炎症

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炎症(えんしょう、: Inflammation)とは、生体の恒常性を構成する解剖生理学的反応の一つであり、恒常性を正常に維持する非特異的防御機構の一員である。炎症は組織損傷などの異常が生体に生じた際、当該組織と生体全体の相互応答により生じる。

概要

生体内に炎症を引き起こす組織異常には擦過傷などの外傷打撲、病原体侵入、化学物質刺激、新陳代謝異常による組織細胞の異常変化、極端な温度環境、外耳道、肺などへの水の浸入(この場合当該部位の発熱により気化排出を行う)等がある。

生体に、これらの異常が生じると発赤 (ほっせき、英:redness)、熱感 (heat)、腫脹 (swelling)、疼痛 (pain) を特徴とする徴候が生じる。これを炎症の4徴候(ケルススの4徴候 Celsus tetrad of inflammation )と呼ぶ。さらに組織異常の発生部位によるが、機能障害(loss of function)をもたらし、これをあわせて、炎症の5徴候(ガレノスの5徴候)と呼ぶ。[1][2]この徴候の詳細を以下にまとめる。

  • 発赤(:Rubor) 毛細血管透過性、細動脈の拡張により血流の増加が起きることで出現する。この血流の増加が治癒に必要な物質供給と除去を活性化する。
  • 疼痛(Dolor) 痛み感覚は体中に分布する自由神経終末への入力、中枢の応答によっている。炎症の場合、当該部位に遊走した食細胞などが、キニン、プロスタグランジンなどの化学物質を放出し、痛み感覚の受容器を刺激し、これが感覚系を通じて中枢神経に伝えられることで生じる。これにより、異常の生じたことを認知して防御治癒のための個体行動を起こす。たとえば休養、逃避あるいは運動の制限が生じる等。[1]
  • 発熱(Calor) 炎症反応の発熱は、当該組織に湧出したマクロファージ、白血球が発熱物質を産生することで引き起こされる。修復細胞免疫細胞等の体細胞は高い温度下で運動量が増大する。これが熱を産生する理由である。[2]
  • 腫脹(Tumor) ヒスタミン、キニン、ロイコトリエンなどの働きで毛細血管透過性が増すため、当該部位に血流が増大し、通常血管内にとどまる物質も組織液に流出し、腫脹が生じる。腫脹は活発な物質交換の場を提供する。[1]

これらの反応は、すべて器官組織間細胞間の応答により生起する。先述のように多くの場合、炎症は赤発をもたらす。これは例えば、蚊などの虫に刺されたとき、蚊の体液(化学物質)による侵害が起きる。すると、その部位の細胞は破壊あるいは変成のような異常が起きるが、それに対して当該部位の結合組織マスト細胞、血中好塩基球、血小板からヒスタミンが遊離され、これらが血管拡張をもたらす。同時に血中でキニノーゲンの増加とキニンの生成が行われ、キニンもまた細動脈拡張を導く。蚊に刺された部位の組織液が増大し腫脹が生じ、活発な物質交換の場を作り上げる。これらの結果、異常の発生した部位は腫れ上がり血液の色素により赤みを帯びるが、その結果、血流が増大し、物質交換が活発になり平常時と異なる物質需要を満たし、蚊の体液により生じた組織異常に対する治癒の過程が促進される。

生体は組織異常に対抗して、様々な防御反応を起こす。損傷などを、こうむった細胞はプロスタグランジンを遊離させる。この物質はヒスタミンやキニンの効果を高める働きをする。血液中には平常時に不活性なタンパク質群、補体系があり、反応してヒスタミンの遊離を促進し、好中球を走化により当該部位に集める。補体タンパクの中には細菌を殺す能力を持つものもあり、感染の場合、これが賦活される。 以上の炎症にかかわる物質や仕組み(炎症メディエーター)は、その組織異常の症候に応じて、様々な組み合わせて生じるので、例えば、血管拡張が、わずかなため一見、赤くない、あるいは発熱を生じるほどでないため、熱を、それほど持たない炎症部位という場合もある。これらの反応が起きると、恒常性は血液循環を制御して、異常部位へのエネルギー供給を増やす。[1] 外傷や内傷の場合、周辺組織に攣縮が起きる場合もある。このように症候に応じて、反応が起きるが、異常のレベルが高ければ、より複雑かつ、多重的になる。[1]

