熊沢重文

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熊沢重文
Shigefumi-Kumazawa20100123.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県刈谷市
生年月日 (1968-01-25) 1968年1月25日(49歳)
身長 157cm
体重 53kg
血液型 O型
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 フリー
初免許年 1986年
免許区分 平地・障害[1]
経歴
所属 栗東・内藤繁春(1986 - 1996)→
栗東・フリー(1996 -)
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熊沢 重文(くまざわ しげふみ、1968年1月25日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) 栗東所属の騎手。JRAおよびマスコミ各社における表記ルールにより「熊沢」になっているが正しくは「熊澤重文」である[2]

平地・障害どちらもトップジョッキーと言われるレベルにある。

来歴[ソースを編集]

1968年愛知県刈谷市にて出生、またこれより10年ほど前に南井騎手の家族も京都から移り住んでおり、これが熊沢が騎手となる契機の一つとなっている。この刈谷では祭事に馬が使われることはめずらしくなく、熊沢も馬に少なからず興味を示しこれも騎手となる素地であったと語っている。

熊沢が中学野球で活動していたころ父が入院、その同じ病室に南井の父親がいたことから話は進展。息子同士が出会うこととなり、同時期に担任の教師より「(同じ愛知出身の)調教師に話を通してもいい」と後押しされたこともあり熊沢は騎手になることを志すようになる。

1986年騎手免許を取得し栗東・内藤繁春厩舎所属騎手としてデビュー、同期騎手として横山典弘松永幹夫などがいる。3年目の1988年に代打騎乗[3]となるコスモドリーム優駿牝馬を制しGI初勝利を記録、満20歳3か月という最年少GI勝利(当時)のほか、史上3人目の減量騎手のオークス制覇[4]という記録も達成している。

1991年にはダイユウサク有馬記念をレコード勝ちし二度目のGI勝利を記録、人気馬メジロマックイーンを破った実力派騎手としてこのレース以降、熊沢の名は関東でも認知されるようになりファンからの声援のほか、調教師からも声がかかるようになった[5]が、この2つのGI勝利を熊沢は「悪く言えばどちらも遊びに行ったという感じ[6]。」「人気薄(コスモドリーム/10番人気・ダイユウサク/13番人気)で気楽に乗れた[7]。」と振り返っている。

ほかにも1996年スプリンターズステークスではわずか1センチメートルの差で涙を飲んだ快速馬エイシンワシントン、のちにパートナー交替となるが、ステイゴールドの主戦騎手でもあった。

2005年12月4日テイエムプリキュアに騎乗し阪神ジュベナイルフィリーズに勝利。ダイユウサク以来14年ぶりのGI制覇となった。

2009年8月8日の小倉競馬4Rでベネラに騎乗し1着となり、中央競馬史上29人目、現役12人目となるJRA通算900勝を達成した。

2016年5月29日の京都競馬第4競走でメイショウヒデタダに騎乗し1着となり、中央競馬史上30人目、現役13人目となるJRA通算1000勝を達成した[8]

また「最も取りたいレースは日本ダービー中山大障害」と公言[9]しているように、障害競走にも積極的に騎乗している。平地競走でGI勝利を経験している騎手は障害競走には初めから乗らないか、それまで乗っていてもGI勝利を機に辞めるケースがほとんど(障害競走は落馬の危険性が平地よりも高く、怪我をしやすい。技術面でも違うものを要求される)であり、今も騎乗し続けている熊沢は極めて稀有な例である。勝利数も多く、1999年2000年2002年2004年JRA賞(最多勝利障害騎手)を獲得し、通算500勝、800勝は障害競走で記録し、2001年にはJRA3人目[10]となる平地・障害100勝を達成した。2015年にはJRA史上初の平地・障害200勝を達成した[11]

そして2012年にはマーベラスカイザーで取りたいレースの1つである中山大障害を制し、平地、障害両方でのGI勝利を達成した。年末のビッグレースである中山大障害有馬記念の両方を制した騎手は、熊沢の他に伊藤竹男加賀武見などがいるが数少ない記録である。1999年に障害競走でのグレード制が導入されて以降では、平地GI・障害GI(J・GI)の両方を制したのは熊沢が初のことである[12]。熊沢のように、平地のGI騎乗経験のある騎手がコンスタントに障害競走にも騎乗している騎手は少なく、熊沢の他には高田潤ドリームパスポートほか)や柴田大知マイネルホウオウほか)、大庭和弥テイエムオオタカほか)程度しかいない。

主な騎乗馬[ソースを編集]

  • コスモドリーム(1988年オークス)
  • ダイユウサク(1991年有馬記念、京都金杯)
  • エイシンワシントン(1994年セントウルステークス、1996年CBC賞、スプリンターズステークス2着)
  • ストーンステッパー(1996年根岸ステークス、1997年ガーネットステークス)
  • ステイゴールド(1998年天皇賞春2着・宝塚記念2着・1999年天皇賞秋2着)
  • ロードプリヴェイル(2004年京都ハイジャンプ、阪神ジャンプステークス、小倉サマージャンプ)
  • テイエムプリキュア(2005年阪神ジュベナイルフィリーズ、2009年エリザベス女王杯2着)
  • マーベラスカイザー(2012年中山大障害)
  • テイエムハリアー(2013年京都ハイジャンプ)

騎乗成績[ソースを編集]

日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順

初騎乗 1986年3月2日 1回阪神4日7R 5歳上400万円下 ジュニヤーダイオー 12頭 5 5着
初勝利 1986年3月29日 2回阪神3日8R 5歳上400万円下 ジュニヤーダイオー 14頭 8 1着
重賞初騎乗 1986年11月30日 3回中京4日11R 愛知杯 マルカセイコウ 13頭 12 13着
GI初騎乗・初勝利 1988年5月22日 5回東京2日10R 優駿牝馬 コスモドリーム 22頭 10 1着

