ユーモア

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ユーモア: humour: humor, フモーア)は、会話や文章において相手を笑わせる事を意図する人間の気質や、具体的な言葉や行動においての表れをさす。かつて日本語ではこうした表現を諧謔(かいぎゃく)と呼んでいた。

ユーモアは、それがイギリス人の気質との親和性が高いことから、イギリスを中心に発達したものが特に知られる[1]。イギリスにおけるユーモアの発展の背景には、美術や文学の分野における古典主義への抵抗があったと考えられている[2]

定義[編集]

ユーモアの定義はエスプリと比べると漠然としていて、確固とした定義は出来ない[3]。古来、文豪や作家達が、ユーモアに対して様々な定義を付けている。またウィットとの境界線も明確ではなく、両者が混同されることもある[4]

18世紀後半、ロマン主義が盛んになる中で、哲学者や文学者達は、ユーモアの定義づけと考察に奮励した。その中心人物だったジャン・パウルは、ユーモアについて、世界との関連や、パロディや冗談との差異など、様々な観点から分析、考察を行い、大きな業績を残した。また、ゾルガーゲーテヘーゲルらも、ユーモアに対する独自の解釈、研究を発表した。

歴史[編集]

元々ユーモアとは体液を意味する「フモール」という言葉だった。ヒポクラテスが、人間の健康は四つの体液から構成され、どれか一つの量が基準値を逸脱すると不調になるという『四体液説』を指摘するようになると、次第にユーモアの示すものは体液から人の体調へと変わり、さらに、調子の変わった人物を指す意味へと変化した。医学・生理学用語だった「フモール」を、美学的な用語の「ユーモア」として使い始めたのは、ルネッサンス時代の文芸批評家たちだった[5]。そして、17世紀になってイギリスで気質喜劇という形式の演劇が勃興すると、おもしろさ、おかしさ、滑稽さ、特異性などを意味するように、語意は変遷した。エリザベス朝時代のイギリスでは、奇矯なことが魅力的であるという風潮が一部にあり、そのためそうした奇矯な振舞いが横行し、「ユーモア」という言葉も、濫用と言われるほどに流行した[6]ベン・ジョンソンウィリアム・シェイクスピアは、こうした風潮に辟易していた。

「ユーモア」とは伝統的な発音で、イギリスでは近世に入ってからは「H」を発音し「ヒューマー」と呼ぶようになった。何時頃から「ヒューマー」という呼称が定着したかは定かでは無いが、英文学者言語学に詳しい外山滋比古は、1920年に発行されたイギリスの国語辞典OEDでは既にヒューマーという発音が採用されていることから、これを20世紀初頭であろうと推測している[7]。日本では「ユーモア」という発音が一般的なことから、発音の変遷も勘案して、この英国式ユーモアの概念が日本に輸入されたのは19世紀であろうと考えられている。

その概念[編集]

特定の相手がいる場合が多いが、自己満足的である場合もある。具体的な行動としてのいたずらも含まれる。人間同士のコミュニケーションにおいて、会話を弾ませるための潤滑剤として用いられる事もある。

ユーモアを理解し、創造するには、言葉の教養が必要となる[8]。また越境性に乏しく、異なる言語のユーモアは理解しにくく、翻訳が困難であると考える学者もいる[9]

相手の立場を思いやり、自分と相手を対等の階梯に置いて接する人にしか、ユーモアのセンスは持てないと言われる。相手を見下したり、逆に卑屈になったりする人には、ユーモアの資質が欠けるとみなされる[10]

愉快さとユーモア[編集]

ユーモアに関係する概念としては、具体的な小咄のジョーク、単純な言葉遊びの駄洒落、より複雑で知的な言葉遊び、、法螺(ほら)などがある。風刺の場合は世間の事象に対する鋭い観察や社会的な批判の視点が強い。ギャグの場合はたわいのないおかしさを狙うものである。

人の行為、かかわりについての深い洞察や世知の豊かさが、上品でセンスのあるユーモアを生み出すことが多い。知的な要素が強い場合は、機知(ウィット)と呼んだほうがよい場合もある。

小説映画漫画などの物語芸術では、まじめな話ばかりで読者を飽きさせないように、またあまりに深刻な雰囲気を和らげるためにコミックリリーフと呼ばれるコミカルな登場人物を登場させることがある。たとえば、手塚治虫の作品などにはよくみられる(ヒョウタンツギスパイダー等)。

不愉快さとユーモア[編集]

特定のユーモアは、人によって不愉快、気が利いてない、つまらないと感じられる場合がある。例えば、知的なセンスの誇示の手段としてユーモアが用いられた場合、自己顕示が強くなりすぎるとpedantry衒学趣味、知ったかぶり)に堕すこともある。性的なニュアンスを含んだユーモア表現として下ネタもよく使われる。これは行き過ぎるとセクシャル・ハラスメントとなる。

単にほのめかすだけでなく、異様にグロテスクな話題を出す時、宗教・生命・差別などに関する常識的な倫理禁忌タブー)にあえて逆らい、世相と人柄を皮肉ったユーモアは「ブラックユーモア」と呼ばれる。穏やかなユーモアと比べて不愉快に感じる人間が多い一方で、その刺激を楽しむ人もいる。または差別の対象となる人間が、あえてブラックユーモアを口にする事もある。

ユーモアをテーマにした作品[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 外山滋比古「ユーモアのレッスン」(中公新書) 6項
  2. ^ 「エスプリとユーモア」8項
  3. ^ 「エスプリとユーモア」4項
  4. ^ 「エスプリとユーモア」10項
  5. ^ 河盛好蔵「エスプリとユーモア」6項
  6. ^ 「エスプリとユーモア」6項
  7. ^ 「ユーモアのレッスン」9項
  8. ^ 「ユーモアのレッスン」24-26項
  9. ^ 「ユーモアのレッスン」27項
  10. ^ 「ユーモアのレッスン」14項

関連項目[編集]

外部リンク[編集]