森林生態系に関する基礎的研究 ―鹿児島大学薩南諸島森林生態研究グループ―」『自然保護助成基金助成成果報告書』第28巻、2020年、105–115頁、CRID 1390567172582419072doi:10.32215/pronatura.28.0_105 
  5. ^ a b c d e Komaki, Shohei; Ebach, Malte (2021-09). “Widespread misperception about a major East Asian biogeographic boundary exposed through bibliographic survey and biogeographic meta‐analysis” (英語). Journal of Biogeography 48 (9): 2375–2386. doi:10.1111/jbi.14210. ISSN 0305-0270. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jbi.14210. 
  6. ^ 日本国語大辞典,デジタル大辞泉,世界大百科事典内言及, 日本大百科全書(ニッポニカ),ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,百科事典マイペディア,精選版. “渡瀬線(わたせせん)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2023年4月3日閲覧。
  7. ^ a b c d 海外環境協力センター (2000年). “自然環境保全技術移転研修マニュアル”. 環境省. 2023年4月1日閲覧。
  8. ^ a b c d e 佐藤正己「生物地理学における地域区分」『茨城大学地域総合研究所年報』第1巻、CRID 1050845762800728192 
  9. ^ 健, 米田「南西諸島の森林と保全」『森林科学』第84巻、2018年、3–7頁、doi:10.11519/jjsk.84.0_3 
  10. ^ a b c d e f g h i j 沖縄県文化環境部自然保護課. “琉球諸島を世界自然遺産へ”. 2023年4月1日閲覧。
  11. ^ a b 源, 村田「日本の植物相と植生帯(第三回日本植物分類学会賞受賞記念論文)」『分類』第5巻第1号、2005年、1–8頁、doi:10.18942/bunrui.KJ00004649627 
  12. ^ 琉球列島”. www.kahaku.go.jp. 国立科学博物館. 2023年4月1日閲覧。
  13. ^ 古川, 雅英、藤谷, 卓陽、Furukawa, Masahide、Fujitani, Takuyo「琉球弧に関する更新世古地理図の比較検討」『琉球大学理学部紀要』第98号、琉球大学理学部、2014年9月30日、1-8頁、CRID 1050855676747880704hdl:20.500.12000/29815ISSN 0286-9640 
  14. ^ a b c d 清水, 善和「日本列島における森林の成立過程と植生帯のとらえ方 : 東アジアの視点から」『地域学研究 = Regional views』第27巻、2014年3月、19–75頁、CRID 1050001338238554240