瑞鷹 (アニメ製作会社)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

瑞鷹株式会社(ズイヨー、Zuiyo Co., Ltd.)は、日本のアニメ製作会社。旧社名は瑞鷹エンタープライズ(ズイヨーエンタープライズ)。テレビアニメシリーズ『忍風カムイ外伝』『ムーミン』の企画、アニメ制作会社ズイヨー映像(ズイヨーえいぞう)を設け『アルプスの少女ハイジ』を企画製作したことで知られる。

概要[編集]

1969年3月、日本テレビジョン株式会社映画部(アニメ制作部門)が独立し、TCJ動画センター(後のエイケン)になった際、企画室長の高橋茂人は上司である映画部長の村田英憲と制作理念が異なることから、動画センターには加わらず独自に瑞鷹エンタープライズを設立[1]。企画と営業を主に行なう。ロゴは漫画家の白土三平がデザイン。社名の由来は、はおめでたい言葉では高橋の家紋の鷹の羽から[2]

この時代のアニメ企画作品としてはTCJ時代高橋が関わった『サスケ』(1968年9月 - 1969年3月)からの繋がりで同じ白土三平作品のアニメ化『忍風カムイ外伝』(1969年4月 - 9月)がある。同作は事実上、企画制作がTCJ動画センターで、版権窓口が瑞鷹となっている[3]

続けて1969年からは海外名作児童文学路線の『ムーミン』(1969年10月 - 1970年12月)(制作は東京ムービー、後に虫プロダクション)、『アンデルセン物語』(1971年1月 - 12月)『新ムーミン』(1972年1月 - 12月)(制作は虫プロダクション)を企画製作した。

瑞鷹作品の実制作を担ってきた虫プロが経営悪化したことにより(1973年11月倒産)、1972年にアニメ制作部門として子会社のズイヨー映像を設ける[4]。ズイヨー映像には東映動画(現・東映アニメーション)より森康二を招いて、山ねずみロッキーチャック』を制作[5]。瑞鷹エンタープライズには手塚治虫のマネージャーを務めた西崎義展が在籍しており、この作品で制作部長を務めた[6]。その他に中島順三、佐藤昭司が瑞鷹エンタープライズに加わる[7]

少年時代に高橋が愛読して感激しTCJ時代にはパイロット版も制作した[8]念願の企画である『アルプスの少女ハイジ』の準備が進み、この時期に当時東京ムービー作品の制作を担っていたAプロダクションから移籍してきた高畑勲小田部羊一宮崎駿らがズイヨー映像に加わる。

1974年に『アルプスの少女ハイジ』を放送、生活アニメーションという新機軸を開拓し[9][10]、作品的にも商業的にも大成功を収める。

しかし1975年3月、日本アニメーションが設立されズイヨー映像の施設と多数のスタッフ・製作途中の作品が移管される[11]。そのため『小さなバイキングビッケ』(1974年4月 - 1975年9月)『フランダースの犬』(1975年1月 - 12月)『みつばちマーヤの冒険』(1975年4月 - 1976年4月)は途中から製作が日本アニメーションになった。

その後は再編集の劇場版『アルプスの少女ハイジ』(1979年3月)を制作し、『アルプスの少女ハイジ』の著作権をめぐって長い裁判を経て、1983年から『ピュア島の仲間たち』でアニメ制作を再開。『ムーミン』のリメイクにも挑むが、再アニメ化の権利は取得できなかった[12]。1984年に『森のトントたち』たちを手がけるが、フィンランドで高橋茂人が自動車事故に遭い、以後は後遺症から車椅子生活になり[13]、活発な活動はせず、過去の作品の版権管理が主な業務となっていた。2000年には『ポピーザぱフォーマー』の製作、及び制作を行った。

作品履歴[編集]

瑞鷹エンタープライズ時代[編集]

ズイヨー映像時代[編集]

瑞鷹エンタープライズ時代(再)[編集]

瑞鷹株式会社(ズイヨー)時代[編集]

出典[編集]

  1. ^ 但馬オサム、鷺巣政安『アニメ・プロデューサー鷺巣政安 さぎすまさやす・元エイケン製作者』ぶんか社、2016年、p.97
  2. ^ 加藤義彦編著『渡辺岳夫の肖像 P-Vine BOOks 作曲家・渡辺岳夫の肖像』ブルース・インターアクションズ、2010年、p.101。高橋茂人インタビューより。
  3. ^ 但馬オサム、鷺巣政安『アニメ・プロデューサー鷺巣政安 さぎすまさやす・元エイケン製作者』ぶんか社、2016年、p.98
  4. ^ ちばかおり『ハイジが生まれた日 テレビアニメの金字塔を築いた人々』岩波書店、2016年、p.55
  5. ^ アニメージュ編集部編『TVアニメ25年史』徳間書店、1988年、p.45
  6. ^ ちばかおり『ハイジが生まれた日 テレビアニメの金字塔を築いた人々』岩波書店、2016年、p.136
  7. ^ ちばかおり『ハイジが生まれた日 テレビアニメの金字塔を築いた人々』岩波書店、2016年、pp.55-57
  8. ^ BSアニメ夜話Vol.07 アルプスの少女ハイジ』キネマ旬報社、2008年、p.137
  9. ^ 宮崎駿『出発点』徳間書店、1996年、pp.468-469
  10. ^ 藤津遼太『「アニメ評論家」宣言』扶桑社、2003年、p.76
  11. ^ ちば かおり『ハイジが生まれた日 テレビアニメの金字塔を築いた人々』岩波書店、2016年、pp.138-140
  12. ^ ちばかおり『ハイジが生まれた日 テレビアニメの金字塔を築いた人々』岩波書店、2016年、p.141
  13. ^ ちばかおり『ハイジが生まれた日 テレビアニメの金字塔を築いた日々』岩波書店、2016年、pp.142-143
  14. ^ ちばかおり『ハイジが生れた日 テレビアニメの金字塔を築いた人々』岩波書店、2016年、pp.51-52

外部リンク[編集]