禁欲主義

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禁欲主義(きんよくしゅぎ)とは、感性的欲望を悪の源泉、またそれ自体が悪であると考え、それを出来る限り抑圧し徳に進み魂の平安を得ようとする道徳宗教上の立場。

ユダヤ教・キリスト教世界の禁欲主義[編集]

後期ユダヤ教黙示文学では、現在の悪が支配する地上にやがて訪れる「来るべき世」の審判に備えて禁欲を求めた。また、エッセネ派のように聖性を熱心に追求するユダヤ教徒は禁欲的生活を実践した。紀元1世紀のユダヤ人著述家フィロンは、人里離れた場所で観想を目的とした禁欲的な共同生活を送るテラペウタイというユダヤ人コミニュティについて記録している。テラペウタイの在り様は後のキリスト教修道院制度に大きな影響を与えた[1]

ヘレニズム世界の禁欲主義[編集]

肉体(物質的世界)と魂(精神世界)を対立させる二元論的な人間論が信じられたギリシャ哲学の諸派では、禁欲(アスケーシス)を理想的な人格形成に至るための「の訓練」として捉えた[1]プラトンは、誰もが分別を持ち、うつろいゆく世間とは然るべき距離を置く賢者になることを理想とした。プラトン哲学での哲学的生活には禁欲の実践が大きく取り入れられていた。

自ら求めず、自然(本性)に則り、運命に従うことを綱領としたストア学派にとって禁欲は必要不可欠な訓練だった[1]。煩悩の源となる欲望を理性によって断ち、見せかけの善や悪に無関心でいられることはストア派の求めた理想的心境である。

脚注[編集]

  1. ^ a b c フランク 2002, pp. 15-21.

参考文献[編集]

  • K.S.フランク 『修道院の歴史:砂漠の隠者からテゼ共同体まで』 戸田聡訳、教文館、2002年ISBN 4764272113

関連項目[編集]