He 280 (航空機)
Heinkel He280 | ||
概要 | ||
任務 | 戦闘機 | |
乗員 | 1名 | |
大きさ | ||
全長 | 10.40m | |
全幅 | 12.20m | |
全高 | 3.06m | |
重量 | ||
自重 | 3055 kg | |
最大積載量 | 4280kg | |
動力 | ||
エンジン | ハインケル HeS 8a ターボジェット×2 | |
推進力 | 13.7kN | |
性能 | ||
最高速度 | 650km/h | |
航続距離 | 370km | |
武装 | ||
銃砲 | 20mm MG151/20 機関砲×3 |
ハインケルHe280は第二次世界大戦時、ドイツのハインケル社が開発したジェット試作機。
概要
[編集]ハインケル He178によってジェット機の世界初飛行を成功させたハインケル社は引き続き、世界初の実用ジェット戦闘機を目指したハインケル He 280の開発にとりかかった。機体は大型化に伴って二発のジェットエンジンHeS 8を両翼にさげたエンジンポッドに収納する形となった。武装として20mm機関砲3門を余裕のできた機首部分に装備した。
1941年3月30日、ジェット推進による初飛行に成功。
ハインケル社の自信作であったが、本機の採用を阻んだ最大の障壁はエンジンの実用化に手間取ったことにある。初期の実験飛行ではエンジンの燃料漏れによる火災を恐れたためカウリングを外して飛行した記録写真も残っている。HeS 8は推力不足と信頼性向上を一向に果たせないままであった。何より、HeS 8の稼動保証時間は実にたったの1時間に過ぎず、使い捨ても同然のエンジンであった。これでは1942年当時の空軍の評価が得られなかったのも当然と言える。(さらに、当時は戦局が広域に広がり過ぎた上に消耗戦状態にあり、得体の知れない新型機よりも一機でも多くの在来機が必要とされていた)。
ついにハインケルはHeS 8を見限ってBMW 003に、さらにその開発が滞っている状況を見てJumo 004へと搭載エンジンを切り替えた。しかし、Jumo 004は遅れて開発されたメッサーシュミット Me262にも搭載されるエンジンであった。He 280はJumo 004が実用化されるのを待ってしまったため、開発で先行していた優位を失いMe 262と直接比較されてしまうことになる。Me 262は本機よりも優れた性能を示し、本機の制式採用は見送られ、試作のみに終わった。また、空軍はハインケル社を厚遇せず、戦闘機開発に関しては特に冷遇していた点も見逃せない。
なお、機体のスタイル自体はレシプロ機と代わり映えしないが、圧縮空気による射出座席や以降のジェット機のスタンダードとなる前車輪式を試作1号機の時点ですでに備えていたなど、コンポーネント構成の面ではMe 262を圧倒しており、後の時代を先取りする機構を採用していたことは特筆に価する。
試作機
[編集]- He 280 V1
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- コードネーム「DL+AS」
- 1940-09-22: 初飛行。
- 1942-01-13: 制御不能で墜落。パイロットは無事脱出した。
- He 280 V2
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- コードネーム「GJ+CA」。
- 1941-03-30: 初飛行。
- 1943-06-26: エンジントラブルにより墜落。
- He 280 V4
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- コードネーム「GJ+CC」。
- 1943-08-31: 初飛行。
- 1944-10:オーストリアのヘルシングで抹消。
- He 280 V5
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- コードネーム「GJ+CD」。
- 1943-07-26: 初飛行。
- ジェットエンジンは非搭載。
- He 280 V6
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- コードネーム「NU+EA」。
- 1943-07-26: 初飛行。
- ユンカース・ユモ109-004Aエンジンを搭載。
- He 280 V7
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- コードネーム「NU+EB」「D-IEXM」。
- 1943-04-19: 初飛行。
- 合計115回の牽引飛行。ハインケル・ハース 109-001エンジンを搭載したがエンジントラブルで滑空飛行で戻った。
- He 280 V8
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- コードネーム「NU+EC」。
- 1943-07-19: 初飛行。
- He 280 V9
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- コードネーム「NU+ED」。
- 1943-08-31: 初飛行。