長良型軽巡洋艦

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長良型軽巡洋艦
Yura.jpg
竣工時の「由良」
艦級概観
艦種 軽巡洋艦
艦名 川の名
前型 球磨型軽巡洋艦
次型 川内型軽巡洋艦
性能諸元
排水量 基準:5,170t、常備:5,570t
全長 162.15m
全幅 14.17m
吃水 4.80 m(常備状態)
機関 90,000馬力
最大速力 36.0kt
航続距離 5,000浬(14.0 kt)
乗員 長良竣工時定員450名[1]
武装 50口径三年式14cm単装砲 7基7門
40口径三年式8cm単装高角砲 2基2門
三年式6.5mm機銃 2挺
八年式連装魚雷発射管 4基8門(魚雷16本)
飛行機 1機
飛行機滑走台 1基
機雷 48個

長良型軽巡洋艦(ながらがたけいじゅんようかん)は大日本帝国海軍軽巡洋艦。同型艦は6隻。

概要[編集]

長良型「名取」の武装・装甲配置を示した図

球磨型軽巡洋艦の改良型として設計された。球磨型の船型、主要寸法を同一として高速軽巡洋艦としての特質を受け継いでいる。

魚雷兵装は、魚雷と発射管数は同一であるが、六年式53cm魚雷から八年式61cm魚雷搭載に変更し、当時の世界水準において有数の攻撃力を持つものとなった。ただし酸素魚雷の発射機能は持たず九○式空気魚雷を使用していた。1938年に四連装発射管2基に換装された「阿武隈」、1944年に同様の換装を受けた「名取」、1944年に防空巡洋艦化改装と同時に同様の換装を受けた「五十鈴」の3艦のみが酸素魚雷発射機能を持ち合わせた(「長良」も1944年の修理において、発射管は連装発射管4基のまま発射管の改造にて酸素魚雷発射機能を有したとの説もある)。航空兵装は、球磨型では水偵1機を搭載するも発艦装置がなかったのであるが、本型では滑走台方式の発艦装置を装備した。しかし、この方式は過渡的なもので発艦した機体を帰還後に収容できず、射出機が実用化されると改装が施された。長良型6隻のうち、八四艦隊計画で「長良」、「五十鈴」、「名取」の3隻が、八六艦隊計画で「由良」、「鬼怒」、「阿武隈」が建造された。しかし、設計は同一のものである。

太平洋戦争開戦まで、多くの改装を経て装備の強化が行われたため、7,000t近くまで排水量が増大し速力が32kt前後まで低下した。また、「阿武隈」を除く5隻と「夕張」は、1942年から1944年にかけて老朽化に伴い第一線での運用から外される見込みとなり、代艦として阿賀野型4隻と大淀型2隻が建造されることとなった。

このような状況であったにもかかわらず、長良型に代わる艦がなかったため、太平洋戦争において各方面で活躍し、日本海軍の功労艦となった。

兵装の変化[編集]

14cm単装砲を撤去して連装高角砲3基を設置した「五十鈴」

竣工時に2挺が装備されていた6.5mm単装機銃は、1927年ごろ7.7mm単装機銃に交換された。なおこの6.5mmもしくは7.7mm単装機銃の装備位置については短艇甲板との記述が多いが搭載位置が分かる写真などは残っておらず正確な装備位置は不明である。第一煙突と第二煙突間の吸気塔上とする推測図面もあるが、同位置には1923年末に水雷戦用測距儀が装備されており、考えづらい。なおこの7.7mm機銃は1942年途中に撤去されたようである。

ウェルデッキ次位のシェルター甲板上に装備されていた8cm単装高角砲2基は、1932年~36年にかけて九三式13mm連装機銃2基に換装された。この九三式13mm連装機銃は1941年に九六式25mm連装機銃2基に換装された。

1932~34年の改装で第5・第6主砲間に艦載機射出機を装備した艦は、不要となった滑走台跡地に保式13mm四連装機銃1基を装備した。不要となった滑走台が残置されることで2番主砲の戦闘に支障があるとのことで後に滑走台は完全に撤去されるが、その際には改めて艦橋中央前方に機銃台が設けられて同機銃がそこに配置された。1942~43年にかけて、同機銃は九三式13mm連装機銃1基に換装される(この換装を連装機銃「2基」へとの記述をする文献が見かけられるが、これは誤りで「1基」が正しい)。のちに防空巡洋艦に改装された「五十鈴」のみ、この改装において九六式25mm三連装機銃2基に換装される。

1938年に「阿武隈」のみ、前部の魚雷発射管2基を撤去してウェルデッキを廃止、後部発射管2基を四連装発射管2基に換装して酸素魚雷の発射能力を得た。1944年になって「名取」と「五十鈴」が同様の魚雷発射管換装を受けた。「長良」は1944年に魚雷発射管の改造を受け、連装発射管4基の形態のままで酸素魚雷の発射能力を得たとの説もある。

1943年ごろ5番主砲を撤去し後部魚雷発射管上部のシェルター甲板に左右2基ずつ計4基の九六式25mm連装機銃を追加装備した艦がある。

1944年ごろ7番主砲を撤去し跡地に12.7cm連装高角砲1基を装備、射出機を撤去して跡地に25mm三連装機銃1基を装備、後部甲板に25mm三連装機銃1基を装備した艦がある。同時及びそれ以降に甲板各所や艦橋左右、2番主砲上などに25mm単装機銃や13mm単装機銃が追加装備された艦もあると考えられる。「五十鈴」は14cm砲を全撤去して3基の高角砲を設置する改装を受けた。

同型艦[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 大正11年2月25日付 海軍内令 第48号改正、海軍定員令「第50表 二等巡洋艦定員表 其4」。この数字は特修兵を含まない。

参考文献[編集]

  • [歴史群像]太平洋戦史シリーズVol.32『軽巡 球磨・長良・川内型』学習研究社、2001年
  • [歴史群像]太平洋戦史シリーズVol.51『帝国海軍 真実の艦艇史2』学習研究社、2005年
  • 雑誌「丸」編集部『ハンディ版 日本海軍艦艇写真集14 軽巡 長良型』光人社、1997年
  • 森 恒英 『軍艦メカニズム図鑑-日本の巡洋艦』グランプリ出版、1993年 ISBN 4-87687-132-9
  • 『世界の艦船 増刊第32集 日本巡洋艦史』海人社、1991年 

関連項目[編集]