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インセル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


インセル英語: incel)とは、主にインターネット上に存在するコミュニティで、自らを「異性との交際や性的関係が長期間なく、結婚を諦めた結果としての独身」と定義し、女性蔑視(ミソジニー)的言動を特徴とする集団の構成員(主に若年層の白人男性、異性愛[1])を指す語である[2]。「"involuntary"(不本意な)」と「"celibate"(禁欲)」を組み合わせた混成語であり[3]、そのような状態を「インセルダム(inceldom)」とも呼ぶ[4]。日本語では「不本意の禁欲主義者」[3]「非自発的独身者」[5]などと訳される。

インセル・コミュニティでは、憤怒怨恨ミソジニー(女性嫌悪)、人間不信[6]、自己憐憫[7]人種差別、セックスに対する権利意識、女性や性的強者への暴力の是認などが特徴的な論点となっている[8][9][10][11][12]。アメリカの「南部貧困法律センター」(SPLC)はインセルをヘイトグループの一つに分類しており、「インターネット上の男性優位主義者の生態系の一部」と位置付けている[13][14]

インセルを自称または推定される人物による無差別殺傷事件は、少なくとも11件知られており、犠牲者は67人に上る(後述)。インセルのコミュニティは、メディアや研究者によって、「女性蔑視主義者であり、暴力を助長し、過激な思想を流布して参加者を扇情している」として批判されている[1]

思想

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インセルは、セックスや性的魅力をめぐる競争は生まれたときから公正ではなく、それを認識しているのは自分たちだけだという、「レッドピル(赤い錠剤)」または「ブラックピル(黒い錠剤[注 1])」と呼ばれる理論を崇拝している[15][16]。 多くのインセルは、自分たちが遺伝子のくじ引きの負け組で、為す術がないと考えている[15]。また自分たちをポリティカル・コレクトネスによって不当な中傷を受けている少数派だと考えている[15]

インセルのコミュニティでは、性的魅力がある男性たちのことをチャド (chad)、チャドばかりを選ぶ性的魅力がある女性たちのことをステイシー (stacy) と呼び、敵視している[17]。この2つの語はいずれも4chan発祥である。

歴史

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インセルという言葉は、パートナーがいない男女を支援する目的でウェブサイトを立ち上げたカナダ人女性によって考案された[18]。その後、インターネット上に集う女性蔑視主義者を指すものとして使われるようになった[18]

インセルは、Reddit4chanなどのウェブサイトで、フェミニストへの攻撃、女性差別人種差別同性愛差別などの投稿をおこなっている[19]。極端な場合、彼らの間では、パートナーがいる女性を暴力や強姦で「罰する」ことが奨励されている[18]。インセルのために作られたウェブサイトに対して、「暴力的なコンテンツの温床となっている」といった批判が寄せられている[5]

事件

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インセルを標榜したテロが北米を中心にすでに起こっている。2014年5月にカリフォルニア州で、インセルを自認するエリオット・ロジャーが銃を乱射して6人を殺害した。ロジャーは女性たちへの復讐を謳う文章をネットに書き込んでいた[17]。これ以後、インセルのコミュニティでロジャーは英雄視されるようになった[15]

その後もインセルを標榜したテロが続き、例えば2015年10月にオレゴン州の短大で26歳の学生が9人を殺害したあげく自殺した事件、2017年12月にニューメキシコ州の高校で2人が殺され犯人も自殺した事件、2018年2月にフロリダ州の高校での17人が殺害された銃乱射事件、2018年の4月にカナダトロントの路上でレンタカーが通行人に突っ込み10名を殺害した事件などがある[17]。犯人たちはいずれも、エリオット・ロジャーを賞賛する書き込みをネットにしていたか、あるいは犯行声明に残していた[17]

インセルであると自称または推定されている男による事件として、少なくとも以下のものが知られている。詳細についてはIncelが詳しい。なお、自殺・負傷した容疑者は人数に含んでいない。

発生日発生地死亡負傷備考・参照記事
2009年8月4日アメリカピッツバーグ392009年コーリアー・タウンシップ銃乱射事件英語版
2014年5月23日アメリカアイラビスタ6142014年アイラビスタ銃乱射事件
2015年10月1日アメリカローズバーグ10約20アムクワ・コミュニティー・カレッジ銃撃事件
2016年7月31日カナダエドモントン10[20]
2017年12月7日アメリカアズテック20アズテック高校銃乱射事件英語版
2018年2月14日アメリカパークランド1717マージョリー・ストーンマン・ダグラス高校銃乱射事件
2018年4月23日カナダトロント11152018年トロント車両暴走事件
2018年11月2日アメリカタラハシー252018年タラハシー銃乱射事件英語版
2020年2月19日ドイツハーナウ105ハーナウ銃乱射事件英語版
2020年2月24日カナダトロント12トロントマチューテ襲撃事件英語版
2021年8月12日イギリスプリマス52

