高田潤

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高田潤
Jun-Takada.jpg
2008年京都ハイジャンプ勝利後の表彰式にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府堺市
生年月日 (1980-11-03) 1980年11月3日(36歳)
身長 165cm
体重 51kg
血液型 B型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 フリー
初免許年 1999年
免許区分 平地・障害[1]
経歴
所属 松田博資(栗東)→フリー
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高田 潤(たかだ じゅん、1980年11月3日 - )は日本中央競馬会 (JRA) の騎手大阪府堺市出身。栗東所属のフリー騎手。

兄は角居勝彦厩舎所属の調教助手である高田建吾[2]

愛称は「ズン坊」。これは藤田伸二が名付けた(藤田伸二オフィシャルブログ「藤田伸二の男道」より)。

来歴[編集]

1999年3月6日中京競馬第1競走でデビュー(ヤマカツロバリーに騎乗し14頭立ての7着)。この年の6月5日中京競馬第5競走でブイクリッパーに騎乗した際に1レースで2度落馬しながら再騎乗して完走と言う珍しい記録を樹立した。初勝利は同年6月12日中京競馬第1競走のエアウィンスレット。

デビュー2年目より障害競走にも騎乗を開始。2001年小倉サマージャンプで障害重賞を初制覇するなど、近年は障害レースでの活躍が目立っている。平地重賞は、2006年神戸新聞杯ドリームパスポートに騎乗して初勝利を挙げた。同馬には2006年の皐月賞でも騎乗し、2着に好走している(この時はミルコ・デムーロ騎乗停止処分による乗り替わりであった)。

同一週に行われる平地と障害のGI(2006年4月15日中山グランドジャンプアズマビヨンド騎乗、4月16日皐月賞・ドリームパスポート騎乗)に両方騎乗した騎手は高田が初めてである。

2007年にも12月22日中山大障害キングジョイと、12月23日有馬記念・ドリームパスポートに騎乗。この年高田はまだ勝利がなかったが、有馬記念に騎乗する騎手が未勝利であったというのは例がなく、当時のスポーツ新聞などで話題になり、12月21日の日刊スポーツでは一面で取り上げられた[3][4]ものの、中山大障害2着・有馬記念6着と共に敗れ、結局2007年は未勝利に終わった。

2007年2月11日の第4レースの障害戦で落馬し、両側挫傷、左眼瞼挫傷、外傷性血気胸頭部外傷の重傷を負う。療養後、5月6日に復帰した。

2008年12月27日、中山大障害をキングジョイで制し、悲願のJ・GI初勝利となった。

2010年8月21日新潟ジャンプステークスコウエイトライで制し、JRAの障害重賞競走が行われる6つの競馬場すべてで障害重賞競走に勝利したことになったが、これは1999年に障害競走にグレード制が導入されて以降、史上初の記録である。なお、コウエイトライにとってもグランドマーチスバローネターフに並ぶ障害重賞競走での勝利数レコード7勝という記録を達成することになった。

2012年4月1日、2回阪神4日4Rをナリタシャトルで勝利し、JRA通算100勝を達成。

2013年は障害競走で14勝を挙げ、初のJRA賞最多勝利障害騎手を獲得した。

人物[編集]

おもな騎乗馬[編集]

騎乗成績[編集]

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順

初騎乗 1999年3月6日 1回中京7日1R 4歳未勝利 ヤマカツロバリー 14頭 8 7着
初勝利 1999年6月12日 3回中京7日1R 4歳未勝利 エアウィンスレット 16頭 5 1着
重賞初騎乗 1999年3月14日 1回阪神6日11R 4歳牝馬特別 ブゼンキャンドル 16頭 14 9着
重賞初勝利 2006年9月24日 3回中京6日11R 神戸新聞杯 ドリームパスポート 16頭 3 1着
GI初騎乗 2004年10月17日 4回京都4日11R 秋華賞 ドルチェリモーネ 18頭 12 13着

初騎乗 2000年1月9日 1回京都4日5R 障害未勝利 イセノダイチ 14頭 13 8着
初勝利 2000年1月29日 2回京都1日5R 障害オープン マキシマムプレイズ 11頭 7 1着
重賞初騎乗・初勝利 2001年7月22日 2回小倉4日10R 小倉サマージャンプ ヒサコーボンバー 10頭 6 1着
JGI初騎乗 2001年12月22日 5回中山7日10R 中山大障害 カネトシガバナー 10頭 2 中止
JGI初勝利 2008年12月27日 5回中山7日10R 中山大障害 キングジョイ 16頭 2 1着
年度 平地競走 障害競走
1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率 表彰・備考
1999年 5 9 7 160 .031 .088 .131 -
2000年 4 0 6 164 .024 .024 .061 2 1 0 19 .105 .158 .158
2001年 13 14 12 315 .041 .086 .124 9 2 1 36 .250 .306 .333
2002年 6 3 5 105 .057 .086 .133 7 5 3 34 .206 .353 .441
2003年 9 5 6 115 .078 .122 .174 3 2 2 25 .120 .200 .280
2004年 2 4 6 72 .028 .083 .167 2 4 0 17 .118 .353 .353
2005年 0 3 4 40 .000 .075 .175 3 2 2 27 .111 .185 .259
2006年 5 4 1 63 .079 .143 .159 4 4 4 33 .121 .242 .364
2007年 0 1 1 28 .000 .036 .071 0 2 1 20 .000 .100 .150
2008年 0 1 1 17 .000 .059 .118 5 1 2 36 .139 .167 .222
2009年 0 0 0 11 .000 .000 .000 1 3 3 36 .028 .111 .194
2010年 0 1 2 38 .000 .026 .079 11 5 4 53 .208 .302 .377
2011年 0 0 1 40 .000 .000 .025 7 7 2 43 .163 .326 .372
2012年 1 3 0 37 .027 .108 .108 4 5 2 30 .133 .300 .367
2013年 2 7 3 58 .034 .155 .207 14 6 2 39 .359 .513 .564 JRA賞最多勝利障害騎手
中央 47 55 55 1263 .037 .080 .123 72 49 28 448 .160 .270 .332
地方 2 2 3 26 .077 .154 .269

脚注[編集]

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  1. ^ 平成28年度 騎手免許試験合格者 (PDF)”. 日本中央競馬会 (2016年2月11日). 2016年4月7日閲覧。
  2. ^ 競馬ラボ公式Twitter 2014年9月20日発信
  3. ^ 今年未勝利の高田に夢の切符/有馬記念 日刊スポーツ 2007年12月21日閲覧
  4. ^ なお、この年未勝利の高田を騎乗させたことがドリームパスポートがレース後に転厩する一因になったとも言われる。
  5. ^ 高田潤騎手が日本代表MF松井にエール 日刊スポーツ 2010年6月24日閲覧
  6. ^ 競馬ラボ 現役関係者コラム「JRA騎手 高田潤のFEEL潤」 (2012年3月7日). “皆様にご報告があります”. 2012年3月8日閲覧。
  7. ^ Sponichi Annex (2012年3月7日). “高田が結婚 お相手はタレントの藤村えみり”. 2012年3月8日閲覧。
  8. ^ 【京都HJ】ニホンピロバロン4連勝で障害重賞初V”. サンケイスポーツ. 2016年5月29日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]