伊集院光のOh!デカナイト

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伊集院光のOh!デカナイト
ジャンル バラエティ
放送方式 生放送
放送期間 1991年3月1日〜1995年4月27日
放送時間 月曜日〜金曜日22:00 - 25:00⇒月曜日〜木曜日22:00 - 25:00(180分)
放送局 ニッポン放送
パーソナリティ 伊集院光
出演 宍戸留美寺尾友美畑中秀哉山本剛士荘口彰久ほか
特記事項:
金曜日のみ1994年3月で終了(「入江雅人のGo!Go!テレキッズ」開始に伴い)
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伊集院光のOh!デカナイト』(いじゅういんひかるのおーデカナイト)は、1991年3月1日 - 1995年4月27日にかけてニッポン放送で放送されていたラジオ番組ブロックワイド)。放送時間帯は月曜 - 金曜(1994年4月以降、月曜 - 木曜)の22:00 - 25:00。パーソナリティ伊集院光。通称Oh!デカ

概要[編集]

前番組『内海ゆたおの夜はドッカーン!』がパーソナリティ内海ゆたおの過度なストレスからくる体調不良によって11ヶ月で終わった。そこで『夜ドカ』開始前の最終選考にも残り『伊集院光のオールナイトニッポン』で評価の高かった伊集院へ白羽の矢が立ち、番組はスタートした。

番組名は伊集院光がニッポン放送側に提出したタイトル案の中で数合わせ的に敢えてセンスのないものを入れたものが採用されたものである。伊集院本人的に最も気に入っていたタイトル案の『伊集院光の怪電波発信基地』は、後にセント・ギガ内海ゆたおとパーソナリティーを務めた番組で使用されている[1]

番組の名物コーナー「ザ・ベースボールクイズ」をメインにしたイベントで西武球場のスタンドを中高生のリスナーで満員にする(1992年夏)など、ニッポン放送では「ヤングパラダイス」以来の人気と聴取率を誇った番組である。パーソナリティの伊集院自身も芳賀ゆいの仕掛け人として一部で名は知られていたものの、本格的にブレイクしたのはこの番組がきっかけであった。

金曜日のみアシスタント付きで「フライデースペシャル」として放送(番組開始から1994年3月まで)。アシスタントは宍戸留美寺尾友美(後にBOO HOO WOOへ交代)。月曜 - 木曜の放送と違い、あるテーマに沿って放送する事が多かった。

番組内では同局のアナウンサーが度々出演し、主に外回り中継を含む色々な企画へ参加した。当初は畑中秀哉、後に山本剛士荘口彰久の各アナウンサーが務めた。

番組末期の1995年には伊集院の落語家時代の師匠・三遊亭楽太郎(当時)がゲスト出演し、思い出話へ花を咲かせた後伊集院を叱咤激励した。

放送時間の変遷[編集]

期間 放送時間(日本時間
1991.03 1994.03 月曜日 - 金曜日 22:00 - 25:00(180分)
1994.04 1995.04 月曜日 - 木曜日 22:00 - 25:00(180分)

突然の番組終了とその後[編集]

番組内の箱番組『ぽっぷん王国ミュージックスタジアム』が番組スポンサー(ヤマハ)と伊集院との軋轢により荘口彰久アナウンサーにパーソナリティが交代し、月曜日から金曜日の帯番組だったものが木曜日までの放送となるなど徐々に縮小していき、番組改編期でもない1995年4月末で突然終了してしまった。これは番組が実質上の打ち切り終了であったことを意味している。伊集院が後に語ったところによれば、3月末に終了→4月から他局で新番組という流れを作らせないために終了を1ヶ月引き延ばすというニッポン放送の嫌がらせだったらしい。

