虫垂炎

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虫垂炎
分類及び外部参照情報
ICD-10 K35. - K37.
ICD-9 540-543
プロジェクト:病気Portal:医学と医療
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虫垂炎(ちゅうすいえん、: appendicitis)は、虫垂炎症が起きている状態である。虫垂とは右下腹部にある盲腸から出ている細長い器官である。

虫垂炎は旧来盲腸炎(もうちょうえん)と呼ばれていた時期があり、これは昔、診断の遅れから、開腹手術をした時には既に虫垂が化膿壊死を起こして盲腸に張り付き、あたかも盲腸の疾患のように見えることがあったためである。

概念[編集]

何らかの原因で虫垂内部で細菌が増殖して感染を起こした状態である。炎症が進行すると虫垂は壊死を起こして穿孔し、膿汁腸液腹腔内へ流れ出して腹膜炎を起こし、重症化すると死に至ることもある。昔は「スイカやブドウの種を飲み込むと盲腸になる」などと言われていたが、それは全くの迷信であり、果実の種子の誤飲と虫垂炎の発症との間に因果関係は無い。

疫学[編集]

2004年の100,000人あたりの虫垂炎の障害調整生命年 (DALY)[1]
  no data
  less than 2.5
  2.5-5
  5-7.5
  7.5-10
  10-12.5
  12.5-15
  15-17.5
  17.5-20
  20-22.5
  22.5-25
  25-27.5
  more than 27.5

若年者から高齢者まで幅広く発症する。男女差はみられない。が、男女とも10代から20代の発症が他の年齢層より若干多い。

症状[編集]

右下腹部痛がよく知られているが、典型的にはまず心窩部(みぞおち付近)に痛みが出て、時間の経過とともに右下腹部へと移動していくことが多い。その他の主な症状としては、食思不振、嘔気発熱などがある。

診断学の世界では、虫垂炎の病態生理は次のように理解されている。まず虫垂に異物などが貯留し、細菌が繁殖することで管腔内圧が上昇し、心窩部の鈍痛という形で関連痛が発生する。さらに腸管粘膜に炎症が起こると、右下腹部の鈍痛という形で内臓痛が発生する。さらに進行すると炎症が管腔の内側から外側、すなわち臓側腹膜に波及する。腸管の動きなどで臓側腹膜が壁側腹膜と接触し、炎症が壁側腹膜に波及すると右下腹部の鋭い痛みとして体性痛が発生する。この頃には、反跳痛といった腹膜刺激症状が出現する。これは概念上の話であり、炎症が激しくなり組織障害が強くなれば、関連痛、内臓痛、体性痛という順に進行していく。

検査[編集]

問診[編集]

  • 自動車で搬送中に、減速帯を乗り越える振動で痛みが増強すると、虫垂炎である可能性が高い。[2]

触診[編集]

腹部を圧迫してから急に手を離すと痛みが強くなる症状を反跳痛 (Blumberg's sign)、腹部の筋が緊張して固くなっている状態を筋性防御と呼ぶ。これらは腹膜刺激徴候と呼ばれ、腹膜炎を示唆する。
  • Rovsing徴候(en)
  • Rosenstein徴候(en)
  • psoas sign, obturator sign が陽性となる。

血液検査[編集]

虫垂炎に特異的な所見はない。炎症反応が指標となる。

  • 白血球数は炎症に伴って増加する。
  • CRPも同様に上昇する。

超音波検査[編集]

比較的解像度の良好な最新の超音波検査機器では虫垂の形態評価に関して極めて有用である。しかし、超音波検査は機器の精度と手技を行う技師の技量に大きく左右されるため不正確な場合も少なくない。

CT[編集]

虫垂の腫大や、周囲脂肪組織の濃度上昇がみられ、一般的に多くの病院で診断に用いられている。造影剤を用いる造影CT検査ではより正確であり、感度、特異度ともに98%であり、正診率は高い。

診断[編集]

虫垂炎はありふれた疾患であるが、正確な診断は非常に難しい。腹痛を起こす疾患は数限りなくあり、右下腹部痛だけとっても腸炎大腸憩室炎、卵巣炎、卵管炎、子宮外妊娠、さらには単なる便秘なども考えなくてはならない。超音波検査やCTで炎症性に腫大した虫垂が描出されれば診断はほぼ確定するが、すべての症例にみられるわけではない。したがって、虫垂炎の診断はあらゆる情報を総合的に判断した結果“最も可能性の高い疾患”として下されることになる。

