神門光太朗

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かんど こうたろう
神門 光太朗
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 島根県松江市
生年月日 (1978-03-11) 1978年3月11日(39歳)
最終学歴 早稲田大学社会科学部卒業
勤務局 NHKラジオセンター
職歴 高松静岡名古屋→ラジオセンター(2015年4月〜)[1]
活動期間 2001年 -
ジャンル 地域
家族 妻と1男1女
公式サイト NHK
出演番組・活動
現在 本文参照
過去 本文参照

神門 光太朗(かんど こうたろう、1978年3月11日 - )はNHKアナウンサー

経歴・人物[編集]

11歳離れた弟がいる[2]。ラジオを自分から能動的に聴き出したのは、小学4年生の頃だったと話している。ちょうど当時は岡山県内に住んでいた頃で、ケガをして学校を休んでいた日に退屈だったのでラジオを点けたら、地元・山陽放送ラジオの「サテスタワイドビバ!アフタヌーン」(パーソナリティ:滝沢忠孝)が聴こえてきたので、告知された先の番号に電話したら、番組にも電話出演することができた[1]。その後まだ赤ちゃんだった弟の夜泣きがすごく、寝られなく思って夜にラジオを点けたところ、その時聴いた番組がとても面白いと思い、これがきっかけでラジオに夢中になってたくさん各番組宛にはがきを出すようになり、毎週10 - 20通ほど書いていた[2]。演歌番組の「演歌春秋」にも、採用はされなかったがよく出していたという[1]。他にラジオ番組は「ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン」や「伊集院光のOh!デカナイト」(遠距離受信して聴いていた)などをよく聴いており[2]、使っていたペンネームは「蟹江敬三ファン」などがあった[2]放送作家になりたいとも思うようになり、添削指導の「秋元康放送作家塾」も受講していたことがあった[1]。この他、阪神タイガースファンであったことから阪神担当のスポーツ新聞記者やラジオディレクターになりたいとも思っていた[1]

島根県立松江東高等学校早稲田大学を卒業。大学生時代はニッポン放送スポーツ部でアルバイトをしていた[1]。ある日、中継の無いプロ野球の試合で途中経過やニュースの素材用として実況を担当するアナウンサーが来れなくなり、代わりにアルバイトの神門が実況を担当することになり、ただ淡々と実況するだけでは面白くないと、プロの実況アナウンサーの真似をして喋っていた(本人曰く、胡口和雄山田透の真似をして喋ったとのこと[2])ところ、これを聴いていたニッポン放送アナウンサーの宮田統樹から、お前は面白いからとニッポン放送アナウンサーの入社試験を勧められる[1]。神門はディレクター志望で一般職での受験を望んでいたが、宮田の強い推しでアナウンサー試験を受けるも、最終試験で不合格となり[1]、一年置いてニッポン放送に再チャレンジするも再び不合格[1]。ただ、同時に受験していたNHKには採用となり、2001年入局。

2016年時点では妻と子供を残し単身赴任中であったが[3]、「2017年4月からは再び家族と一緒に生活している」と語っている。 2017年6月19日、「ごごラジ!」にゲスト出演した吉田照美から「キャンディ乞うたろう」と命名され[4]、番組内では期間限定で「キャンディ乞うたろう」と名乗っていた。なお7月からは「カンディこうたろう」と名乗っていたが(ただし、列島リレーニュースでは本名を名乗っていた)、現在は本名に戻している。

現在の担当番組[編集]

過去の主な出演番組[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i ラジオライフ三才ブックス)2017年10月号「神門光太朗 DJ interview」(p.10 - 13)より。
  2. ^ a b c d e ラジオマニア2016(三才ブックス)p.12 - 18「パーソナリティ対談 上柳昌彦×神門光太朗」
  3. ^ ツッコミ 【神門光太朗】”. R1ブログ (2016年10月3日). 2017年8月27日閲覧。
  4. ^ 2017年06月19日(月)てるてるワイド”. ごごラジ!ブログ. NHK (2016年10月3日). 2017年8月27日閲覧。
  5. ^ ゲストは江口ともみ。うち5日は富士宮市からで、富士宮プロレスの活動を紹介。NHKでのプロレス生放送はテレビ放送開始初期以来数十年ぶりであったと放送で明らかにしている。

外部リンク[編集]