伊集院自身は未だにその原因を語るのをためらう節があるが、原因として伊集院と番組スタッフ間で常にすれ違いがあった末最終的にけんか別れしてしまったという説が有力である[2]。未だに現在同局の幹部となった当時の編成局の人間[3]とは遺恨があると思われる自虐的なトークをすることがある。また、伊集院の事務所側が1995年3月末での打ち切りを見込んで、深夜のスポーツニュース『どんまい!!』(日本テレビ系)でスポーツキャスターのレギュラーを組み込んでしまい、スケジュール的に継続が困難となってしまったのも大きな要因であると言われている。

2004年7月15日にはニッポン放送開局50周年記念番組内にて一夜限りの復活放送が行われた。アシスタントとしてニッポン放送アナウンサー垣花正が出演。第1回目放送の音源も放送された。

エピソード[編集]

  • 急遽繰り上がって『前夜祭』放送
この番組は1991年3月1日の金曜日『前夜祭』が放送され、翌週の4日(月曜日)が『第1回』としてカウントされている。一見大プッシュされて始まったように見えるが、裏には当時月〜木曜日の『夜ドカ』とは別に金曜日に編成されていた『B21スペシャルの活躍金曜日』をニッポン放送側のミスで1週早く終了させてしまい、パーソナリティのB21スペシャルのスケジュールが押さえられなかったからだったという。
  • テレフォンショッキングに大量の電報を送りつける[1]
1993年9月13日、23時台のコーナー「マドモワゼル詐欺の八百発八百中占い」で伊集院扮するキャラクター「マドモワゼル詐欺」(元ネタは占い師のマドモワゼル朱鷺)が「(翌週)9月20日の月曜日に、『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングのゲスト宛てに電報が激増する」という予言(という名目のリスナーへの煽り)を出したところ、翌週9月20日のテレフォンショッキングのゲスト、本田博太郎の元に「電話帳にして4冊分」という大量の電報がリスナーの手によって届いてしまった。
伊集院は無視を決め込もうとしたが、偶然本田の娘が「Oh!デカ」リスナーだったため事情が本人の耳に入り、直接本田が番組へ電話をかけた。伊集院は非常に萎縮し謝罪するが、本田がとても洒落のわかる人だったため最悪の事態は回避することが出来た。その後ディレクターの提案で番組ゲストに本田を呼んで褒め称える放送を行った。
なお2004年に「Oh!デカ」復活版が放送された際には最も印象に残ったゲストとして伊集院は本田の名を挙げている。
  • ドーハのとばっちり事件[2]
1993年10月28日、この日はアメリカワールドカップアジア地区最終予選の日本代表最終戦であった日本イラク戦の中継と放送時間がほとんど重なっていたが、万が一日本が負けたりして特別番組の放送を行わなかった場合など時間が余った場合に備えてニッポン放送に待機するように言われていた。しかし、ほぼ放送する可能性が無いのにただ待っているのは面白くないので、社屋内の公開放送用の第1スタジオ(通称「銀河スタジオ」)にリスナーを約150人ほど集め、一緒にテレビ東京で放送されていた試合を見ることにする。試合は日本が勝ちムードだったため特別番組を放送することが決まった事が告げられ、伊集院やリスナーも放送は無いと思っており、試合終盤にはスタッフ達も特番の準備に忙しくなり、伊集院らを邪魔者のように思っているのを伊集院も感じていたという。ところが、ロスタイムにイラクに得点を決められて引き分けとなり、日本の予選敗退に終わってしまった(俗に言う『ドーハの悲劇』)。
