PAS-22

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AsiaSat 3 → HGS-1 → PAS-22
任務種別 通信衛星
運用者
COSPAR ID 1997-086A
任務期間
  • 15年 (計画)[1]
  • 4年 (達成)
特性
バス HS-601HP
製造者 ヒューズ
打ち上げ時重量 3,400キログラム (7,500 lb)
任務開始
打ち上げ日 1997年12月24日23:19(UTC)[2]
ロケット プロトン-K/DM3
打上げ場所 バイコヌール 81/23
打ち上げ請負者 ILS
任務終了
廃棄種別 退役
非活動化 2002年7月
軌道特性
参照座標 地球周回軌道
体制
静止経度
  • 東経105.5度 (予定)
  • 西経158度 (1998)
  • 西経62度 (1999-2002)[3]
トランスポンダー
周波帯

PAS-22は、パンナムサット英語版静止通信衛星である。アジアサットAsiaSat 3として打ち上げられたが、打ち上げに失敗して使用不可能な軌道に入ってしまい、の重力を利用して使用可能な軌道に復帰した。

打ち上げ[編集]

AsiaSat 3は、アジアの通信・テレビ放送を提供する香港の企業・アジアサットによって、1997年12月24日プロトンロケットにより打ち上げられた。東経105.5度上の静止軌道に投入する予定であった。しかし、衛星自体は完全に機能しているものの、第4段ロケットの故障により静止軌道には投入できず、51度と非常に傾斜した楕円軌道に投入されてしまった。保険会社により全損と宣言され、保険金により1999年に代替のAsiaSat 3Sが打ち上げられた。AsiaSat 3は、保険会社との利益分配についての合意に基づきヒューズ・グローバル・サービスに移管され、HGS-1となった。

エドワード・ベルブルーノ英語版とRex Ridenoureはこの問題についての話を聞き、月スイングバイを利用した、3-5ヶ月かかる低エネルギー遷移軌道英語版により、地球を周回する静止軌道に衛星を投入する方法を提案した。ヒューズには、このような距離で衛星を追跡する能力はなく、この軌道は使えないと考えた。ヒューズはその代わりに、アポロ計画でも使用された自由帰還軌道英語版を使用した。この軌道ならば数日しかかからず、また、この軌道はヒューズの主任技術者ジェリー・サルヴァトーレ(Jerry Salvatore)が設計し[4]、特許を取得していた[5][6]。この操作では軌道傾斜角は40度しか取り除くことができず、衛星は対地同期軌道に投入される。ベルブルーノの方法ならば51度の傾斜を全て取り除き、静止軌道に投入することができた[7]

ヒューズは、低エネルギー軌道遷移を完全に活かすことはできなかったが、衛星の救助の鍵は、月スイングバイを使う洞察だった。Ocampoによると、ヒューズはRidenoureから連絡されるまでこの方法を検討していなかったが[8]、ヒューズの技術者は月面フライバイ事業に携わっており、彼が連絡を取る前に月面スウィングミッションの設計に取り掛かっていたと述べている[4]

衛星の救助[編集]

衛星に搭載された推進剤と月の重力を利用し、周回中に何度か、近地点での操作を行うことにより、軌道の遠地点を徐々に増加させた[8]。1998年5月に月面から6,200km離れたところで月フライバイを行った。結果的に、これが史上初の商用月飛行となった。その月の後半に34,300kmの距離で再度の月フライバイを行い、軌道傾斜度をさらに改善した。

これらの操作により、衛星の推進剤の大部分を消費したが、月スイングバイを使わない方法よりもはるかに少なかった。残りの燃料で、通常の衛星の半分の寿命を持つ静止衛星として衛星を制御することができた。これは全損と宣言されたことを考慮すると、大きな利益である。その後、衛星は西経150-154度で静止軌道に投入された。

衛星が安定した軌道に乗ると、衛星に対しソーラーパネルを展開するよう命令したが、2つのソーラーパネルのうち、片方しか展開されなかった。これは、最終的な軌道に遷移している間、衛星の設計範囲外の温度にさらされたために、ソーラーパネルのテザーが正しく動作していなかったことが明らかになった。1999年、HGS-1はパンナムサットに売却されてPAS-22に改名され、西経60度に移動した。2002年7月に活動停止し、墓場軌道に移動した[3]

関連項目[編集]


脚注[編集]

  1. ^ Krebs, Gunter. “AsiaSat 3, 3S / HGS 1 / PAS 22”. Gunter's Space Page. 2010年5月15日閲覧。
  2. ^ McDowell, Jonathan. “Launch Log”. Jonathan's Space Page. 2010年5月15日閲覧。
  3. ^ a b Asiasat 3”. The Satellite Encyclopedia. 2010年5月15日閲覧。
  4. ^ a b J. Fisher, "AsiaSat Rescue: The Real Story, Part 1", Hughes, July 8, 2013 (accessed 10 December 2014).
  5. ^ Salvatore, Jeremiah O., and Ocampo Cesar A. (Assignee: Hughes Electronics Corporation) U.S. Patent 6,116,545, "Free return lunar flyby transfer method for geosynchronous satellites", Filed April 9, 1998.
  6. ^ Salvatore, Jeremiah O. and Ocampo, Cesar A. (Assignee: Hughes Electronics Corporation) U.S. Patent 6,149,103, "Free return lunar flyby transfer method for geosynchronous satellites having multiple perilune stages", filed May 15, 1998.
  7. ^ Hughes Goes to Moon to Salvage Satellite: First Commercial Lunar Mission.”. Hughes Press Release (1998年4月29日). 2011年11月10日閲覧。
  8. ^ a b New Book Reveals How Engineers Saved Hughes Satellite on Christmas Day 1997”. Space Daily (2006年1月11日). 2017年7月9日閲覧。

外部リンク[編集]