経過

炎症の第1期
刺激を受けることにより、まずその付近の血管が一時的に収縮する。その後血管が拡張し血管透過性が亢進する。直後には血漿等、血液の液体成分が漿液として滲出し、浮腫となる。
炎症の第2期
ついで、白血球が血管内皮に接着し、血管外へと滲出し、病巣へ移動する。この移動を血管外遊走 (extravasation) という。初期に滲出するのは好中球であり、ついで単球リンパ球である。これらが感染を防ごうとする。
炎症の第3期
急性炎症では刺激がなくなると回復する。損傷した部位は肉芽組織の形成や血管の新生により回復する。炎症が長期に渡ったり、慢性化したりすると好中球の核の左方移動が起こる。

急性炎症

急性炎症の古典的な徴候と症状[3]
日本語 ラテン語
発赤 Rubor*
腫れ Tumor*
発熱 Calor*
疼痛 Dolor*
機能喪失 Functio laesa**

急性炎症きゅうせいえんしょう)は生体内に異常が生じた時、その初期、あるいは軽微な異常に対処するために生じる反応である。微小循環系の反応である。先述のように炎症は生体に異常が生じた際に起きる防御反応であり、その異常のレベルに応じて生じる。その異常が重篤であれば、異常の発生した部位での炎症を誘因する物質の生成は活発になり多くの資源を動員して防御反応を起こすし、軽微であれば、その反応は小規模になる。つまりこれが微小循環系の拡張による物質供給によって回復あるいは治癒が可能な場合の炎症反応レベルという事である。

細菌などの感染が起き組織を破壊された場合、血漿成分と好中球が炎症の生じた障害部位に送られ、血管反応により毛細血管などが拡張し充血が起こって、3~4時間以上の経過で血管の透過性が亢進し循環障害と滲出現象が強く出る。この時点で炎症性浮腫という炎症時の局所の浮腫が起こる。血管内の好中球は、血管外へ遊出すると、アメーバ運動をしながら炎症部へ進んで防衛反応を起こす。病理像として、好中球を多く認め、その他に食細胞が出現し血管反応や滲出が起こる。

著しい感染が起きる場合、死滅した細菌や組織細胞破片、好中球などが入り混じった黄色い膿が生じる。治癒の機転は多くは熱を伴い膿の分解除去を行うが、もしこれを除去できないと膿瘍を生じ治癒機転を妨げる。

転帰としては

  • 完全治癒:滲出液の吸収により、不溶性フィブリンや破壊された細胞が酵素による消化やマクロファージの貪食作用によって取り除かれ、浸潤した好中球の多くはアポトーシスによって死滅
  • 瘢痕治癒:欠損組織が多い場合、線維芽細胞、マクロファージ、新生血管が肉芽組織を形成して瘢痕組織となって、欠損部を補う
  • 膿瘍治癒:化膿 (pyogenic) 菌感染が炎症部位に起こった場合に起こる
  • 慢性炎症 (後述)

がある。

東洋医学では「五臓の風寒」(五臓の急性炎症等)と呼ばれるものに含まれる。

慢性炎症

慢性炎症まんせいえんしょう)は、炎症のうち、進行が緩やかに持続するもの。臨床的には1週間以上の炎症である。炎症は組織異常に対する生体の反応であるため、組織異常が治癒しないために炎症が起き続けるという場合、厳密に言って慢性炎症ではない。これは正常な炎症反応である。通常は組織異常が、治癒してゆくに従い、炎症は反応レベルが下がり、治癒機転が始まり異常組織の細胞断片、異常の原因物質などが除去されると消失する。慢性炎症とは、組織異常が解消されているのにもかかわらず炎症物質、細胞などの活動が収束しないものを指す、と言うべきである。例を挙げると化学物質により皮膚の異常が生じたのち、その原因物質が除去され異常が修復されている状況で赤発、かゆみ、疼痛などがおさまらない場合である。

静かに沈むような軽度の慢性炎症はほとんどすべての人に影響を及ぼし、心血管疾患、癌、2型糖尿病などの症状の原因となる可能性がある。驚くべきことに、世界中の5人に3人が、慢性炎症に関連する病気で亡くなっている。慢性炎症が認知機能低下、脳卒中、認知症(アルツハイマー病を含む)、うつ病につながる可能性がある。

慢性的なストレスなどは、慢性炎症の発症を引き起こす[4]

機序

生体が何らかの傷害を受けた場合、通常は体内に存在しない特徴的な物質が放出される。これらの物質をダメージ関連分子パターンと呼ぶ。この分子群には、体外から侵入した微生物に由来する病原体関連分子パターンと、損傷を受けた自己組織に由来するアラーミン (alarmin) が含まれる[5]。 このような傷害に特徴的な物質群が、自然免疫系に属する細胞に多く発現するパターン認識受容体により認識されることにより、炎症を惹起するサイトカインなどが放出される。