乳幼児や老人では病状の割に症状や炎症所見が弱いことが多く、診断や治療が遅れる原因になる。感染に対する生体反応が弱いためと考えられる。

妊婦では子宮に圧迫されて虫垂が本来の位置から移動しており、典型的な症状が出ないことがある。また炎症が限局せず重症化する傾向にある。

極端に太っている人も診断が困難な傾向にあり、俗に「相撲取りが盲腸になると命取り」などと言われる。これは1938年昭和13年)12月4日に横綱玉錦三右エ門と、さらに1971年(昭和46年)10月11日にも同じ横綱の玉の海正洋が、それぞれ現役のまま、入院先の病院で開腹手術後間もなく死亡するという衝撃的な事件が起きてから、特に有名になっている。

なお、玉錦の場合は虫垂炎にかかっていながら病の可能性を考えずにいたばかりか、医者に診せた方がいいと言われても信じず発見が遅れた結果こじらせて腹膜炎を起こし、化膿箇所の除去手術は受けたものの、医師が指示した療養に本人が全く従わずに、術後に腹膜炎がさらに悪化して死に至った。玉の海も虫垂炎を腹膜炎の一歩手前位までこじらせていながら、ずっと薬で痛みを散らし続けていた。その後除去手術は成功したが術後約1週間が経った頃、退院を翌日に控えていながら術後肺血栓を併発して急死した。力士は腹部の筋肉や脂肪が厚いことから手術が困難であり、しかも肥満体の患者は術後に血栓症を起こしやすいと言われているが、当時そのことは知られていなかった。皮肉にも玉の海は玉錦の孫弟子(玉錦→玉乃海→玉の海)である。

治療[編集]

炎症が軽度であれば絶食・輸液管理を行い、抗菌薬投与を行うことで軽快することも多い。

炎症が高度になると虫垂切除術を勧められるが、その判断基準はケースバイケースである。一般的に虫垂炎は外科学で扱う古典的な疾患であるくらいに手術の方が確実で早く、しかもほとんど副作用の無い治療法であるので、炎症の度合いと手術のリスクを天秤にかけ、それに患者本人の希望を入れて決定される。

一般的に手術的加療を考慮するポイントは次のとおりである。

  • 腹部症状・炎症所見が強い場合:穿孔・膿瘍形成が疑われる場合には原則として手術。
  • 糞石がある場合:糞石を取り除かないと症状改善が期待できない。
  • 幼児:進行が急速で穿孔しやすく、また重症度の判断が難しいため。
  • 妊婦:重症度の判断が難しく、また万が一穿孔した場合に胎児への悪影響が懸念されるため。

なお、南極観測隊員など、医師の治療が見込めない環境に長時間滞在する必要のある場合には、予防として虫垂切除を行うケースもある[要出典]

予後[編集]

一般に予後は良好である。しかし腹膜炎を併発すると敗血症に至り、死亡することもある。

歴史[編集]

検査の歴史的変遷
CTが登場する以前は虫垂炎の診断は非常に困難であった。医師は自らの経験と感覚を頼りに、文字通り手探りの診療を行っていた。強い腹痛で治療が必要な状態はひっくるめて「急性腹症」と呼ばれ、最終的な診断に至らないまま治療を受けざるを得なかったのである。しかし1980年代以降、CTや超音波検査に代表される画像診断が急速に発達し詳細な画像が得られるようになったため、診断精度は大幅に向上した。
治療の歴史的変遷
一昔前までは、虫垂炎といえばすぐ手術であった。診断精度が低く重症例が見逃されるおそれがあったため、手術でさっさと白黒つけた方が安全だったのである。2007年現在においても手術が主な治療であることに変わりはないが、診断精度が格段に向上し、また強力な抗菌薬が開発されたことから、手術以外の治療も行われている。

1997年には、埼玉医科大学病院小児外科が急性虫垂炎に対する術式ONE-TROCAR法を開発した。

脚注[編集]

  1. ^ WHO Disease and injury country estimates”. World Health Organization (2009年). 2009年11月11日閲覧。
  2. ^ Ashdown HF et al.Pain over speed bumps in diagnosis of acute appendicitis: diagnostic accuracy study.BMJ 2012;345:e8012.

関連項目[編集]

外部リンク[編集]