まさかの事態に伊集院とリスナーはショックにうなだれていると、スタジオのガラスの向こうが俄然慌しくなり、ディレクターとは違う偉い人が現れ、「10分だけスタジオに戻るので、いつものように楽しいトークを放送してくれ」と伝えられる。伊集院は「集まったリスナー達でさえショック状態にあるのに、家で1人で試合を見聞きしてた人はショックから立ち直れる訳もなく楽しい状況にあるわけもなく出来るわけない」と思っていたが、当時のディレクターだった森谷和郎(現・ニッポン放送取締役)に「出来る」と断言されてしまい、有無も言わさずオープニング曲が流れてきて、番組はスタート。重い空気に包まれたスタジオで、伊集院は苦し紛れに「(当時日本代表選手だった)ラモス瑠偉がショックでまさおに戻っちゃうね」という、当時放映されていた永谷園Jリーグカレー」のTVCM(Jリーグカレーを食べたまさお少年がラモス瑠偉にモーフィングで変身する)にかけたジョークを喋ったが、その結果「冗談言ってる場合じゃない!」と抗議の電話がニッポン放送に殺到する事態となった。この頃の伊集院は、1分1秒でも長く放送で話したいと思っていたそうだが、この日ほど話したくないと思ったことは無いとのこと。この時の回想は同様に南アフリカワールドカップによって10分短縮された2010年6月14日の「伊集院光 深夜の馬鹿力」で詳細が語られた。この日にハガキが当たったリスナーの1人として、後にアルバイトを経て現在「深夜の馬鹿力」の構成作家を務めている渡辺雅史がいたが、この事を伊集院に打ち明けたのは2010年の放送当日だった。
  • スタジオブース内がハトだらけ[1]
1993年、リスナーからのハガキの「新しいブームのペットハト!」というネタに大爆笑した伊集院が、「(翌日の番組では)先着10名のハト持参のリスナーをスタジオに招待する」と告知した。
翌日、ペットショップで購入したり野生のハトを捕獲してきたリスナーのうち先着10名がスタジオへ招待。ブース内は10匹のハトが離され、飛び交うハトでブース内は大混乱。伊集院はリスナー達とロート製薬のCMソング(ハトが本社工場を飛ぶ単独スポンサー提供時のオープニングキャッチ)を合唱するなど大騒ぎした。
なお、渡辺雅史浅草浅草寺で捕獲した野生のハトを持参して参加している。
  • 尾行マン、スペシャル生放送中に突然の打ち切り
「Oh!デカ」黎明期、月〜木曜日24時台に帯で「さよなら!尾行マン」というコーナーが放送されていた。アナウンサーと解説者(番組ディレクターが担当)が街で見かけた女性を勝手に家まで尾行し、それを実況した模様を1週完結で放送するというもの。深夜ラジオならではの発想とゲリラ性が受け、ついには、金曜日の「Oh!デカフライデースペシャル」の特別企画として生放送するまでになった。ところが、この生放送で尾行した女性が、当時のニッポン放送の大株主の一つだった新日本製鐵の重役の娘であったことが判明、生放送中盤に突然コーナーが終了し、以降二度とこのコーナーが復活することはなかった。
このコーナーへ解説者として登場していたディレクターの一人は、のちに芸能プロダクションホリプロ社長に就任することになる堀義貴である。番組開始当初は5代目三遊亭圓楽門下の事務所星企画に所属していた伊集院も、フリーの期間を経てホリプロ所属となっている。