脚注

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注釈

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  1. アヘンを示す俗語。

出典

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  1. 1 2
  2. 絶望感、無力感が破壊衝動に 闇堕ちしやすい独身男性とフェミサイドの生まれ方 ”. Newsweek (2023年3月23日). 2023年4月3日閲覧。
  3. 1 2 容疑者は女性嫌いのグループに言及 トロント・バン暴走”. BBC News Japan (2018年4月25日). 2018年5月26日閲覧。
  4. Mezzofiore, Gianluca (2018年4月25日). “The Toronto suspect apparently posted about an 'incel rebellion.' Here's what that means”. CNN 2018年4月26日閲覧。
  5. 1 2 カナダ車暴走、背景に女性嫌悪? 容疑者が投稿「インセル」の意味”. AFPBB News (2018年4月26日). 2018年5月26日閲覧。
  6. Beauchamp, Zack (2018年4月25日). “Incel, the misogynist ideology that inspired the deadly Toronto attack, explained”. Vox 2018年5月5日閲覧。
  7. Foster, Ally (2018年6月6日). “A look inside the group of men ‘addicted’ to hating women”. news.com.au 2018年6月6日閲覧。
  8. Wilson, Jason (2018年4月25日). “Toronto van attack: Facebook post may link suspect to misogynist 'incel' subculture” (英語). The Guardian 2018年4月25日閲覧。
  9. Wood, Graeme (2018年4月24日). “ISIS Tactics Have Spread to Other Violent Actors” (英語). The Atlantic 2018年5月4日閲覧。
  10. Cain, Patrick (2018年4月24日). “What we learned from Alek Minassian’s Incel-linked Facebook page – and what we’d like to know” (英語). Global News 2018年5月4日閲覧。
  11. Garcia-Navarro, Lulu (2018年4月29日). What's An 'Incel'? The Online Community Behind The Toronto Van Attack”. Weekend Edition Sunday. National Public Radio. 2018年5月5日閲覧。
  12. Ling, Justin; Mahoney, Jill; McGuire, Patrick; Freeze, Colin (2018年4月24日). “The ‘incel’ community and the dark side of the Internet”. The Globe and Mail 2018年5月4日閲覧。
  13. "I laugh at the death of normies": How incels are celebrating the Toronto mass killing (英語). Hatewatch. Southern Poverty Law Center (2018年4月24日). 2018年4月25日閲覧。
  14. Judy, Cliff; Mendoza, Casey (2018年2月22日). “What Is 'Male Supremacy,' According To Southern Poverty Law Center?” (英語). WGBA-TV 2018年4月25日閲覧。
  15. 1 2 3 4 不本意の禁欲主義者――「インセル」たちの知られざる世界”. BBC News Japan (2018年7月9日). 2018年11月12日閲覧。
  16. 八田真行 (2018年7月16日). 女性を避け、社会とも断絶、米国の非モテが起こす「サイレントテロ」”. 現代ビジネス. gendai.ismedia.jp. 講談社. 2019年9月1日閲覧。
  17. 1 2 3 4 八田真行 (2018年7月1日). 凶悪犯罪続発!アメリカを蝕む「非モテの過激化」という大問題”. 現代ビジネス. gendai.ismedia.jp. 講談社. 2018年7月2日閲覧。
  18. 1 2 3 トロント バン暴走事件の動機は性的欲求不満? 女性蔑視主義者「インセル」とは? (ページ1/2)”. ニューズウィーク日本版 (2018年4月27日). 2018年5月26日閲覧。
  19. トロント バン暴走事件の動機は性的欲求不満? 女性蔑視主義者「インセル」とは? (ページ2/2)”. ニューズウィーク日本版 (2018年4月27日). 2018年5月26日閲覧。
  20. Parsons, Paige (2018年8月29日). “Security guard who kicked man to death says he was 'involuntarily celibate'”. Edmonton Journal. オリジナルの2018年8月30日時点におけるアーカイブ。 2018年8月30日閲覧。

関連項目

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