このサイトカインなどの作用により、周辺の血管の直径は増し、血管壁の浸透性が高まる。この結果、血液供給量の増加に伴う発赤や熱感、浸透性の増加から来る体液の浸潤に伴う腫脹や疼痛が引き起こされる[6]

これら、炎症の誘導に関わる分子は炎症メディエーターといい、これらの作用が合わさって炎症反応を引き起こす。

白血球は、ロイコトリエンヒスタミンなどの炎症メディエーターにさらされた血管内皮細胞に発現されるセレクチンと結合すると、血管内面を転がる (ローリング) ようになる。さらに内皮細胞とインテグリンαLβ1 (LFA-1) を介して強く接着することにより、基底膜へと押し出される (漏出 (diapedesis))。続いて、プロテアーゼにより基底膜を分解すると、ケモカインCXCL8 の濃度勾配にしたがって炎症部位へと遊走する。

下記のように、非常に多くの症候が慣例的に炎症という名称で呼ばれているが、炎症反応自体は非特異的な防御機構の一員なので、これらは当該部位に何らかの損傷や組織変成など異常が起きて、それに対して生体の、恒常性を維持するための防御治癒の反応として炎症反応が生じているとみてよいだろう。例えば腱鞘炎は当該腱組織に微細変成など組織異常が生じ、防御の反応として炎症が起きるものであるし、潰瘍性大腸炎、肺炎あるいはランニング障害として多くの人が体験する腸脛靭帯炎なども同様である。

分類

形態学的分類
変質性炎症浸出性炎症増殖性炎症
経過による分類
急性炎症、亜急性炎症、慢性炎症

種類

歴史

ローマ時代医学者であるセルサスによれば、上記の4徴候は太古の昔より知られていたという。機能障害は1858年病理学者のルドルフ・ルートヴィヒ・カール・ウィルヒョーによって炎症の定義に加えられた。その弟子、ユリウス・コーンヘイムは「炎症は血管にまつわる反応である」として白血球が血管から遊離し、局所循環障害を引き起こすことを提唱した。ヘルマン・ブルーハーフェは炎症巣には過剰の血液があるとし、ジョン・ハンターは動物実験を用い、炎症は圧力、摩擦、熱、寒冷などの原因に対する生体反応であり、病気ではなく障害を受けた局所の機能回復としての有益な反応であることに気づいて炎症の発赤部では、血管が拡張し、血流が早くなったり、化膿は小血球が血管外に出ることや炎症では血漿の滲出が起こる事なども発見した。イリヤ・メチニコフは、「マクロファージの貪食能が防衛反応に重要」であるとし、異物の排除機構を提唱した。ヴェーリー・メンキンは身体細胞を侵す刺激に対して、高等動物が現す防衛反応の一つとした。これは炎症時にリウコタキシン(血管透過因子)、LPF(白血球増多因子)、ネクロシン(炎症部の組織障害因子)、パイレキシン(発熱因子)等の化学的因子が発生することで、局所を犠牲にして全身を守るという免疫学的なシステムである。ロベルト・ルスルは、非経口的消化を提唱する。フレデリック・フォーリーは、血管にカテーテルを炭素静注し炎症・血管透過性を上昇させサイトカイン・接着分子の関与を証明した。林秀雄は刺激物質に対して末梢血管が一度収縮してから拡張することを観察し、充血後に血管透過性が亢進し白血球浸潤が起こることを観察した。

出典

  1. ^ a b c d e トートラ 2004.
  2. ^ a b エレイン & 林正 2005, p. 354.
  3. ^ Werner, Ruth (2009). A massage Therapist Guide to Pathology (4th ed.). Wolters Kluwer. ISBN 978-0781769198. http://thepoint.lww.com/Book/ShowWithResource/2931?resourceId=16419 
  4. ^ Fighting Inflammation - Harvard Health”. www.health.harvard.edu. 2021年1月31日閲覧。
  5. ^ Bianchi, Marco E. (2007), “DAMPs, PAMPs and alarmins: all we need to know about danger”, Journal of Leukocyte Biology 81: 1--5, doi:10.1189/jlb.0306164 
  6. ^ Parham, Peter『エッセンシャル免疫学』笹月健彦、メディカル・サイエンス・インターナショナル、2007年。 

参考文献

  • トートラ; Sandra Reynolds Grabowski; 大野 忠雄 他『トートラ 人体の構造と機能』2004年3月。ISBN 4621073745 
  • エレイン N.マリーブ; 林正 健二 他『人体の構造と機能』(2版)医学書院、2005年3月。ISBN 4260333933 

関連項目

外部リンク

  • 炎症 - (オレゴン州大学・ライナス・ポーリング研究所)