有名人になったリスナー[編集]

この番組は、学生時代に当番組を聞いていたのち、ラジオ界などへ進んだ有名人もいる。

主なコーナー[編集]

  • あなたはだぁ〜れ?・ニセ○○を探せ!
  • さよなら!尾行マン
  • ギャグオペラコーナー
  • ザ・ベースボールクイズ
  • 涙あふれて
  • 勝ち抜き二人三脚
  • キライな歌リクエスト
  • 教習所へ行こう!
  • バイオ伊集院への道→バイオ伊集院への道・アマゾン
  • オーデカイエローページ
  • おべんとつけてどこいくの?
  • 魂を売り渡せ!
  • 記憶中枢整理整頓コーナー
  • 楽しい金子信雄コーナー
  • 姫のコーナー
  • スーパーマニアック・ザ・ベースボールクイズ
  • STREAKING HERO 全裸マン
  • 無敵のゴレンジャープロジェクト
  • 荒川線横断ウルトラクイズ(アメリカ横断ウルトラクイズパロディ
  • 日本の歩き方
  • NEWラジパラザウルス
  • ネオ・笑点
  • 後味の悪い川柳
  • こどもでハイハーイ!
  • 伊集院アルバイト計画
  • 伊集院光と花と夢
  • サブちゃんの歌
  • M.C.アナー
  • クラスの手帳
  • 東京スポットめぐり'91
  • 感想文コンクール
  • ネオ・ランバダ
  • すばらしき公式ルール
  • 大検合格への道
  • オールシロウト親子対抗歌合戦
  • 山本アナのゴルゴ・サーズデー
  • 身近な冒険王・光
  • 商品開発研究所
  • レッツ遺言状
  • ロック玉置宏
  • ケンとギルバートコーナー
  • ノストラダムスのお約束
  • おべんとおべんとうれしいな
  • オーデカオークション大魔王
  • アイデア先生のアイデア授業
  • 深読み言葉辞典
  • マドモワゼル詐欺の八百発八百中占い
  • こだわりの音職人
  • スーパーファンキーレディオショー
  • 文化妄想
  • クイズ個人の差なんて
  • なるほど・ザ・ガールズ
  • グレート偉人伝・どっちが偉〜いっ!?
  • 変な雑誌コーナー
  • 変なおもちゃ開発計画

フライデースペシャルのアシスタント[編集]

番組内で○代目アシスタントと紹介されたもののみ

  • 初代 寺尾友美宍戸留美(1991年3月1日-1992年3月27日)
  • 二代目 Boo Who Woo(1992年7月3日-1993年3月26日)
  • 三代目 山崎亜弥子(1994年3月18日)渋谷スペシャルの回1日のみ
  • 四代目 佐野由希子(1994年3月25日)フライデースペシャル最終回1日のみ 前週の渋谷スペシャルで渋谷から中継していた時に、当時アナウンサー志望の青山学院大学3年生だった佐野が偶然そこを通りかかり、伊集院に、来週ラジオに出ないかと誘われて出演した。佐野はその後、富山テレビ放送のアナウンサーを経て現在はフリーのアナウンサーをしている。

箱番組[編集]

3時間の生放送中、5つの箱番組(アイドル等が務める10分の録音番組)が存在した。これらの一部は地方局にもネットされていた。以下はその一部である。

箱番組に出演していたメンバーを総称してOh!デカファミリーと呼んでいた。Oh!デカファミリーは時折生放送にもゲスト出演した。

なお、フライデースペシャルには箱番組の設定がなく、ネット局への裏送り用に金曜放送分を制作(ニッポン放送では提供スポンサーのCMのみを流していた)。

番組内の全国ネット枠[編集]

番組内では箱番組以外に下記のような全国ネット枠があった。ニッポン放送ではもちろん生放送だったが、地方局で時間帯を変え録音番組としてネットしている場合があった。その際、ネット用に内容が差し替えられることもしばしばあった。

  • チャオチャオ・ビッグカンパニー(24:00-24:30)
  • 光ファイヤー通信(24:00-24:30)
  • 爆発!ポンプショー(24:00-24:30)
  • ぽっぷん王国ミュージックスタジアム(24:40-24:55)※伊集院はスポンサーサイドとの確執のため1993年9月で降板。以後は荘口彰久アナウンサー(ニッポン放送)が担当。

オープニングテーマ[編集]

歴代のオープニングテーマを順に示す。

accessとnice musicの曲については歌詞の一部が変更、または番組名の「Oh!デカナイト」という単語に差し替えられ、各テーマ曲をモチーフにした番組ジングルも制作、使用された。

CD[編集]

番組からは、荒川ラップブラザーズARAKAWA RAP BROTHERS、あらかわらっぷぶらざーず)という、いわゆる企画物ミュージシャンが誕生している。伊集院と久保こーじによるユニット。グループ名は、シャレとして略称がARBとなるように意図されている。[4]1992年6月には日比谷野外音楽堂にて入場料100円ライブを実施した。