初騎乗 1987年4月11日 2回阪神5日5R 障害オープン グリーンサツキ 14頭 13 12着
初勝利 1987年10月24日 4回京都5日5R 障害未勝利 グリーンサンミャク 10頭 2 1着
重賞初騎乗 1987年9月19日 4回阪神3日9R 阪神障害ステークス(秋) インターシャドー 9頭 6 4着
重賞初勝利 1993年5月8日 3回京都5日9R 京都大障害(春) ビックフォルテ 8頭 4 1着
JGI初騎乗 2001年4月14日 3回中山7日11R 中山グランドジャンプ ダンシングターナー 11頭 4 3着
JGI初勝利 2012年12月22日 5回中山7日10R 中山大障害 マーベラスカイザー 16頭 3 1着
年度 平地競走 障害競走
1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率 表彰・備考
1986年 30 28 24 345 .087 .168 .238 -
1987年 19 18 16 275 .069 .135 .193 2 4 2 27 .074 .222 .296
1988年 27 30 18 283 .095 .201 .265 0 0 3 11 .000 .000 .273
1989年 34 24 25 298 .114 .195 .279 3 2 2 23 .130 .217 .304
1990年 21 24 22 306 .069 .147 .219 7 4 6 54 .130 .204 .315
1991年 31 30 28 425 .073 .144 .209 4 3 5 43 .093 .163 .279
1992年 29 38 44 454 .064 .148 .244 3 4 6 38 .079 .184 .342
1993年 35 43 43 510 .069 .153 .237 7 8 9 44 .159 .341 .545
1994年 29 44 47 549 .053 .133 .219 6 6 4 36 .167 .333 .444
1995年 38 46 42 500 .076 .168 .252 5 6 6 42 .119 .262 .405
1996年 51 40 39 510 .100 .178 .255 7 10 7 41 .171 .415 .585
1997年 48 53 31 529 .091 .191 .250 6 7 7 36 .167 .361 .556
1998年 39 53 43 526 .074 .175 .257 7 2 6 42 .167 .214 .357
1999年 33 49 46 589 .056 .139 .217 16 6 4 40 .400 .550 .650 JRA賞最多勝利障害騎手
フェアプレー賞(関西)
2000年 35 43 50 620 .056 .126 .206 17 9 6 61 .279 .426 .525 JRA賞最多勝利障害騎手
フェアプレー賞(関西)
2001年 49 57 58 679 .072 .156 .242 11 15 9 61 .180 .426 .574 フェアプレー賞(関西)
2002年 28 41 49 590 .047 .117 .200 13 9 6 53 .245 .415 .528 JRA賞最多勝利障害騎手
2003年 37 42 48 631 .059 .125 .201 6 10 6 49 .122 .327 .449 フェアプレー賞(関西)
2004年 35 42 29 551 .064 .140 .192 11 6 4 53 .208 .321 .396 JRA賞最多勝利障害騎手
フェアプレー賞(関西)
2005年 33 43 29 610 .054 .125 .172 6 7 6 45 .133 .289 .422
2006年 18 29 30 510 .035 .092 .151 6 3 4 37 .162 .243 .351
2007年 14 14 14 368 .038 .076 .114 3 5 4 33 .091 .242 .364
2008年 7 16 22 409 .017 .056 .110 7 7 8 48 .146 .292 .458
2009年 21 16 22 494 .043 .075 .119 13 3 4 60 .217 .267 .333 フェアプレー賞(関西)
2010年 17 13 18 375 .045 .080 .128 4 4 1 22 .182 .364 .409
2011年 11 10 14 392 .028 .054 .089 7 4 5 44 .159 .250 .364
2012年 7 5 8 221 .032 .054 .090 5 2 4 30 .167 .233 .367
2013年 6 13 20 416 .014 .046 .094 5 14 9 59 .085 .322 .475
中央 782 904 879 12965 .060 .130 .197 187 160 143 1132 .165 .267 .432
地方 49 38 31 309 .159 .282 .382  

脚注[ソースを編集]

  1. ^ 平成28年度 騎手免許試験合格者 (PDF)”. 日本中央競馬会 (2016年2月11日). 2016年4月6日閲覧。
  2. ^ NARデータベース
  3. ^ もともと岡潤一郎が騎乗していたが、GI競走に騎乗するための勝利数(31勝)に達していなかったため
  4. ^ 1938年保田隆芳、1943年前田長吉に次ぐ3人目
  5. ^ 騎手物語
  6. ^ 東京競馬場中山競馬場ともに両GIレースの施行日が初騎乗。中山競馬場に至っては当日、道に迷ってしまったほど土地勘がなかった。
  7. ^ 騎手という稼業
  8. ^ 熊沢重文騎手がJRA通算1000勝達成!”. サンケイスポーツ. 2016年5月29日閲覧。
  9. ^ 別冊宝島騎手名鑑'98
  10. ^ 横山富雄田中剛に次ぐ3人目
  11. ^ JRA史上初、熊沢重文騎手が平地&障害競走200勝”. 2016年5月29日閲覧。
  12. ^ 後に柴田大知が平地・障害両GI制覇を達成。障害競走でのグレード制導入前で、中山大障害と、平地GI(1984年のグレード制導入以降)の両方を制した騎手に根本康広小島貞博がいる。根本は中山大障害(春)(現:中山グランドジャンプ1979年)と日本ダービー(1987年)を制覇、小島は1981年の中山大障害春秋連覇と日本ダービー(1992年1995年)を制覇しており、熊沢が目標としている日本ダービーと中山大障害の両方を制している。

参考文献[ソースを編集]

関連項目[ソースを編集]