以下2枚のCDをリリース。

また、番組後期の1コーナー「STREAKING HERO 全裸マン」からテーマ曲がCD化。伊集院と千葉麗子が出演するラジオドラマのコーナーであった。なお、CDのジャケットイラストはゆでたまご。またすかんちローリー寺西ドクター田中がレコーディングに参加した。

  • 全裸マンのテーマ(ソニーレコード/1993年6月2日/シングル) - 「丸裸三郎と全裸マンブラザーズバンド」名義。オリコン59位を記録。

『アナーキー・イン・AK』『GAMAN everybody』『Once upon a time in AK』『全裸マンのテーマ』が2007年2月に通信カラオケDAMにて配信された。

番組本[編集]

脚注[編集]

  • ^伊集院光 深夜の馬鹿力」2013年11月18日放送分の伊集院本人の発言より。また同番組2014年7月21日放送分でも、ニッポン放送開局60周年の話題に触れ「あの局とは喧嘩別れした」と発言している。
  • ^しかし伊集院自身は過去のインタビューにおいて「何をやっても別段誉めてはもらえないし、けなしてももらえない。確立されすぎたんでしょう。僕のワガママも聞いてもらえるし、向こうの言い分もすごくよくわかっちゃうというチームワークの良さ。あまりにきちんとしたルーチン化というのがおもしろくなくなってきたんです」と語っており、それが原因で飽きてしまって辞めた、とも語っている(「ラジオライフ」1998年5月号 ラジオ情報ステーション 人気DJインタビューより引用)。
  • ^この人物(宮本幸一ニッポン放送プロジェクト代表取締役)は過去にもとんねるず石橋貴明明石家さんまとも軋轢を起こして、両者ともに、ニッポン放送と疎遠となるきっかけを作った人物である。伊集院と初めて会った時は泥酔しており、伊集院の頭を鷲づかみにするなり「売れる臭いがしねぇ」と吐き捨てて去って行った[10]。2014年、伊集院と偶然再会した際にはウィキペディアの自身の項目から当該記述を「デマ」であるとして対処するように言い、伊集院を怒らせてしまったという[10]
  • ^伊集院は後に深夜の馬鹿力内で、当時「ARBというグループがあるが、ARAKAWA RAP BROTHERSのパクリではないか」的なハガキが送られてきて、リスナーとの世代の差を感じたと語っている。
  1. ^ a b 『コメ旬』Vol.005(キネマ旬報社)「ロングインタビュー 伊集院光×山里亮太」(p.100 - 107)
  2. ^ 伊集院光、W杯直後の爆笑問題・太田の発言を危惧「コートジボワールよりも太田光が憎くなってる可能性がありますからね」”. livedoorNEWS (2014年6月10日). 2016年1月29日閲覧。
  3. ^ 藤井青銅・著『幸せな裏方』(新潮社 2017年)p.28 - 32「おせっかい」より。
  4. ^ a b ダイハツ提供枠
  5. ^ a b 提供枠が放送期間内で変更あり
  6. ^ a b 森永製菓提供枠
  7. ^ a b 花王提供枠
  8. ^ ライオン提供枠
  9. ^ 初期はスポンサーなしだったが、「アイドル危機一髪! 公開質問状」終了に伴い放送時間が前倒し、ライオン提供枠となった。
  10. ^ a b 伊集院光がニッポン放送との確執を明かす「あの局には頼まれたって行くもんか」” (日本語). トピックニュース. LINE (2014年7月22日). 2016年3月1日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

ニッポン放送 月曜 - 木曜22時台
前番組 番組名 次番組
伊集院光のOh!デカナイト
ニッポン放送 金曜22時台
伊集院光のOh!デカナイト フライデースペシャル
伊集院光の深夜ラジオ番組
伊集院光のOh!デカナイト
(ニッポン放送)